饒舌すぎる金融工学の初級本
Excelで学ぶ金融市場予測の科学 ブラック-ショールズ理論完全制覇 保江 邦夫 (著),価格: \987
著者は文系向けと断っているので,批判は当たらないかもしれませんが,紙面の大半が関西弁での饒舌な金融デリバティブ商品の解説と,2変数関数の微分や合成関数の微分などで占められていて,すでにそれらを学んでいる読者にとっては無駄が多すぎます.それよりもウィーナー過程やその他の確率過程の解説,確率微分方程式などより本質的な部分に割いてほしかったと思います.確率過程は理系にとっても難解な部分が多いのですから.特に,熱伝導方程式の解が初期温度分布のウィーナー過程による期待値であることは,理系に対してこそもっと丁寧な解説が必要でしょう.筆者は前作の姉妹本で解説済みということにしたかったのでしょうが,この本だけを買って読む読者も多いはずです.
伊藤のレンマやブラック・ショールズ方程式の導出は大変丁寧で結構なのですが,ところどころ数式の誤植があるのが残念.また最終項で「ブラック・ショールズ公式を捨てよモンテカルロの町に出よう」と言っている割には,話が尻切れトンボで,じゃあアメリカン・コールオプションはどうやればよいのか,ノックアウト・オプションはどうすればいいのか,と感じてしまいます.「ファインマン・カッツ公式」とやらに関する充実した解説がほしいところです.
著者が中心極限定理こそが中心金融定理であるとの主張を貫いているところは本質を突いて立派ですが,これは正規分布を認めていることでもあります.しかし,現実の経済現象の観測値は必ずしもウィーナー過程を示唆していません.それはとりもなおさず経済現象は中心極限定理の前提条件を満たしていないことを強く示唆しています.行動ファイナンスや経済物理学など,最新の理論の発展にも一言触れてくれれば金融のプロも唸ることでしょう.続編が期待できますね.
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