戦術の天才ハンニバル
ローマ人の物語 (3) ― ハンニバル戦記(上) 新潮文庫 塩野 七生,価格: \380 (税込)
ローマ人の物語 (4) ― ハンニバル戦記(中) 新潮文庫 塩野 七生,価格: \460 (税込)
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ローマの歴史の中でもハイライトの一つです.地中海をはさんで隣接するアフリカの通商大国カルタゴとの死闘を描きます.第一次ポエニ戦役ではカルタゴと戦うために海軍を創設したり,シチリアを勝ち取ってローマ化したりという具合に話が進むのですが,何と言っても主題は第二次ポエニ戦役でのカルタゴの天才的武将ハンニバルとの戦いでしょう.
若きハンニバルはスペインからアルプスを越えてイタリアに攻め込み,数々の会戦でローマ軍に壊滅的な打撃を与え,さらにはガリア人を懐柔して味方につけたり,ラテン同盟の都市に反乱を起こさせたりと,戦術,戦略の両面での天才ぶりを発揮します.イタリア半島に深く攻め込まれたローマはどうにかこうにか持久戦に持ち込み,戦局は長期間停滞するのですが・・・ローマにもハンニバルに多くを学んだ若き知将スキピオが現れ,戦いは徐々にローマに有利に展開していきます.
ハンニバル戦記最大のハイライトはハンニバルとスキピオのカルタゴでの会戦でしょう.この会戦は古くから戦術のケーススタディとして語り継がれ,研究されているもので,今日でも士官学校では必ず学ぶと言われています.マケドニアの若き天才武将アレクサンドロスの戦術に学んだハンニバルと,さらにそれを学んだスキピオとの対決はスキピオの鮮やかな勝利に終わります.これ以降ローマ軍は,各軍団が役割を分担し連携を取りながら敵を包囲殲滅する戦法を確立,同時代の歴史家が "戦争機械" と呼ぶにふさわしい効率的な軍隊を持つ最強の軍事国家に変貌するのです.
ハンニバルは天才でしたが孤独でもありました.祖国からの支援も補給も受けずに十年以上も敵地で野営し戦い続けました.しかし兵士と寝食を共にして戦う姿勢は兵士の絶大な共感を得て,スペインを発って以来彼に付き従う古参の猛者が多くいたそうです.ハンニバルは真のプロの武将だったと言えるでしょう.しかも自らの優秀さに関しても強烈な自負を持っていたようです.ただし彼が率いるカルタゴ軍は傭兵集団でした.
かたやローマですが,市民集会で毎年交替で選ばれる執政官が市民から構成される軍を率いるため,毎回優秀なプロが選ばれるとは限りません.これはローマの弱みでありましたが,しかし一方で長期的に見ると,個人の力量に寄らない組織としての強さを保ち続け,市民自らが血を流して戦うローマのほうが,戦略的優位を崩すことがなかったとも言えます.特に周辺国に対する外交戦略がしっかりしていたことが大変有利に働きました.ギリシャ諸国家,シリア,エジプトなどは,地中海西側をめぐるローマとカルタゴの死闘に乗じて両国を同時に弱体化することも可能だったはずですが,ローマの外交が功を奏し,地中海西側に対する無関心も手伝ってそういう行動を取らなかったことがローマを救うことになりました.
ハンニバル戦記の登場人物の中で誰に最も惹かれるかと問われれば,やはりスキピオと答えざるを得ませんが,しかし長期持久戦を主張し,実際にそれをやり遂げたファビウスも捨てがたい魅力があります.もっとも,ハンニバルという天才的個人に対比すべきものは,ローマという統治形態そのものなのかもしれません.いろいろなことを考えさせてくれる古代のエピソードです.
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