三葉虫の眼からカンブリア爆発が始まった
眼の誕生――カンブリア紀大進化の謎を解く (単行本) - アンドリュー・パーカー (著),渡辺 政隆 (翻訳),今西 康子 (翻訳)
この本はもう1年越しでツン読になっていた本です.しかし気を取り直して通勤電車の中で読み始めると,あまりの面白さに五日を経ずして読了しました.今から5億4300万年前,それまでカイメンやヒモムシのような原始的な形態をした生物ばかりだった海の中で,突如として生物の外部形態が爆発的に進化し,複数の動物門で多様な鱗や鎧や殻を持つ生物が生まれました.それも進化史的時間ではホンの一瞬とも言える数百万年のうちに!(ただし動物の内部形態すなわち体制は,これに先立つ数億年の間にすでに多様な進化が進み,30余の動物門が生まれていました.)これがカンブリア爆発として知られ,進化史上最大の謎とされる事件だった(厳密には今でも謎は解かれていない)のですが,若き著者はこの謎に "光スイッチ説" を引っさげて挑戦します.
光あふれる浅海に生きる三葉虫の一種に最初の眼が,光の明暗を感じるだけの眼点ではない,光学像を網膜に結ぶ真の眼が誕生し,そこから進化の大爆発のスイッチが起動されたのだと.視覚を持った生物の出現は捕食効率を飛躍的に増大させ,全く新しい捕食-被捕食の関係を作り出し,これが選択圧となって様々な生物の外骨格を短期間に進化させたというものなのです.そして生物最初の眼は三葉虫に生まれたということまで教えてくれます.
この本の素晴らしさは,いきなり光スイッチ説を紹介するのではなく,大変長い前置きをもって,先カンブリア紀のエディアカラ生物群,カンブリア爆発時代の有名なバージェス頁岩動物群,そして色素によらずに生物が体色を獲得する "構造色" の仕組みなどを,丁寧に順序良く解説してくれることです.バージェス頁岩動物群は,ステーィヴン・ジェイ・グールドによって "ワンダフルライフ" で紹介され,一気に有名になりましたが,グールドが掲げた謎を,この著者は一応解いてみせたことになります.
現在光スイッチ説がどの程度学会での同意を得ているのかわかりませんが,個人的には,もう少し証拠集めをしないと決定的というほどではないなぁという感じです.何しろ5億年前という途方もない過去のことなので,化石以外に客観的な証拠は少なく,これが研究自体を非常に難しくしているのですが,当初有力視されたスノーボールアースとの関係が薄いとなると,何か別の要因を眼の誕生に求めなければなりません.著者自身,太陽光の増大や海水の濁りの減少などの仮説を提出しています.
著者自身が見積もっていますが,眼が体表面の細胞から進化するのに必要な時間はわずか100万年ほどでしかありません.ということは,カンブリア紀初期に突如として眼が生まれたと言うことは,それ以前と以後とでは浅海の明るさか透明度が全く異なっていたのではないか?というふうに考えざるを得ません.この仮説を証明する地質学的証拠は案外簡単に見つかるのではないでしょうか?そうすれば光スイッチ説は俄然有利になります.
それにしても何という想像力!化石を調べ,現世動物の生態を研究し,そして光学の知識を持っただけではこういう説を思いつくことはできません.著者の素晴らしい想像力には脱帽です.
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