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2004/10/27

自然災害と日本人の無常観

今年は台風の上陸が際立って多い年でしたが,それに追い討ちをかけるように大地震が列島を襲い,しかも余震がしつこく復旧にあたる人々を苦しめています.なんともやりきれない思いをしてニュースを見ている人も多いことでしょう.

10月9日の「台風22号来襲」でも書きましたが,今年の台風や地震などの自然災害の多さにつけて思うのは,これらが日本人の精神構造にどのような影響を与えてきたか,ということです.日本くらい自然災害の種類と量が多い国はそう見当たりません.特に先進工業国の中では際立っています.地震や火山の噴火や洪水が身の回りで起きれば,祖先の代から営々と築き上げてきた財産を一夜にして失くしてしまいます.日本人がこの列島に定住生活を営み始めてから2,000年以上が経ちますが,この2,000年の間には私たちの祖先は無数の自然災害に遭い,今回と同じようにやりきれない思いを味わいながら,しかし何とか立ち直って生の営みを続けてきたに違いありません.

これが無常観を育んだ最も重要な要素である気がするのは私だけではないでしょう.自然災害以外では飢餓や疫病も大きな存在だったでしょう.これらの災厄を抱えながらやっとの思いで生きていくうちに,無常観という日本人の精神の基底をなす部分が形作られたように思います.

この基底よりもさらに深い部分はいわゆる縄文の思想であり,人間と動物を同じ一族とみなす非常に興味深いものです.10月26日付けの朝日朝刊のコラムに梅原猛氏が書いているとおりですが,これは実はネイティブアメリカンの思想と非常に良く似ているのです.数万年ほど前に共通の祖先から別々の土地に渡っていった人々の姿が目に浮かびます.そのころは朝鮮海峡もベーリング海峡も陸地だったことでしょう.

とにかく,台風や地震の災害を受けた方々の一刻も早い復旧を祈ります.

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