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2006/09/18

崩壊を食い止めるために出来ること

文明崩壊 滅亡と存続の命運を分けるもの (下) (単行本) - ジャレド・ダイアモンド

Jared_diamondcollapse_2昨日の上巻のレビューに引き続き下巻のレビューです.下巻ではさらにいくつかの崩壊事例と崩壊を食い止めた事例が紹介されています.江戸時代の日本の森林政策が成功事例として取り上げられているのですが,著者が勉強した元ネタが少々怪しく,記述に不正確さや非常識な点が残っているのが残念.江戸時代に燃料として石炭が使われていましたっけ?

ニューギニア高地が成功事例として取り上げられていますし,ドミニカもハイチと対比させて成功した部類に取り上げられています.でも成功とは言ってもかろうじて「成功」に分類したという程度であって,今後も成功し続ける保証はどこにもありません.長期的には崩壊する可能性が高いのではないでしょうか?

オーストラリアに関する部分では,土壌の塩性化と過放牧による植生の破壊が取り上げられており,これがちょうど一ヶ月前にこのブログで「砂漠の中の大農場」としてポストした記事と重なります.力任せに灌漑したせいで世界中の乾燥地帯で塩性化が進んでいるのでしょうね?中国の人口圧力による環境破壊は言わずもがなですが,記述が通り一遍になっているのが少々残念.

ルワンダの虐殺の遠因を人口爆発に求めているのですが,アフリカの民族社会の実態はもう少し複雑ではないかなぁ?一世代前の大虐殺,ビアフラはどうだったのだろう?あるいは,最近のバルカン半島の大虐殺,セルビアやボスニアはどう解釈するのだろう?と考えてしまいます.

まあ,細かいあらを探せばいくらでも見つかるのですが,本書の功績は崩壊の要因を分類して列記したこと,そして崩壊を食い止めるための方策について,不十分ながら事例を挙げて考察していることです.特に石油開発の現場での非常に良く管理された環境保護の取り組み事例は特筆に価します.このような実体を知っている日本人は非常に少ないのではないでしょうか?サハリンやアラスカでの石油開発の実体がどのようなものか,興味のあるところです.鉱山の露天掘りについての記述や分析が少なめなのが私にとっては不満でした.石油開発が傷跡をほとんど残さない内視鏡手術だとすると,露天掘りはハゲワシが獲物のはらわたを食い荒らして放置しているようなものですから.

崩壊を食い止めるための事例として興味深いのは,森林認証と漁業認証のプログラムです.特にこれらが大手環境保護団体と業界の協力によって生まれてきたことが重要な点です.一方消費者側の行動も重要で,バリュー・チェーンの最も敏感な環をねらうという戦術が紹介されていますが,これは今後大変有効になることでしょう.木材会社や製紙会社を非難するよりは,それらを売っているホームセンターやオフィス用品チェーンに働きかけるほうがはるかに効果的,という図式です.

企業や社会は結局は(局所的・短期的な)経済合理主義で動くものなので,環境を守ることが経済合理的であるようにルールや仕組みを変えればよい,という従来から言われている常識的な戦術の応用です.問題はこの方策がどの程度強力か?ということです.江戸時代の日本の森林政策のようにトップダウンの強制力を持った施策と比べてどちらが有効でしょうか?答えは自明ではありません.このあたり,著者の環境経済学や環境倫理学に対する言及が一切無いところが私としては大変不満です.環境を守るためには社会システムの設計や作りこみ,細かな運用ノウハウの蓄積がどうしても必要です.著者が成功事例として紹介した社会の中には,それらをきちんと備えていたものがあったはずです.それらをもう少し掘り下げ,社会経済学の言葉でも記述する努力をして欲しかった,というのが本書に対する最終的な不満です.この手の本としては写真や図表が極端に少ないことも欠点としてあげておきましょう.

しかし,全体としては大変楽しく読ませてもらいました.大部な割には価格が抑えられており,個人の蔵書として手を出しやすいこともプラスです.世界各地の遺跡をめぐる旅の前後に,またとない伴侶となってくれることは間違いありません.

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コメント

 俊さん、こんにちは。
 日本での石炭の利用については17世紀の文献に登場しますが、この時期の記述は多くありません。ですので、確実に使われていたということでなら18世紀からとなるようです。
 この時期の利用目的は製塩事業の燃料ということで、記録上では後年の高島炭鉱の地域でのものが早くにあるようで、1817年に至って佐賀藩の所有となっています。
 他にも筑豊地区でも掘られだしていますが、幕末に入るまでは用途はほぼ製塩事業用と考えられます。

参考文献
清宮一郎 『常磐炭田史』(下) 筑波書林(1986年)

投稿: 伊 謄 | 2006/09/19 21:32

伊さん,早速コメントありがとうございます.

本書では,乏しくなってきた森林資源を守るために石炭が使用されるようになったという記述になっていますので,遅くとも18世紀にはある程度の置き換えが進んでいなければならないと思います.製塩事業に限定された利用であれば,木材(木炭や薪)を置き換えるほどの使用量は無かったはずですね.

投稿: 俊(とし) | 2006/09/19 22:14

 俊さん、こんにちは。
 藩営の炭鉱であれば生産量などの記録もあるでしょうから、それから換算して木材ならどれくらいの量を節約したことになるというような具体的な記述があれば、量は少なくとも記述の信憑性は増すでしょうが、それがなされてないと読み流しそうですねぇ。

投稿: 伊 謄 | 2006/09/22 00:26

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