あるがままを受け入れられない西洋にとっての大発見
自己組織化と進化の論理―宇宙を貫く複雑系の法則 スチュアート・カウフマン(著),米沢 富美子(翻訳),価格: \2,625
自己組織化などというものは,東洋にとってはごく自然で当たり前のことのように思うのですが,因果関係をきちんと整理しなければならない西洋にとっては一大事のことのようです.原因もないのに物事が勝手に生起してはならないのでしょう.ところが自然界ではごくわずかの揺らぎが指数関数的に成長し,それらがエネルギーを散逸しながら非線形に干渉しては新たな構造を生み出しています.乱流は古典力学にすらある古くからの例ですが,究極の姿は生物ではないでしょうか?
私がこの本を読んだのは出版直後でしたが,流体力学で乱流を学んだ者にとっては取り立てて新しいことはありませんでした.しかしそれでもこの本は十分に楽しめました.化学反応のネットワーク,局所最適化などは汎用の使い出がある考え方です.
ただし,この本の著者のカウフマンが反ダーウィニズムの論者であることを知って読むと,また別の読み方ができます.ダーウィニズムとは,『中立でランダムな揺らぎ+環境との相互作用で決まる繁殖率の差異による淘汰』によって進化のメカニズムを説明する立場のことです.私にとってはダーウィニズムは一種の普遍的アルゴリズムであり神が仕込んだ宇宙的原理とすら思えるのですが,カウフマンたちはこれが気に入らず,別のメカニズムで進化を説明しようとあの手この手を繰り出してきて,その一つが複雑系ということです.しかし複雑系の原理は揺らぎの生成の初期段階を説明できるだけであり,ダーウィニズム全体へのカウンターパンチにはなりえていません.
とにかく西洋の哲学的枠組みでは,中立でランダムな揺らぎがよほど性に合わないらしく,揺らぎの生成にすらどうしても因果律を持ち込みたくて仕方がないようです.自分たちの哲学的枠組みが西洋の特殊な歴史経路に依存しており,世界には古くから他の哲学的枠組みも存在していると考えることができない,まさに西洋の伝統的知の限界を感じさせるエピソードにもなっています.
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