秀逸な技術経営論
イノベーションの収益化―技術経営の課題と分析 (単行本) - 榊原 清則
技術経営の教科書です.著者は慶応大学教授で,経営学入門 上・下 (日経文庫)という優れた経営学入門書で知られた人です.この本では,技術には優れた日本のモノづくり型企業が,なぜそれに見合う利益を得られずに苦しんでいるのかという,まさに現代日本の製造業の最大の課題を正面から取り上げています.
この本の前半 1/3 くらいは既存の技術経営論のおさらいなのですが,中盤 1/3 の,技術経営のベストプラクティスとしてのキャノンとインテルのケーススタディはなかなか読み応えがあります.特にキャノンのインクジェットプリンタのカートリッジが,その時々の競争環境に応じて,ヘッドとタンクを一体化させるかどうかをそのつど変え,製品の収益構造(どこで儲けるか)をころころ変えている事実は新鮮な驚きを与えてくれます.節操がないやり方ともいえますが,技術経営としては一つの自由度を持つことになり,大変参考になる事例です.次にプリンタを買い換えるときに,キャノンにしようかエプソンにしようか悩む材料が増えてしまいました.
後半 1/3 が本書の白眉「統合型企業のジレンマ」です.これは,完成品を売るだけでなく,その製品の中核部品そのものを外販して事業としている企業が陥るジレンマを,日本の時計産業を例にして実証したものです.これは,今日のデジタル家電業界が抱える矛盾と本質的に同一のもので,完成品事業と部品事業のコスト構造の違いが限界利益に相当する生産量の違いを生み,それが部品外販の圧力となり,やがては完成品事業を毀損するというジレンマです.これを簡単に解決する処方箋は存在しないのですが,他社とのパートナーシップなどいくつかのヒントが与えられます.
技術経営のここ10年の最大の進歩は,もちろんクリステンセンの破壊的技術 (*1, *2)と,様々な研究者によるモジュール化 (*1, *2)ですが,私はこの「統合型企業のジレンマ」もランクインさせたいと思います.製造業の現場では日々このジレンマとの格闘が続いており,これが解決できるかどうかが収益性回復の鍵になっているからです.良い本に出会うことができて幸福です.
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