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2006/08/12

日本航空123便墜落事故を悼む

今日から数えて21年前の1985年8月12日,日本航空123便が垂直尾翼を破損させて油圧系統が全滅となり,操縦不能で迷走したあげく群馬県多野郡上野村の高天原山に衝突し,520名の乗客,乗員が亡くなりました.

当日,私は妻とともにアラスカでの休暇を終え,アンカレッジのモーテルでパリ行きの飛行機を待っているところでした.モーテルを出る直前にテレビニュースのテロップで事故のことを知りました.アンカレッジ空港の待合室にはトランシットで出発を待つ大勢の日本人観光客がいましたが,まだ誰も事故のことを知りませんでした.パリに着くと新聞の第一面に大きく事故のことが報道されていたことを覚えています.

事故後10数年にわたって,大きく二つの論争が引き起こされました.一つは事故原因について.もう一つは墜落後の救出活動についてです.

事故原因についての公式の見解は,それ以前の軽微な事故の修理の仕方がまずく,後部圧力隔壁が飛行中に疲労破壊して尾翼と油圧系統を損傷したというものです.しかし根拠が十全とは言えず,矛盾する事実がいくつもあるという説が流れ,今でも完全には信用されていません.そのために,米軍または自衛隊の UAV (Unmanned Aerial Vehicle: 無人標的機や無人偵察機) や訓練用のミサイルが尾翼に衝突したという説に代表されるように,様々な憶測が行われ,いくつかは書籍として出版されています.

墜落後の救出活動については,在日米軍の輸送機が墜落の1時間後に正確な位置を確定し,墜落の2時間後に厚木基地の海兵隊員を暗視装置つきのヘリコプターで現場に降下させようとしていたにも関わらず,警察庁から断られて海兵隊を引き揚げさせたことや,習志野の第一空挺団が政府の命令によらず独自の判断で出動し,危険な夜間降下を上申したが却下されたこと,しかし自衛隊も警察も墜落地点の特定に手間取り,陸路での救助が開始されたのは墜落から15時間も経った翌日午前10時だったこと,その間に少なくない数の生存者が死亡したことなど,当時の対応のまずさが批判されています.しかし,当時の自衛隊や警察の装備,通信や航測の技術,夜間で雨,お盆の渋滞などの状況を考えると,各部署は最善を尽くしたとも反論されています.

この事故の全貌を知るのは今でも簡単ではなく,Wikipedia で最近書き進められている「日本航空123便墜落事故」が,修正・推敲を求められてはいるものの,私にとっては最も良くまとまった解説で,既存の出版物や Web サイトへのリンクも豊富です.これ以外には,様々な疑問点を列挙した Web サイトがあったり,フライトレコーダの記録を紙から読み取り,それをマイクロソフト・フライト・シミュレータに入力し,ボイスレコーダの記録とともに飛行の様子を忠実に映像として再現したものがあったり,個人の様々な試みが見られます.

私の年配の知人は事故の数年後に,フライトレコーダの記録から機体にどのような衝撃力がかかったのかを丹念に読み取り,圧力隔壁の破壊ではそれが説明しにくいこと,垂直尾翼に直角方向に力が加わったと解釈するのが最も妥当であるとの結論を出し,それからさらに推測として UAV 衝突の可能性を示唆していました.

遺族にとってはこのような真相の追究はどう思われているのでしょうか?もう済んだことだからそっとしておいて欲しいと思っているのか,それともまだ腑に落ちないわだかまりが胸に残っているのか.

私自身は,事故の原因追究は,責任追及とは完全に分離して,真実を語る代わりに免責を与えるなど責任追及を犠牲にしてでも,最優先に行うべきと思っています.それによってこそ教訓が後世に生きると考えるからです.様々な理由によって口を閉ざしている関係者たちの中には,十分時間が経った後には知っていることを語りたいという人も出てくると思われますので,そのような人たちが多く現れてくることを期待したいと思います.

この事故の4年後1989年7月に,アメリカのユナイテッド航空232便のエンジンのファンブレードが破断・飛散して油圧系統を全滅させるという事故を起こしましたが,当時,日本航空123便の事故を教訓にして,油圧系統全滅を想定したシミュレータ訓練がすでに行われており,機長たちは左右のエンジンの推力調整だけで機体を立て直し,空港に不時着を敢行しました.着陸は万全ではなく機体は回転しながら分解炎上.しかし消火活動の助けもあって乗客296名中185名は生存できました.ここでは教訓は生かされたのです.

私は飛行機に乗るたびにいつも覚悟をしてキャビンに乗り込みます.そして飛行機が着陸した瞬間「あー今度も生き延びた」とため息をつきます.いつまでこんなことをやっているのだと思いながらも,利便性とリスクを秤にかけ,また飛行機に乗ることになるのです.

犠牲者の方々の御冥福を心よりお祈り申し上げます.

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