経済物理学は経済学の大前提を覆せるか?
エコノフィジックス 市場に潜む物理法則 高安 秀樹 (著), 高安 美佐子 (著),日本経済新聞社,価格: ¥2,310
近代経済学とは,難しすぎてわからないもの,複雑すぎて記述できないものは,それが仮に重要であっても,自分には無視する権利があると信じて成り立っている学問である,と誰かが言っていました.金融工学もその大前提を外してはいません.経済学では,自由な市場における価格は需要と供給の均衡で決まると論じますが,著者はそれは違う!とまず断定します.いかなる市場においても需要と供給が均衡していることなど無い,と.
私は少々修正意見を持っていまして,それは「価格は供給者と需要者のそれぞれの思惑が妥協できる値で決まる」というものです.いかがでしょうか?
さて著者の論を進めると,経済の生のデータを素直に「観測し」物理学の視点で「解釈する」と,経済学の拠って立つ基礎が実に怪しいものであることがわかります.金融工学では,例えば為替レートの変動は正規分布に従うことを前提としています.これは特に観測に基づく根拠があるわけではなく,数学的な取り扱いが最も楽だから,という理由に尽きます.しかし実際に為替レートのTick Dataを観測してみると,実は正規分布とは似ても似つかぬ「べき分布」をしていることがわかります.これは金融工学の屋台骨を揺さぶるに十分に足ります.もうブラック・ショルズ式は使えないからです.ブラック・ショルズ式が算出するオプションの理論価格は高すぎるか低すぎるかいずれかにバイアスがかかっています.
産声を上げたばかりの経済物理学ですが,経済学の主流にどこまで切り込めるか前途は多難ではないでしょうか?本書はその先駆けとなるものですが,経済学が専門の人には読みにくいでしょう.これはあくまでも経済学に興味を持っている物理屋さん向けの本です.研究成果を蓄積した時点で,系統的な解説が可能な解説書の出版が望まれます.
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コメント
興味深かったので、トラックバックさせて頂きました。
経済物理学は高安さんの本より、「エコノフィジックス最前線」数理科学10/2002の方が分かりやすいと思います。
投稿: きの | 2004/10/01 09:34