先々週あたりに,ドイツのスタートアップ企業 Lilium GmbH が経営破綻したというニュースが入ってきました.それから一週間ほど遅れて日本の Web でもこのニュースが見られるようになりました.Lilium はいわゆる空飛ぶタクシー,すなわち少人数が乗れる垂直離着陸が可能な固定翼機を開発してきたスタートアップ企業です.
仕事がらこの手の技術やニュースにはアンテナを張っているのですが,実際には投資詐欺まがいの泡沫スタートアップが多い中で,ほとんど唯一と言っていいくらいまじめな会社だっただけに非常に残念です.どこかアラブの大金持ちがポンとお金を出して買い取って開発を継続してくれないものかと思います.
もう一つのニュースはアメリカのスタートアップ Joby Aviation 社にトヨタが追加出資したという話です.今日はこの Joby 社が開発中の空飛ぶタクシー Joby S4 が本当に飛べるのか,簡単に見積もってみたいと思います.Joby についてはこの記事が詳しい.
写真は Wikipedia の記事より引用
eVTOL では離着陸時には必ずホヴァリングが必要となりますが,この見積りではホヴァリングのみを扱います.Joby S4 は固定翼を持っているので,巡航時は固定翼の揚力に助けられ,モーターはそれほど大きなパワーは必要としないはずですが,ホヴァリング時には全重量をプロペラの推力のみで支えなければならないので,プロペラやモーターはそれに合わせた最大性能を持つ必要があります.
離着陸時のホヴァリングにどの程度の時間を要するかは明確ではありません.ここでは離着陸で合計 5 分間のホヴァリングを行うことにします.使用するパラメータは以下の通りです.
質量 m |
1815 kg |
モーターと電池を含むと仮定 |
ローター数 n |
6枚 |
|
ローター径 d |
2.34 m |
平面図から読み取り |
空気密度 rho |
1.225 kg/m^3 |
海面値 |
重力加速度 g |
9.807 m/s^2 |
海面値 |
6 個のローターの総面積 S_d は,
S_d = 6 * pi * d^2 / 4 = 25.80 m^2
ホヴァリング時に必要な誘導パワーは,
P_ind = [ (m * g)^3 / (2 * rho * S_d) ]^(1/2) = 298.7 kW
合計 5 分間のホヴァリングに必要な力学的エネルギーは,
E_ind = 5 * 60 * P_ind = 89.61 MJ = 24.89 kWh
ファン効率をひいき目に見て 70 %,モーター効率をこれもひいき目に見て 95%,ホヴァリングに許される放電深度を多めにとって電池容量の 25% とすると,必要な電池容量は,
E_ind / (0.70 * 0.95 * 0.25) = 149.7 kWh
ただし 5 分間で電池容量の 25% を放電するので,放電レートは 3C とかなり大きくなることに注意する必要があります.
電極活物質のエネルギー密度を,これもひいき目にとって 200 Wh/kg とすると,必要な電極活物質の質量は
149.7 * 10^3 / 200 = 748.6 kg
電池モジュールの質量ベースの実装効率を,これもひいき目に見て 70% とすると,電池モジュールの質量は
748.6 / 0.70 = 1069 kg
という結果になります.つまり,電池だけで 1069 kg の質量を占めることになります.全機質量(ペイロード含まず)が 1815 kg なので,残りの 746 kg で機体 (airframe) とモーターやインバーターを備えなければなりません.モーターは 1 台あたり最低でも
P_ind / (6 * 0.70) = 71.1 kW
の軸出力が無ければなりませんが,そのようなモーターの質量は少なくとも 50 kg はするはずです.するとモーターだけで 300 kg を使うことになります.残りの 446 kg でインバーターと機体を作ることができるかというと,私は非常に悲観的です.そしてこれはペイロードがない場合の話です.
この機体の定員はパイロットを含めて5人です.人と荷物の質量で一人当たり 80 kg は必要だと思われるので,ペイロードは 400 kg 程度のはずです.すると上記の見積もりよりもさらに大きな誘導パワーが必要になるので,より大きな質量の電池モジュールやモーターが必要になり,ホヴァリングだけで電池容量の少なくない部分を使い切ってしまいます.
結論として,私はこの機体が乗客を乗せて航続距離 241 km を飛ぶのは非常に難しいのではないかと評価せざるを得ません.空港から市街地までのような短距離の輸送に限定されるのではないでしょうか?むしろそのほうが空飛ぶタクシーという名にふさわしいと思います.
なおこの記事のタイトルのアルバトロス号というのは,ジュール・ベルヌの小説「征服者ロビュール」(私が少年時代に読んだ時のタイトルは「空飛ぶ戦艦」)に出てくる巨大な気球型戦艦で,上昇下降用に37本の垂直軸二重反転プロペラ,前進後退用に艦首と艦尾にに1基ずつの水平軸プロペラを持った,今風に言えば巨大なマルチコプターです.今日の空飛ぶタクシーのような概念はすでに140年ほど前にあったのです.
写真は WIkiedia フランス語版より
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