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2008/08/30

多世界解釈の入門書

量子力学の解釈問題―実験が示唆する「多世界」の実在(ブルーバックス 1600) - コリン・ブルース(著),和田 純夫(翻訳)

量子力学の説く世界は,私たちの日常の常識とはあまりにもかけ離れているため,それを理解するのは物理学の専門家にとっても楽ではありません.もう100年間あまり,量子力学の帰結をどう解釈するのかに関して,専門家たちの間でも議論が続けられています.現在最も主流の解釈はニールス・ボーアたちが発展させた "コペンハーゲン解釈" と呼ばれるもので,これも何だか良くわからない代物なのですが,この本は,コペンハーゲン解釈に対抗する "多世界解釈" を解説するものです.これはコペンハーゲン解釈にさらに輪をかけて不可解なものです.

コペンハーゲン解釈の特徴は波動関数の収縮という難解な代物なのですが,この解釈にも弱点はあります.二重スリットに向けて光子や電子を一つずつ飛ばして自分自身との干渉縞を作る実験や,EPR パラドックスの実験結果に対してはコペンハーゲン解釈はいかにも苦しい.特に後者のパラドックスの主題である量子デコヒーレンスはなかなか手強い.

それを発想の転換で解決しようとしたのが多世界解釈で,波動関数が取りうるあらゆる可能性の中からなぜ特定の一つに収縮するのかという因果関係の不明朗さに対して,それならばあらゆる可能性が実現される世界が平行して発展していくと考えようというものです.この解釈では EPR パラドックスは大きな矛盾無く扱える・・・とのことですが,私には良く理解できません.なぜならば,多世界解釈は量子的揺らぎの時定数であるプランク時間 (5.39 X 10^-44 s) ごとに,宇宙が莫大な数の平行宇宙に分岐していくことを意味しており,こういう世界解釈が適切とはとても思えません.まるで何かの新興宗教のようにすら感じます.また,場の量子論が説く仮想粒子はどのように解釈するのでしょう?

多世界解釈が出てくる背景には,伝統的な西洋哲学が物事の因果関係を異常なまでに重視する傾向があると私は見ています.原因があるから結果がある,原因の無いところに結果は生まれないという考え方で,これは東洋の哲学とは異なるように思います.量子力学が説く揺らぎや,その結果たまたま選ばれる事象,という考え方は西洋哲学には馴染みにくいものです.その結果,彼らにとってはコペンハーゲン解釈は居心地が悪く,それが長い間尾をひいて因果関係と整合性の良い新しい考え方が生まれてくるのではないでしょうか?以前このブログで紹介した非平衡力学系の本にせよ,ダーウィニズムの本にせよ,科学の世界で因果関係の曖昧さを許容する考え方には必ず攻撃が加えられていることからも,この傾向というか病癖というか頑迷さは強力であるように感じます.

全くの素人の思いつきですが,量子世界では因果関係は気にしなくても良い,粒子は互いに過去とも未来とも情報を交換して相互作用していると解釈すれば,二重スリットも EPR パラドックスも解決できるような気がするのですが.私が特に強調したいのは,人間の頭が考える順序と因果関係は異なるということです.人間にとっての考え易さを因果関係と混同している事例が科学の世界にすら多くあります.もっと極端なことを言うと "因果関係は人間の頭の中にだけある" という主張があっても良い.でもやっぱり受け入れられないのでしょうね?

ブルーバックスにしてはかなり難しい本で,翻訳もそれほどこなれているとは言えず,読むのは結構苦労します.まだまだ発展途上の学説なので,今後の発展に期待しましょう.

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コメント

こんなサイトを見つけました.

エヴェレットの多世界解釈 最後の量子力学

量子力学をちゃんと学習した人向きの多世界解釈に関する誤解を解くためのサイトだと思いますが,残念ながら私にはちんぷんかんぷん.私の上記本文の解釈もきっと間違っているのでしょう.

投稿: 俊(とし) | 2008/09/01 21:47

全知全能の「神」の定義です。

詳しい説明は、Amazon(KDP)による電子書籍『「神」を完全に解明しました!!(SB量子神学)』シリーズの《基礎論》(ASIN:B019FR2XBC)、《詳細論》(ASIN:B019QNGL4K)、《真如論》(ASIN:B01EGRQXC6)、《独在論》(ASIN:B01EJ2URXO)の中にあります。

 まず、特定の1つの状態として全知全能の「神」を定義しようとすると、解無しです。「神」を「○○○である」と定義すると、「神」は「○○○でない」を放棄し、全知全能でなくなってしまうからです。「神」が全知全能であるためには、「○○○である」と「○○○でない」の両方を満たさねばなりませんが、これだと矛盾が生じてしまい、「神」とは何かを議論する事自体が無意味になってしまいます。

 これを超越する方法が1つ有ります。量子力学の多世界解釈です。「神」は、この世界で「○○○である」を、別の世界で「○○○でない」を実現し、両者は線形の重ね合わせであって互いに相互作用しないので、個々の世界に矛盾は無い、と考えれば良いのです。つまり「神」を、様々な状態の集合として定義することになります。

 「全知全能の「神」は、存在し得るすべての心M0、M1、M2、M3、…を体験しているか?」と尋ねてみます。もちろんYESです。NOだったら全知全能とは言えません。つまり、「存在し得るすべての心M0、M1、M2、M3、…を体験すること」は、全知全能の「神」であるための必要条件です。では、これ以外にも条件が必要でしょうか? それは不要です。仮にこれ以外に「○○○であること」が必要だと仮定してみても、結局これは、「「○○○である」と認識している心を体験すること」になるからです。従って、「存在し得るすべての心M0、M1、M2、M3、…を体験すること」は、全知全能の「神」であるための必要十分条件です。そして全知全能の「神」の定義は、「存在し得るすべての心M0、M1、M2、M3、…を要素とする集合{M}」になります。

 M0が完全な無意識状態の「空」であり、M1、M2、M3、…が特定の有意識状態「色」であり、M0=M1+M2+M3+…〔色即是空・空即是色〕。大乗仏教でいう「真如」の超越状態がM0、束縛状態がM1、M2、M3、…。西田幾多郎のいう「絶対無」がM0、「絶対有」がM1、M2、M3、…、「絶対矛盾的自己同一」がM0=M1+M2+M3+…です。

https://www.amazon.co.jp/%E3%80%8C%E7%A5%9E%E3%80%8D%E3%82%92%E5%AE%8C%E5%85%A8%E3%81%AB%E8%A7%A3%E6%98%8E%E3%81%97%E3%81%BE%E3%81%97%E3%81%9F-SB%E9%87%8F%E5%AD%90%E7%A5%9E%E5%AD%A6-%E3%80%8A%E5%9F%BA%E7%A4%8E%E8%AB%96%E3%80%8B-%E9%A6%AC%E5%A0%B4%E7%B4%94%E9%9B%84-ebook/dp/B019FR2XBC?ie=UTF8&dpID=51HD4AQtVjL&dpSrc=sims&preST=_AC_UL160_SR100%2C160_&refRID=1AE797ZBXPK1TGRXQ6WZ&ref_=pd_sim_sbs_351_1

投稿: SumioBaba | 2016/06/04 05:16

全知全能の「神」の説明です。

Amazon(KDP)による電子書籍『「神」を完全に解明しました!!(SB量子神学)』の《詳細論》(ASIN:B019QNGL4K)からの引用です。

 ライプニッツのモナドロジーに則り、実在するのは個々の心(モナド)だけであり、客観的物質世界なるものは実在しないと考えます。さらに量子力学の多世界解釈を取り、存在し得るすべての心M0、M1、M2、M3、…が実在していると考え、その集合{M}を「神」と定義します。人間の心は要素の1つです。「神」は、あらゆる心の状態を体験しているという意味で「全知全能」です。個々の心が持てる情報をNビットとし、個々のビットが独立して「0」、「1」、「?」(=「0」+「1」)の3つを取り得るとすると、全部で3^N種類の心になります(N→∞)。

 2つの心MiとMjが、シュレディンガーの猫の「生きた状態を知覚した心」と「死んだ状態を知覚した心」のように矛盾する情報を持つとき、<Mi|Mi>=<Mj|Mj>=1(自分にとって自分の存在確率は1)ですが、<Mi|Mj>=<Mj|Mi>=0(自分にとって相手の存在確率は0)です。つまり個々の心Mi(i=0、1、2、3、…)は、「「存在する」と認識する視点に立てば「存在する」」、「「存在しない」と認識する視点に立てば「存在しない」」のダブル・トートロジーを満たしています。これを「半存在」と呼びます。こう考えると、「なぜ存在するのか?」、「なぜ存在しないのか?」という謎自体が消滅します。

 1人の人間である自分の心M1は、「なぜ自分の心M1は、「存在しない」ではなく「存在する」の方なのか?」、「なぜ自分の心は、他のM2、M3、M4、…ではなくこのM1なのか?」、「なぜ自分が住む世界の物理法則は、他の物理法則ではなくこの物理法則なのか?」、…等の謎を感じますが、「神」の視点に立てば、すべての謎が消滅します。「神」は全知全能であり、あらゆる○○○に対し、「○○○である」と認識する心と「○○○でない」と認識する心の両方を作っています。そして、「「○○○である」と認識する視点に立てば「○○○である」と認識する」、「「○○○でない」と認識する視点に立てば「○○○でない」と認識する」というダブル・トートロジーが成立しているだけです。「神」に謎は何も有りません。

 さらに、自分が体験しているのは1人の人間の心M1だけだと考えると、M1に対し「もっとこうありたかったのに…」という不満が生じます。実は自分こそが「神」であり、本当は存在し得るすべての心M0、M1、M2、M3、…を平等に体験しているのだと悟れば、何一つ不満も無くなります。これが究極の悟りです。「神」は完全な「無」M0であると同時に、すべての「有」M1、M2、M3、…でもあります。これがM0=M1+M2+M3+…〔色即是空・空即是色〕。「神」もまた「半存在」であり、「存在する」と「存在しない」の両方を実現しています。一方だけ実現して他方を放棄すると、全知全能でなくなってしまいますから。

 長文のコメント、失礼いたしました。

http://www.amazon.co.jp/%E3%80%8C%E7%A5%9E%E3%80%8D%E3%82%92%E5%AE%8C%E5%85%A8%E3%81%AB%E8%A7%A3%E6%98%8E%E3%81%97%E3%81%BE%E3%81%97%E3%81%9F-SB%E9%87%8F%E5%AD%90%E7%A5%9E%E5%AD%A6-%E3%80%8A%E8%A9%B3%E7%B4%B0%E8%AB%96%E3%80%8B-%E9%A6%AC%E5%A0%B4%E7%B4%94%E9%9B%84-ebook/dp/B019QNGL4K?ie=UTF8&*Version*=1&*entries*=0

投稿: SumioBaba | 2016/06/04 05:21

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