人類は生き延びられるか?
文明崩壊 滅亡と存続の命運を分けるもの (上) (単行本) - ジャレド・ダイアモンド
ちょうど一ヶ月前にポストした「砂漠の中の大農場」の末尾に書いたとおり,今日はこの本を紹介します.著名な進化生物学者がものにしたベストセラーです.現代アメリカの知識人が書いた本としても大変意義あるものです.
著者は人類の文明(というよりも生存基盤と言ったほうが良いと思いますが)が崩壊した事例を世界中から収集し,崩壊のパターンを原因別に分類して見せてくれるのですが,その手法が見事です.まず冒頭で文明の崩壊をもたらす五つの要因を提示します.
(a) 環境破壊
(b) 気候変動
(c) 近隣の敵対集団
(d) 友好的な取引相手
(e) 環境問題への社会の対応
次に,この上巻では以下の崩壊事例について一つ一つを丹念に解説・分析し,それがどの要因の組み合わせによってもたらされたのかを詳しく論じます.そのせいで本書が大部になっているにもかかわらず,この語りは大変秀逸で,思わず引き込まれて読み続けてしまいます.
(1) (崩壊の予兆のある)現代のモンタナ州
(2) イースター島
(3) ピトケアン諸島とヘンダーソン諸島
(4) 北米アナサジ族
(5) マヤ文明
(6) (崩壊を免れた)アイスランド
(7) ノルウェー領グリーンランド
イースター島の事例はこの本のヒットのせいもあって最近大変有名になりました.世界遺産として登録されたこともあって,2006年夏にはNHKの番組でも紹介されました.イースター島は,住民自身による生態系の破壊,住民同士の内部抗争,外部からの孤立という条件が重なって文明が崩壊しました.ここから著者は読者に議論を仕掛けてきます.
アイスランドはバイキングの入植地で,入植者の牧畜によって植生と土壌は深刻なまでに破壊されるのですが,タラという漁業資源に恵まれ,生活様式を変化させることによって文明はかろうじて崩壊を免れます.
対照的なのは同じバイキングの入植地であるグリーンランドです.厳しい自然環境にも関わらず入植者はヨーロッパ流の生活様式を変えようとせず,牧畜によって脆弱な植生と土壌を破壊してしまいます.寒冷地のスペシャリストであったイヌイットの生活様式から学ぶこともありませんでした.より温和な環境を求めてたどり着いたアメリカ大陸東岸では,原住民とのいさかいで入植に失敗します.数百年後,気候の寒冷化とともに本国との船の行き来もままならなくなり,住民は餓死してしまったと考えられています.本書の中でも最も悲しい結末です.
アイスランドとグリーンランドのこの対照的な事例は,不十分ながらも TBS の定番番組「日立 世界・ふしぎ発見!」で紹介され,この本の著者の Jared Diamond 自身へのインタビューも収録されました.NHK のイースター島の番組といい,私はちょうど良いタイミングでこの本を読んだことになります.
今日,文明の持続可能性は,私たち人類にとって最も重要な課題であることは言うまでもありません.この本の最大の功績は,文明が持続する可能性を考えるための重要な視点を豊富に提供してくれたことです.要因(c)と(d)で表現されている外界とのつながりはその一つです.地球全体を一つの文明と考えた場合,これはイースター島と同じく宇宙に浮かぶ絶海の孤島です.そう考えると,イースター島やピトケアン諸島の例は大変示唆に富んだものになります.この空間感覚は大変貴重です.
一方,文明の持続可能性を議論するには数千年数万年という時間を扱う必要があり,私たちの日常の時間感覚を超えた洞察力,思考能力が要求されます.この時間感覚に対しては本書はややインパクトが少ないように思います.自然との共生のシンボルとされるアメリカ先住民ですら,森林を破壊し大型哺乳類を絶滅させてきた(ただし数万年をかけて)ことは明示されており,文明の持続可能性という同じ論理のまな板に載せることには成功しています.しかし,ごく僅かな変化の積み重ねが崩壊につながることはいくら強調してもし過ぎることはなく,地球温暖化や世界中の土壌の劣化など,1, 2世代では変化が見えないゆっくりとした変動に社会全体が感度を持てるようにするにはどうすればよいのか,提言が欲しいところです.
下巻も近日中に紹介したいと思います.
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