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2008/02/23

リアリズム政治学の白眉

イスラエル・ロビーとアメリカの外交政策 1 (単行本)
イスラエル・ロビーとアメリカの外交政策 2 (単行本) - ジョン・J・ミアシャイマー (著),スティーヴン・M・ウォルト (著),副島 隆彦 (翻訳)

現代人必読の書です.私は,昨年秋の朝日新聞の書評で酒井啓子さんが絶賛していたのを読み,これは読まねばと思って買い求め,年明けにようやく読了しました.

こういうものを骨太の知性とでも言うのでしょう.長年続いたイスラエルロビーによる極端なイスラエル優遇政策が,アメリカの戦略的利益にも,イスラエルの利益にすらなっていないという論を,膨大な証拠をあげて徹底的に論証した大作です.著者のミアシャイマー John J. Mearsheimerウォルト Stephen Walt はアメリカ政治学本流のリアリストとしてあまりに有名な学者たちだそうですから,これにはさしもの熱情に浮かれたイスラエル・ロビーも,常套手段である反ユダヤ主義のレッテルを貼るわけにはいかず,正面切っての反論はしにくいでしょう.これでアメリカ外交政策の潮流は確実に変わるものと期待されています.

イスラエル・ロビーとは,アメリカに住むユダヤ人を中心とする各種団体,イスラエル寄りのシンクタンク,イスラエル寄りのマスコミ人などによる緩やかな連合として実質的に構成され,アメリカにおける最も強力なロビーイング団体の一つと考えられています.イスラエルに有利な政策を連邦議会の議員や政府関係者に働きかけ,イスラエルに有利な意見をマスコミで行き渡らせ,イスラエルに有利な学説を大学に広めるなどの活動を行っているそうですが,これらの活動を著者たちは事細かに紹介し,その影響を評価していきます.

9.11テロの動機はイスラエルとアメリカによるパレスチナに対する不当な扱いだった,イラクへの侵攻はイスラエル・ロビーの影響で決断された,イスラエル・ロビーの圧力によりイスラエルのレバノン侵攻を支持したことで,パレスチナ和平交渉は頓挫し反米テロを抑えることはますます困難になったなどなど.一つ一つのイベントについて,その意思決定の過程にイスラエル・ロビーがいかに介入したかを論証するくだりは見事とした言いようがありません.

著者たちの評価の基準は全くぶれていません.それは著者たちがリアリズム政治学の本流であることからも来るのでしょうが,常に "アメリカにとっての戦略的価値" から離れることはありません.これは実に立派.そして,イスラエルにとっての戦略的価値とアメリカにとってのそれとは異なるということを繰り返し論証し,イスラエルが今ではアメリカにとっての戦略的お荷物になっていると主張します.つまり,アメリカがこれほど極端にイスラエルを優遇する理由は無いし,それはアメリカ,イスラエル双方にとって不利益となっていると主張するのです.これではイスラエル・ロビーの毛を逆撫でること間違いありませんが,著者たちの筆はいささかもひるむことはありません.

イスラエルが核弾頭を200発も保有しているという暗黙の事実を,事もなげに繰り返し記述しているあたりはさすがリアリスト.物事をきれいごとで覆い隠したりせず,冷徹に現実を直視して,複数の政策オプションの戦略的価値を互いに比較して優先順位をつける,という作業を淡々と進めます.

私がうれしかったのは,アメリカの中東政策は石油のためだ,石油ロビーの影響を受けているという "古めかしい俗説" を明確に論破していることです.世界中の人々が,時には政策担当者すらこのような誤解をしていることが多くていつも腹が立つのですが,ここでもリアリストの面目躍如たるものがあります.

アメリカ民主党で大統領予備選挙を戦っているバラク・オバマの外交顧問はかのブレジンスキーだそうですが,ブレジンスキーはこの本の内容を支持すると明言しており,オバマがアメリカ大統領に当選するようなことがあれば,アメリカの外交政策は大きく舵を切ることになるでしょう.そうすれば,アメリカはイラクの泥沼から抜け出すことが可能になり,イスラエル,パレスチナ,レバノンにも平和が訪れることになるかもしれません.アメリカの中東政策はガラリと変わるでしょう.

日本語版は上下2冊で合計700ページほどもある大作であり,しかも政治学の本として書かれているので,通俗書を読むようには読み進められませんが,全体としては大変読みやすく配慮され,私は通勤電車の中で10日ほどで読み終わることができました.とにかくお勧め.この本を読まずして外交問題を正しく理解することは難しいでしょう.

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