なぜ0.1mmをケチるのか?
先日,ニコンの新しいフルサイズ・デジタル一眼レフ D700 のことを書きましたが,今日はその本体,それも中枢の撮像素子について.
このカメラの撮像素子は,いわゆる 35mm フルサイズの CMOS センサです.フルサイズということは,36.0 X 24.0mm の長方形のはず.しかしながら,仕様をよく読むと,ニコンのデジタル一眼レフ用フルサイズ,いわゆる FX フォーマットは 36.0 X 23.9mm であると書いてあります.縦サイズが 0.1mm 小さめ.これはなぜ?
同様の疑問は,ちょうど3年ほど前にキャノンのフルサイズ・デジタル一眼レフ EOD-5D が出されたときにも感じましたので,このブログで紹介しました.EOS-5D は縦サイズも横サイズもわずかながら小さめです.
CCD にせよ CMOS にせよ,長方形のセンサ・チップを円形のシリコン・ウェファから切り出すときに,一枚のウエファから切り出せる数が多ければ多いほどセンサ一個のコストは小さくなります.現在のデジタル一眼レフ用のセンサにはおそらく8インチのウェファが用いられているはずですが,そのときにセンサのサイズを 0.1mm ケチったところで,取り数が増えるものでしょうか?もちろんセンサの周辺には回路部分や電極などもありますから,切り出すセンサのサイズは光学部分よりは大きめになります.従って取り数の問題はより深刻になりますが,それにしてもなぜ 0.1mm 程度をケチるのかよく理解できません.それも FX フォーマットは縦サイズだけ.ひょっとして回路パターンをウエファに転写するステッパの能力の関係があるのでしょうか?
36.0 X 24.0mm というサイズは,ちょうど 3:2 というアスペクト比になっており,これが 35mm カメラの標準アスペクト比です.もちろんこの比率をレタッチや印刷のプロセスを通して守り通す必要は無く,作画意図によって周辺を好きなだけトリミングすることは自由なのですが,それにしても,オリジナルのアスペクト比が 3:2 からずれるのは気持ちが悪い.特にデジタル写真では画素数がドット数でカウントできるので,レタッチの際にドット数を縮小するような場合,きれいな整数比になりません.例えば D700 のフルサイズ画素数である 4256 X 2832 を素直に縮小して横サイズを 1200 にしようとすると,1200 X 798 となりちょっと気分が悪い.この点,EOS-5D はよく考えられており,フルサイズの 4368 X 2912 を素直に縮小しても,ちゃんと 1200 X 800 になるようアスペクト比が調整されています.上級機の EOS-1 Ds Mark III も同様です.
ニコンは FX フォーマットを決めるときに,ちょっとマズッたなぁ.ステッパの能力でやむを得ず決めたとすると,ステッパ・メーカとしてのニコンの名が泣くなぁ.
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コメント
このような疑問が生じるのは、撮像素子のサイズについて誤解があるから
です。カメラのスペックに表示される「素子サイズ」は、半導体の物理的な
寸法ではなく、データとして取り出された画素数から逆算される「理論的
寸法」なんですよ。
D3やD700の素子は、1ピクセルが8.45μm×8.45μmの正方形です。
この画素を使って仮に「100×100ピクセル」の1万画素のデータが得られ
る「1万画素」の撮像素子を作ったとすると、この場合、半導体のサイズ
にかかわらず、仕様書に記される素子のサイズは0.845mm×0.845mm
となります。
つまりスペックに記される「撮像素子サイズ」というのは、半導体のサイズ
(ステッパの露光サイズ)ではなく、実際にデータと取り出した「画素」が
半導体のダイ上で配置されている領域のサイズとなるのです。
次に、D3や5Dの画面解像度を見てみましょう。縦横ともに、すべて16で
割り切れる数字となっていることがわかりますよね。これにはいくつかの理由
があるのdすが、いずれにしろ、今のデジタルカメラが出力する画素数は
縦横ともに、すべて「16の倍数」になる、と思って間違いありません。
これらを理解すれば、なぜ画素サイズが「ぴったり」にならないかがわかると
思います。
D3/D700の画素は、サイズが8.45μmです。画素数は16個単位でしか
増減しませんから、縦横サイズは、どんなにがんばっても0.00845×16=0.1352mm
単位でしか変わりません。
では、0.1352mm単位で刻んだとして、24.000mmに一番近い数字は
いくつになるでしょうか? これを計算すれば、なぜ24.000mmではなく
23.9mm(正確には23.9304mm)になるかがわかると思います。
投稿: 匿名 | 2008/08/09 19:52
コメントありがとうございました.コメントの前半部分は元々理解していたつもりです.後半部分も,ピクセル数は16の倍数になる,という制限のもとでは確かにその通りですね.16の倍数と言う制限も,回路の都合を考えると理解はできます.
しかし EOS-5D と比較するとどうでしょう?キャノンは横・縦のピクセル数が正確に 3:2 になるようにセルサイズを選んでいます.すなわち,273*16 = 4368 と 182*16 = 2912 のアスペクト比,273:182 = 3:2 です.
これに対して FX フォーマットは 266*16 = 4256 と 177*16 = 2832 の組み合わせですから,アスペクト比は 266:177 = 3:1.996 ということになります.なぜこれに最も近い 3;2 のアスペクト比が得られる組み合わせ 267*16 と 178*16 にしなかったのでしょうか?読み出しラインの都合?それともまずセルサイズありきの設計思想?RAW から JPEG を構成する際の捨て幅の問題?
FX フォーマットでは 3:2 というアスペクト比はほぼ合っていれば良いという考え方に立ったのでしょうし,それはそれで合理性はあると思いますが,しかし 3:2 という整数比のアスペクト比が崩れたのは気持ちが悪い,そう,気持ちが悪いと言うレベルではあるのですが,なぜなんだろうかと言う疑問は解消しません.
投稿: 俊(とし) | 2008/08/09 20:30
アスペクト比がきれいに3:2になっている5Dは、撮像面のサイズがなぜか
きれいに36x24mmではなく、すこし小さくなっていますよね。ピクセルサイズ
を8.2μmではなく8.24μmにしておけばいいだけなのに..
なぜそうなっていないかといえば、半導体には「プロセスルール」という制限
があるからです。撮像素子といえども単なる半導体のひとつですから、
搭載されている回路の大きさはプロセスルールの倍数でしかコントロール
できないからです。
5Dの撮像素子の製造プロセスルールは知りませんが、製造時期を考え
ると、おそらく100~130nm前後でしょう。画素サイズはこの単位でしか
増減できないので、8.2μmでは小さすぎるとわかっていても、その一段
上は8.33μmになってしまうわけです。ぴったりにあわせ込もうと思うと
プロセスルールそのものを変化させるしかない。
D3の素子についても同じ問題だと思いますよ。使用するプロセスルールが
決まってしまえば、採用できる画素サイズはそのルールによって制約を
受けるので単純に「キリがいい」数字だけを選ぶことはできないのです。
D3/D700の素子の場合、まだ長辺のサイズがほぼ36.0mmになっている
だけマシかと思いますけどね。
もしかすると36.0mmだけはぴったりあわせこみたいと考えて画素サイズを
決定したのかもしれません。
投稿: 匿名 | 2008/08/10 01:12
なるほど,プロセスルールの制限でセルサイズの増減はとびとびにしか出来ないわけですね.私の上のコメントの中の表現で言えば "まずセルサイズありきの設計思想" ということになるのでしょう.
EOS-5D のセルサイズは 8.2um なので,それで 3:2 のアスペクト比を実現しようとすると,どうしても 36.0 X 24.0mm よりはずれる.キャノンはそれを縦・横ともに内輪のサイズにすることで解決した.
ニコンは,8.45um のセルサイズを元に,横サイズを できるだけ 36.0mm きっちりに取り,3:2 のアスペクト比は犠牲にした,こういうわけですかね?
まあ,アスペクト比を重視するのか,イメージサイズの絶対値を重視するのか,その優先順位の違いでしょうか?お陰さまでだいぶすっきりしました.それにしても,イメージセンサの設計にはこういう悩ましさがあるのですね.設計とはすべからく,様々な種類の要求を許容範囲内で妥協させることですが,イメージセンサもその例外ではありませんね.
一つ,詳細なスペックが公開されている例をご紹介します.ソニーがデジタルスチルカメラ用に発売している CCD センサ ICX456AQ/AQF です.以下のような仕様になっています.表が読みにくいのは御容赦ください.
(1) イメージサイズ: 対角11.07mm (2/3型)
(2) 転送方式: フレーム読み出しインタライン転送方式
(3) 読み出し方式: 3フィールド読み出し
(4) 総画素数: 約831万画素 3350(H) X 2482(V)
(5) 有効画素数: 約813万画素 3288(H) X 2472(V)
(6) 実効画素数: 約807万画素 3280(H) X 2460(V)
(7) 推奨記録画素数 (アスペクト比 4:3): 約799万画素 3264(H) X 2448(V)
(8) ユニットセルサイズ: 2.7μm(H) X 2.7μm(V)
(9) 水平駆動周波数: 33.75MHz
(10) パッケージ: 28pin plastic DIP/SOP
注目すべきは,項番1,項番6,項番7,項番8の相互の関係です.詳細は省略しますが,項番8の "ユニットセルサイズ" を用いて計算すると,項番1の "イメージサイズ" を決めているのは,項番6の "実効画素数" 3280 X 2460 であることがわかります.実はこの組み合わせは厳密にアスペクト比 4:3 になっています.それにもかかわらず,項番7に "推奨記録画素数" というものがあり,これもアスペクト比 4:3 を守っています.この推奨記録画素数なるものは,カメラメーカに対するお勧め値なのでしょうが,それだと項番1のイメージサイズよりはほんのちょっとだけ小さめになります.
このあたりの表示の考え方はよくわかりませんが,このソニーのセンサの場合には,アスペクト比 4:3 を守ろうとしているように見えます.コンパクトデジカメ用のセンサですので,35mm カメラよりはイメージサイズにこだわる必要は無いという自由度がありますから,アスペクト比を守りやすいのでしょう.35mm や APS-C などのイメージサイズの規格がある場合には,まずプロセスルールでセルサイズが決まるので,アスペクト比が守りにくくなることは容易に想像できます.
今回はだいぶ勉強しました.で,私はやはりアスペクト比重視派です.
投稿: 俊(とし) | 2008/08/10 08:27
たしかに使用する側の立場でいえば、撮像面のサイズ重視やアスペクト比
重視といった考え方になるでしょうね。ただそれらパラメータ全てを誰もが
納得する理想的な数字にするのは無理というのはご納得いただけたと
思います。
ではもっとも重視すべきは何か。半導体を設計する立場の人に言わせれば
たぶん「画質最優先」ではないかと思います。
撮像素子の画素サイズとプロセスルールとの関係は、普通に思われてい
るほど自由度が高いわけではないということはこれまでの話でお分かり
いただけたと思います。画素内に配置されるTrや、PDの位置、配線の
引き回しなど、それこそ線幅1本分ずれただけで、もっとも大切な要素で
ある「画質」に影響が出るでしょう。
そう考えると、最終的な撮像面のサイズが0.1mm単位でずれたり、
アスペクト比が0.5%単位で狂ったり、といったような問題は(現状では)
仕方ないのかな? と思ったりします。
投稿: 匿名 | 2008/08/10 11:33
アスペクト比が合っていないことは,困ると言う程度よりは軽く,気持ちが悪いと言う程度なのですが,レタッチする際にきれいなアスペクト比でトリミングし直すなどの余分な手間がかかることがあります.私はこの手間を惜しみたいので,きれいなアスペクト比を求めています.今持っているカメラもアスペクト比が半端なもので.
何を最重視するかは立場によって変わると思います.半導体設計の立場での画質最優先というのは美しい話だとは思いますが,それは結局は量産する際のコストとの見合いです.そのこととアスペクト比とは少し次元の違う話だと思います.アスペクト比はむしろ映像フォーマットの美学に近い話なので,コスト重視の設計の最前線とは少し距離のある話にならざるを得ません.かみ合わない部分があるのは止むを得ません.
さて,次期の35mmフルサイズ・センサとして2,000万画素程度のものを考えると,
横: 6.5um X 345 X 16 = 35.88mm
縦: 6.5um X 230 X 16 = 23.92mm
総画素数: 345*16 X 230*16 = 20,313,600
という程度はいかがでしょうか?これならかなりピッタリ!セルサイズは小さくなりますが,S/N 比はぎりぎり何とかなる範囲ではないでしょうか?
投稿: 俊(とし) | 2008/08/10 19:34