日本人の精神構造を思い知らされる
昭和史 1926-1945 半藤 一利 (著),価格: \1,680 (税込)
すでにマスコミの書評などで評価が高かったので,これまで親や年長の知人などから聞いていた昭和の歴史がどのように修正されるのだろうかと思って読み始めました.結論から言うと大変すばらしい昭和史の語りでした.特に時代を動かしてきた政治家や軍人たちが個人名で現れ,彼らがどのような性格と考え方の持ち主で,どのような場面でどのように行動したかということが細かく書いてある,その点を高く評価したいと思います.ハルバースタムの語り口に通じるところがあります.ただしその視点は市井のジャーナリストの視点であり,それが公平にすべてを見ているとは限らない,それをわかった上で読み進める必要はあると思います.
この昭和史で新たに知ったことは以下の三点です.まず「統帥権干犯」という事件が起こり,その後長らく天皇制と議院内閣制のあり方を大きくゆがめ,軍部に有利な状況が生まれたことです.天皇の側近たちが軍部から胡散臭く思われ,軍部のテロなどの恐怖政治もあって次第に天皇側近の力が失われたこともその一環と捉えることが出来ます.
第二は戦争をはやし立てた新聞の役割です.どの新聞も無知な大衆を煽り国中を好戦的な雰囲気に染め上げた,その責任の重さが語られています.新聞は自らの売り上げを増やすために威勢のいい記事を書き,かねや太鼓を鳴らして世界情勢に疎いアジア辺境の国民を煽ったわけです.私は当時の新聞は陸軍と同じくらい国民に道を誤らせた罪があると思っています.帝都東京の住民であれば口コミでさまざまな本音の情報に接することが出来たのですが,当時の日本は今の中国や北朝鮮のように言論統制が行き届いた国家だったために,特に地方でこの影響が顕著に出ました.例えば終戦直前の東京は市民が皇居に乱入しかねないほど険悪な雰囲気だったことを年配の知人から聞き知りましたが,都民以外は知る由も無かったはずです.
第三はやはり何といっても巨大官僚組織である陸軍,海軍の組織としての経営の質の悪さです.重大な戦略的決断をしなければならないときに幹部が実にいい加減な決断をしており,これは著者の半藤さん自身が繰り返し「あほらしい」と述べている通りです.しかも軍として最も重要な戦闘実務に関しても,兵士の装備は日露戦争時代から進歩せず,作戦面でも,メンツや幹部の人間関係を優先させるあまり,ノモンハンやインパールのように誰が見ても質の悪い判断を繰り返す愚を冒しています.これらは戦後の官庁や大企業などにも引き継がれている面があります.道路行政はその最たるものでしょう.しかし著者の「あほらしい」という言葉はそこで読者に思考停止を強いており,それがなぜ起きたのかをしつこく,粘り強く分析するには至っていません.これがハルバースタムとの最大の違いなのではないでしょうか?
これらから浮かび上がってくるのは日本人の精神構造です.著者自身が述べている通り,国民的熱狂に浮かれて冷静な判断が出来なくなる,観念的抽象的な思惟にはまり込んでデータに基づく冷静な分析と判断が出来ない,小集団エリート主義の弊害などですが,これらは中山治さんの「戦略思考が出来ない日本人」と合わせて読むと,さらに深く考えるきっかけとなることでしょう.
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