2000年前に思いを馳せる
ガリア戦記 (岩波文庫) (文庫) - カエサル (著),近山 金次 (翻訳)
有名な古典です.おそらく西欧の中学生や高校生は,このカエサルの文章の一部を,ラテン語や自国の言葉で,国語や歴史の授業で学ばされているはずです.そしてそれは西欧の教養の重要な一部を形作っているのでしょう.私がこの本を読むきっかけになったのは,塩野七生さんの "ローマ人の物語" を読み進むうちに,ちょうどこのカエサルのガリア平定記に差し掛かったためです.塩野さんのこのシリーズを読むとつくづく感じるのは,塩野さんがカエサルを愛していることですが,この岩波文庫のガリア戦記は,それとは異なり,カエサルの元老院への淡々とした報告が元になった散文の傑作です.自らのことに言及するときにも三人称を用いているところが大変印象的で,これは現在では BBC に受け継がれているように思います.代理統治者が本国に送る報告書としてはあまりに簡潔で短いものですが,ローマ市民はカエサルの戦果に熱狂してはたびたび凱旋を祝ったらしいので,後世に残らなかった文書や報告の類は膨大なものだったでしょう.
この戦記が面白いのは,当時の先進地域ローマから見た後進地域のガリア,ゲルマニア,ブリタニアの人々,彼らの気質や風俗がある種の偏見とともに描かれている点です.平定される側のガリア人の子孫である現在のフランスではアステリックスという傑作コミックが生まれ,当時ローマに抵抗していた祖先たちの生き様を(歴史の教養を前提としていますが)ユーモアとジョークで描いた傑作として世界中に(日本とアメリカは例外)知られています.Wikipedia のフランス語版での記述はこちら.
それはともかく,カエサルという傑出した軍人,政治家,戦略家の手になる戦記は,事実の記述と報告として今でもお手本になります.こういうものが今から2000年も前に書かれ,読まれていたとは,ローマの凄さを今更ながら思い知らされます.この岩波文庫の日本語訳は戦前の翻訳を元に戦後になって訳文に手を入れたものですが,現代日本語訳としては少々ぎこちなさが残っています.しかし原文のラテン語に思いを馳せながら辿る訳文としては,この少々のぎこちなさがちょうど良いのかもしれません.
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