文革世代の青春グラフィティ
小さな中国のお針子 - 出演:ジョウ・シュン,チュン・コン,監督:ダイ・シージエ
まさに文革時代に題材を取った青春グラフィティです.中国映画なのですが,スポンサーシップはフランスです.そのせいか,フランスの近代文学がストーリーの主題になっているところが,まあ何と言うか,ちょっと興ざめのところがあります.
バルザックの小説の中国語訳を山奥の部落の美人少女(周迅:ジョウ・シュン,安達裕美に似ています)に語って聞かせるうちに,少女は自立に目覚め,山を降りて都会に出てしまう,という一連の話が,三峡ダムで水没する美しい村の風景を背景に語られます.この風景の美しさは圧倒的ですが,これに演出が頼っている傾向は大変残念.同じような東南アジアの山岳風景を演出に使ったベトナム映画 "パオの物語" と比べて観るのも良いと思います.
文革時代の下放青年の物語としては,何と言ってもドキュメンタリーの重さが圧倒的な "延安の娘" があり,これはこのブログでも紹介したとおりですが,この映画は下放を一概にネガティブなものとは描かず,二人の下放青年と一人の農村少女の青春グラフィティとして描くことに成功しています.二人の下放青年の心理描写と,苦境に屈しない若者らしいすがすがしさがこの映画の見事さです.
しかも地元人民公社の意を受けた村長が,必ずしも権力亡者ではなく,人間味ある人物として描かれているなど,当時の殺伐とした世情の中に救われるエピソードを交えています.特に傑作なのは,村長の虫歯の治療のエピソード.足踏みミシンを活用した即席の歯科ドリルは,こんなもの作れるわけないだろう!というほどの取って付けた代物ですし,溶かした錫を虫歯に流し込むだけの治療はあまりに恐ろしいのですが,これがとてもほのぼのと笑える仕上がりで,この映画中の白眉です.
山奥の無学な文盲の少女が,聞き語りのバルザックに目覚めて山を降りる,などというのはいかにもありそうであり得ない設定だと思うのですが,スポンサーシップがフランスだと聞くと,あーやりやがったな,と嘆息したくなるシナリオ.あり得ない話を,文革時代の青春群像に重ねて描いたら,いかにもありそうな涙ちょちょ切れのお話になって大ヒットした,ということなので,ここしばらくの中国映画シーンのヒット路線を暗示しそうな佳作として記憶にとどめておくべき作品だと思います.
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コメント
昨夜BS日テレで放送していたのを、たまたま観ました。
幻想的に始まり、途中笑えるシーンもあり、最後に切なく終わる、良い映画でしたね。
投稿: umex@白梅亭 | 2010/02/28 17:13
umex@白梅亭さん,
コメントありがとうございます.苦境に屈しない若者らしい清清しさがこの映画の良いところでしょうか.現代の中国映画には時々ハッとするような佳作がありますが,この映画もそのレベルにかなり近いものだと思います.
投稿: 俊(とし) | 2010/02/28 20:30