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2007/04/22

がんばれ老麦客

NHK ハイビジョン・スペシャル "麦客" を見ました.2002年作品の再放送.何とまあ素晴らしい作品です.

舞台は中国河南省の大穀倉地帯.小麦はその性質から収穫期が短く,実が熟してから1週間ほどの短期間で刈り取りを済ませなければならないそうです.穀倉地帯では農家自分たちだけでは刈り取りができず,昔から麦刈りの出稼ぎ農民である麦客(マイカ)を雇ってきました.かつては全て鎌一本でやって来た者たちだったのですが,最近では豊かになった河北省の大都市近郊農民がコンバインに投資し,それを三日三晩走らせて河南省に駆けつけ,人手とは比べ物にならない効率で麦刈りを請け負って現金収入を稼ぐようになっています.これを昔ながらの鎌一本の出稼ぎ農民 "老麦客" に対して "鉄麦客" と呼びます.番組は,豊かになった河北省の農民がさらなる豊かさを目指してコンバインに投資し,昔ながらの鎌一本で出稼ぎに来る貧しい内陸農民を駆逐していく様を描きます.

カメラが追う老麦客はイスラム教系少数民族である寧夏回族の村の農民たち.子供たちを学校にやれないほどの貧しさですが,何とかして貧しさから這い上がろうと必死です.しかし彼らは出稼ぎに行くための交通費すら工面に苦労するほどの貧しさ.貨物列車を無賃乗車し,バスの運賃の値切り交渉をしてようやく河南省にたどり着きます.麦畑では厳しい労働が待っています.番組では言及がありませんでしたが,小麦の "芒(のぎ)" は鋭くて素肌に刺さりやすく,炎天下で腕を出して作業をすると芒がチクチクと痛いはずです.しかし寒村から来た農民たちはそんなことに弱音を吐かず,摂氏38度の猛暑の中,黙々と作業をこなしていきます.映像で垣間見る直線鎌の扱いが見事.一株を刈るのに鎌を二度振るのですが,一振り目は刃を立てずに根本を束ねるのに使い,二振り目で刃を立ててサクッと鮮やかに刈ります.労働の厳しさに耐えて働く彼らの姿には目頭が熱くなります.

番組後半,汚れた姿でこき使われる彼らは,一時は自らの惨めさに腹を立てて取材を拒否するのですが,翌日は気を取り直し「俺たちは自らの力で金を稼いでいるのだ」と誇りを取り戻します.そして「3年先5年先にもう一度俺たちの村を撮りに来てくれ」「俺たちがどれだけ変わったか確かめに来てくれ」とまで言います.彼らに暖かく寄り添う取材の視線が見事です.しかし現実は厳しい.鉄麦客の桁違いの効率のお陰で老麦客の賃料は年々下がる一方.賃料は畑の面積あたりいくらで決まるのですが,以前は一畝(ム)660m2 あたり60元を越えていた老麦客の賃料は今では30元でないと雇い主が現れない有様.結局期待したほどの現金は手にできずに帰途についたとナレーション.今年は5年目なのですが,取材に行きます?

一方,稼ぎまくるはずの鉄麦客.その高い効率からコンバインの到来を待ち望む農家は多く,順番を無視して鉄麦客の奪い合いが起きるほどなのですが,一畝あたりの賃料の交渉がうまくできない人がいたり,地形の関係からコンバインを入れることができずに手刈りの部分が残って農家とトラブルになったり,思ったほど楽ではありません.それでも彼らは老麦客が一日かかって稼ぐ賃料を30分で稼いでしまい,豊かな農民はますます豊かになっていきます.彼ら豊かな農民の目標は,都市部の外資系企業で高給を稼ぐ知識労働者です.自分の子供にそうなって欲しいと願う親心を責めるわけにはいきません.この部分の取材の視線も見事としか言いようがありません.

一足先に豊かになった沿海部に比べてまだまだ貧しいままの内陸部.その格差を是正することが中国の最も重要な政治課題のはずなのですが,番組を見る限りこの格差はますます拡大されていくように見えます.これを正すためには積極的な介入政策が必要なはずで,それは中央政府もよく理解していることでしょう.マクロには沿海部の成長の果実をピンはねして内陸部に還流することが必要で,農民銀行のような融資の仕組み,公的資金による農業基盤整備,農産物加工食品の起業,軽工業などの内陸誘致などいくらでも思いつきますので,それらは少しずつ進められていることとは思います.しかし,外の世界を知るようになってその格差に目覚めた農民たち,いまだ劣悪な地方政府の統治の質,さらに加速する沿海部の発展の速度などを考えるにつけ,格差是正は遅々として進んでいないように感じます.

本作品は2003年の ATP(社団法人全日本テレビ番組製作社連盟)第20回 ATP 賞グランプリを受賞しています.

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コメント

俊さん

お久しぶりです。
その番組、2002年ではなかったと思いますが、以前見たことがあるように思います。

おっしゃるとおり、介入政策がなければどうしようもないでしょう。しかし、政策はとても間に合わない。あるいは、そうした介入政策をしようという気が、行政にはなかなかおきないのかもしれません。(行政にとってのインセンティブがないですからね(笑):-P)

おそらく日本でもかつて、同じような現象があったのではないかと思いますが、そのとき、日本はどう対応したのでしょうか?(あるいはし損なったのでしょうか?) その経験と知恵を伝えることができたらなと思うのですが... 単に農業技術を移転するだけより良い国際貢献にならないでしょうか?

投稿: あだなお。 | 2007/04/23 17:27

あだなおさん,こんばんわ

あくまで推測ですが,日本では農村は自民党の大票田であり,また中央政府も地方政府も,冷戦下の社会の安定を狙ってか(共産革命を起こさせないことが行政にとってのインセンティブ)高度経済成長の果実を地方に還流するのに大変熱心でした.

その経験は中国では大変よく研究されており,学ぶべき点は十分に汲み取られていると思うのですが,何しろ中央政府の意思を末端に伝えることすら十分にできていないし,監視も行き届かないので,地方政府の統治の質はなかなか向上しません.中央政府にも成長の果実を軍備につぎ込もうという勢力があるので,国内の格差是正への道のりは平坦ではありません.中国の中央政府にとっての格差是正の最大のインセンティブは共産党一党独裁体制の維持だと言われていますが,まだ危機感が足りないように見えます.

われわれ先進国にできることは,世界銀行などの開発援助の枠組みを活用して,優良な統治の実現に対するインセンティブを突きつけることでしょう.

投稿: 俊(とし) | 2007/04/23 22:02

俊さん

そうですか、やっぱり中国は研究はしているのですね。

「中国の中央政府にとっての格差是正の最大のインセンティブは共産党一党独裁体制の維持だと言われています」そうですよね。最近やっと政治目標として「和階社会」を目指すようになりましたね。その意味では、少しは危機感も出てきたのかなと期待しますが...

恣意的なもの、自国の利を考えるものは困りますが、海外援助はもう少し援助側からの発言があっていいような気がしますね。

投稿: あだなお。 | 2007/04/25 18:39

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