「日本企業=共同体」を肯定した日本に優しい経営論
新・日本の経営 ジェームス・C・アベグレン (著), 山岡 洋一 (翻訳),価格: \1,890 (税込)
何と日本に優しい考え方!何と日本をいくつしむ筆致!この本の本質は「日本の企業=共同体」という日本の企業経営の理念をおおらかに肯定してるところにあります.
著者は戦後,高度成長期が始まる直前の日本でつぶさに企業研究を行い,その独特の強さと潜在能力をアメリカのビジネス界に知らしめた人です.その後ボストン・コンサルティング・グループの設立に参加し,日本支社長として日本に在住.そして1997年には日本国籍まで取ってしまったという日本を愛する(たぶん)アメリカ人経営学者です.
その彼が,バブル崩壊後の長期低迷期を脱しかけた時期に,日本のビジネスマン向けに書き下ろしたのが本書です.全体として,アメリカの企業経営,ヨーロッパ大陸の企業経営,そして日本の企業経営を対比させながら,日本の企業経営はヨーロッパ大陸の企業経営と同様に長い歴史を持つ社会の伝統や文化に裏打ちされたもので,それが日本の企業の強さにもつながっていること,そして「失われた10年」と呼ばれる期間の間にも,日本は欠陥を修正するさまざまな制度的改革に乗り出してそれらが成功を収めつつあること,などを肯定的に論じています.このあたりは青木昌彦さんの著書と同様の評価を下しており非常に興味深いところです.
しかし企業の中で仕事をしている者にとって,著者の評価は甘すぎるように感じるところもあります.特に「日本企業=共同体」を肯定することで失われるものも多いように思います.それは「企業=機能集団」として果たすべき大局的戦略,冷徹な判断,断固たる実行などの部分です.中山治さんの論によれば「日本では組織はいとも簡単に共同体化する」と言われ,第二次世界大戦に至る歴史はその汚点にまみれているだけに,著者のおおらかな肯定の姿勢には違和感を感じます.しかもそれを肯定したとしても,それが労働者に優しいかというとそうでもありません.日本の労働分配率は購買力平価換算するとドイツ・フランスの企業に比べかなり見劣りがするという事実は,共同体論が実は経営者にとってのみ都合の良い幻想ではないか?という疑いを投げかけるからです.
私が少々心配するのは,この本が日本の企業経営者に広く読まれ,彼らが再びバブル期と同様の無定見な根拠のない自信を持ってしまうことです.企業経営の(少なくとも名目上の)目的は利益をあげることです.雇用や長期的視点に立った経営と引き換えに利益率は低くても良いという言い訳の根拠にされてしまいそうな気がします.
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