冷戦後の超大国の身の処し方
静かなる戦争(下)-アメリカの栄光と挫折 デイヴィッド・ハルバースタム (著), 小倉 慶郎 (翻訳), 三島 篤志 (翻訳), David Halberstam,価格: \1,890 (税込)
ハルバースタム久々の大作の下巻です.上巻はクリントンの選挙戦から始まり,ボスニアやソマリアに関する軍事・外交のエピソードを政権や軍の中枢から描いたものでしたが,下巻はハイチ,コソボがそのエピソードの中心的舞台です.私はこの上下巻を通読することで始めてバルカン半島の全体像を理解することが出来ました.
セルビアのミロシェビッチが打倒されたことはバルカン半島全体にとってもセルビアにとっても良かったことだとは思います.クリントン政権時代の欧米諸国の介入は,とりあえず血生臭い20世紀型の民族抗争を止めさせる効果はありました.特にコソボに対して航空戦力のみで決定的な打撃を与えることが出来たのは最新の軍事技術の成果です.ミズーリ州の基地からコソボまで一泊二日でB2爆撃機が往復できるとは!アメリカが圧倒的な軍事力を持ち続けていることを世界中が知ったはずですし,それは数年後のアフガニスタンやイラク戦争に際しても同様でした.
しかしバルカン半島の問題は,ハルバースタムも,政権内部の例えばホルブルックも述べている通り,極めて複雑で厄介です.これからもバルカン半島では火種はくすぶり続けることでしょう.平和が保たれるかどうかは冷戦終結後の平和の配当が行き渡るかどうかが鍵だと思いますが,かの地に「貧困と差別と劣悪な統治」というテロリスト育成の三条件が揃っていないとは言い切れません.それが宗教原理主義と結びつこうものなら,バルカンはアフガニスタンやイラクと同様の悪夢を見ることになるでしょう.そのときの倒すべき敵はミロシェビッチのようなわかりやすい独裁者ではありません.絶望し思いつめたあげく自爆テロをいとわない異国の純真な若者たちと,彼らの背後で糸を引くプロのテロリストです.
冷戦後の世界は,唯一の超大国アメリカの力をいかに賢明に使うかにかかっていると私は思います.しかしアメリカの世論は伝統的に国内志向ですし,アメリカ人兵士の血が流れることには世論も政権も神経質になっています.軍,特に陸軍は未だにベトナムの傷が癒えておらず,軍事介入後に政治家に梯子を外されないかと懐疑的です.ボスニアとコソボはその最初の試金石でした.そしてアメリカは何とか破綻することなくそれを乗り切りました.しかしその後のアフガニスタンとイラクでは大きく躓きました.イラクでの長く続くテロリストとの戦いは,アメリカの力の使い方に関して真剣な反省を世界に強いるものです.アメリカの国内政治も気がかりです.原理主義的なキリスト教右派勢力が異常に力を伸ばしているからです.アメリカという国の未開の暗部を見る思いがします.
これに対して日本が何ができるか?アメリカ追随の外交ポリシーにより日本はイラクに自衛隊を派遣しましたが,アメリカのイラク政策の破綻は目に見えて明らかです.中国の大国外交の影響もあり,アメリカの御機嫌取りをすることとアジアにおける日本のプレゼンス低下は表裏一体の関係になった感があります.日本の戦後外交政策の大きな転換点が迫ってきたと感じるのは私だけではないと思います.
最後に,このようなジャーナリズムが存在することを大変うらやましく思います.立花隆さんは例外ですが,日本のジャーナリズムも早くこのレベルに達してほしいと思います.
| 固定リンク | 0
「書籍・雑誌」カテゴリの記事
- 江戸の情緒を深く味わえる(2022.05.02)
- ついに読了!一般相対性理論(2019.10.31)
- 現代的に再構成された熱力学(2019.06.03)
- 引退して味わう特殊相対性理論(2018.09.16)
- 気候変動の標準教科書(2015.06.21)
コメント
俊さん、お久しぶりです。
「貧困と差別と劣悪な統治」がテロリスト育成の三条件ですか、なるほど言われてみるとそんな気がしますね。ちなみにこれの出典は何でしょうか? この本? それとも有名な文句なのでしょうか? どうぞご教示ください。
投稿: あだなお | 2005/08/28 00:23
あだなおさん,お久しぶり.お仕事順調ですか?
さて「貧困と差別と劣悪な統治がテロリスト育成の三条件」というのは,ほとんど同じことがいろいろな人たちによって言われているので,誰がオリジナルなのか私自身はっきりしませんが,これほど明確に言い切ったのは私が初めてかもしれません.御参考になるかどうかわかりませんが,私がこの三条件を言い出すときにはいつも,元世界銀行におられた西水美恵子さんのお話を思い出します.ちょうどうまい具合に RIETI のセミナーの要約を見ることが出来ますので,ご覧ください.
まず略歴はこちら
http://www.rieti.go.jp/users/nishimizu-mieko/index.html
RIETIのBBLセミナーの要約はこちら
http://www.rieti.go.jp/jp/events/bbl/05060801.html
いくつかの連載はこちら
http://www.rieti.go.jp/users/nishimizu-mieko/glc/index.html
http://www.rieti.go.jp/jp/fellow_act/writing.php?id=nishimizu-mieko
投稿: 俊(とし) | 2005/08/28 10:04
そういえば昨日の「世界ふしぎ発見」でクロアチアを特集していました.ボスニアやコソボの紛争のことはほんのわずかだけしか触れられず,ほとんどは名所旧跡の観光案内.日本のテレビは,タレントの無意味なおしゃべりを延々と中継する番組と,温泉と食い物の欲望刺激番組の二つのカテゴリーが異常に肥大してしまいました.
投稿: 俊(とし) | 2005/08/28 10:09
俊さん
俊さんのオリジナル表現でしたか。内容的にはなるほど〜と思ったので、どこかで引用するときには「望湖庵日記」としましょうか(笑)
西水美恵子さんのセミナー要約もこれから拝見します。
日本のテレビ番組、というかマスメディアのレベルの低さは本当に目を覆うばかりですね。そもそも世界観、時代感がないですからね... しかし、その能天気さが、さらに日本人全体の能天気さに拍車をかけるのかと思うと... かなり頭が痛い問題です。
そういうわけで僕は、何でも自分の目で見て確認するべく、いろいろなところに出かけてばかりです(ちょっと強引な論理展開ですが(笑))。仕事的には、もう少し一ヶ所に留まって集中した方がいいのでしょうが、興味の赴くまま活動しています。
投稿: あだなお | 2005/08/28 20:33