驚愕すべきドキュメンタリーの傑作「延安の娘」
タイトルは聞いたことがあるものの見たことが無かったので,気楽な気持ちで録画予約をしておきました.それを週末になって見てあまりの質の高さに驚きました.それが NHK の平成13年の作品「延安の娘」です.
1970年代,北京から革命の聖地延安に下放された紅衛兵の中には,かの地で子供を生んだカップルがいました.しかし当時の状況ではそれを表ざたにすることは出来ず,密かに里子に出された女の子がいました.娘の両親は下放が終わって北京に戻ってから離婚.二人はそれぞれ再婚し,別々の道を歩むのですが,父親は良い職には就けず,今でも貧しい暮らしを強いられています.そこへ当時の仲間から娘が会いたがっているという思いがけない知らせ.父親は戸惑い迷い悔い悩みます.娘のほうは里親を転々とし,継子の扱いを受けながらも成人して地元の青年と結婚.男児をもうけてようやく生活の展望が見えたところで,両親に会いたいと思い始めます.そこで下放後も北京に戻れず残留している男性に両親捜索を依頼.これからさらに話は発展.娘はついに北京に行って父親との面会を果たしますが,母親は面会を断り,会うことは適いません.このエピソード以外にも,当時の理不尽な処罰を受けた者が,真実を明らかにし名誉と尊厳を回復したいという執念に駆られて行動するエピソードが並行して走ります.
文化大革命という狂気に満ちた政治権力闘争に巻き込まれた若者たちの30年後の姿.文革は私も子供心に覚えていますが,それが毛沢東が始めた権力闘争だったと知ったのはだいぶ後になってのことです.当時は北京放送局の日本語放送が毎晩のように毛沢東語録を語りかけ,実は私も面白がって北京放送局から送ってもらった粗末な印刷の毛沢東語録(日本語版)を持っていました.そのような政治的な時代だったことを改めて思い出します.
土壌浸食が進む黄土高原の映像が見事.ただし雨と風による表土流出が大変気になりました.音楽も一流です.しかし何よりも驚くのはこのドキュメンタリーを制作した監督 池谷薫さんとスタッフたち.2年間という長い時間をかけながら,状況が刻一刻と変わる中,北京と延安の現場にカメラを入れ,何の演出も通用しない当人たちを執拗に撮影し続けます.ナレーション無し,当人たちの発言だけで全編を構成.しぐさや表情を淡々と写しているようにも思えるのですが,実はそこには生身の人間から放たれる強烈な想いが満ち満ちています.よくぞこのような画が撮れたものだと感激します.ドキュメンタリーとして最高のでき.世界中でいくつもの賞をとったこともうなずけます.現在でも各地の映画館で上映が行われているようですね.
放映当時からすでに6年が過ぎ,中国はさらに変化が進んでいます.歴史のうねりに翻弄され,しかし歴史の闇に葬り去られてなるものかともがく庶民たち.中国の経済的発展はさらに彼らの真実を葬り去ろうとしているように見えます.北京の父親の家は,再開発のためにひょっとしてもう取り壊されてしまったのではないでしょうか?
余談ですが,実は私が最も感動したドキュメンタリーは他に一つだけあります.これも NHK が放映した第2次大戦中に日系人強制収容所に収容された少年の数十年後のドキュメンタリー.もう20年以上前の作品だと思います.カリフォルニアのあるハイスクールに野球が得意だった日系人の少年がいました.ところが日米開戦で強制収容所に送られることに.放課後の教室で金髪のガールフレンドと抱き合って別れを惜しむ姿を見たと当時のクラスメートが証言します.その日系人の少年と思しき老人を取材陣は捜し当てインタビューを試みます.単刀直入に聞かれた瞬間,老人は一瞬だけハッと言う表情を見せ,かなり長い間無言でいるのですが,ようやく「きっと人違いでしょう」とだけ寂しげに答えるのです.この30秒ほどに彼の人生の全ての想いが詰まっているのだということが,見るもの全てに強烈に伝わる,そういう映像だったことに私はショックを受けました.映像の力の凄さを思い知らされ,全身が震えたことを覚えています.
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コメント
ジョーと一緒に、第二次世界大戦中の日系人のドキュメンタリーフィルムを、見てみたい。
俊夫さんのコメントを読んだだけでも、私は、一瞬、体が硬直し、ジョーのファミリーや、こちらでの、自分の生活に、思いを巡らせてしまいました。
投稿: Mari Furugori | 2007/04/27 22:46