複雑系から見た進化生態学
持続不可能性―環境保全のための複雑系理論入門 サイモン レヴィン (著), Simon A. Levin (原著), 重定 南奈子 (翻訳), 高須 夫悟 (翻訳),価格: \2,940 (税込)
この本は非線形力学系(すなわち複雑系)に通じた数理生態学の専門家が,その視点から進化生態学を論じた本です.しかし数式が一切無くあくまで一般の読者を対象にしているので,書店では一般啓蒙書の分類がされていると思いますが,内容はかなり高度です.しかもこの分野の過去の思想や研究の系譜がある程度頭に入っていないと理解できない文脈も含まれています.例えば"ガイア仮説"に関する批判がそれに当たりますが,これはラブロックの本(例えば"ガイアの時代"や"地球生命圏"など)を読んでいないと理解することは困難でしょう.またカウフマンの著書"自己組織化と進化の論理"も著者が引用している通り,この本の内容を理解するための下地としては重要です.
まあそのようなこともありますが,この本の著者が繰り返し主張していることの本質は,生態系は目的論的進化はしない,進化も適応も,局所的に個体のレベルで起きたものが,繁殖率の差によって個体群内に局所的に伝播するだけであって,生態系全体が一つの有機体であるかのように考えることは誤りということです.これはかなり強い主張であって,では中枢神経形を持った生物,例えば人間,の体内の細胞生態系もそのようになっているのか?と問いかけたくなりますが,自然生態系に内分泌系や中枢神経系のような系全体を対象とした指令・フィードバック系が無いという前提では,著者の主張は当然正しいものです.
この主張の帰結として,地球生態系を守るためには,個々の人間や組織に対する適切なインセンティブが必要であるという結論が導き出されますが,これはなにも進化生態学を持ち出さずとも,市場原理の導入や経済的インセンティブとして従来から言われていることの繰り返しに過ぎず,竜頭蛇尾の感が強いです.
どうも著者は,正統派アカデミズムの立場から,擬似科学としての観念的エコロジーや非西洋思想由来の自然観に警鐘を鳴らしているのではないかという気もしますが,和訳のタイトルの不適切さとあいまって,この本の主張と意義がぼやけてしまっているのが大変残念です.もっと,非線形力学系としての生態系の特質に話題を絞って議論を展開したほうが,はるかに価値の高い本になったのではないでしょうか?複雑系から見た進化生態学としては非常に質が高く読み応えのある本です.
| 固定リンク | 0
「書籍・雑誌」カテゴリの記事
- 江戸の情緒を深く味わえる(2022.05.02)
- ついに読了!一般相対性理論(2019.10.31)
- 現代的に再構成された熱力学(2019.06.03)
- 引退して味わう特殊相対性理論(2018.09.16)
- 気候変動の標準教科書(2015.06.21)
コメント