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2008年12月

2008/12/30

ガソリン,灯油が値下がり

Gasolinereceipt_30dec2008

Kerosenereceipt_30dec2008

原油価格が下がったのは大変残念だという感想を先日アップしましたが,今日,ガソリンと灯油を買ったときのレシートをご覧ください.いずれも石油元売チェーンの会員価格ではあるのですが,11月にこのブログで紹介したときよりもさらに値下がりしているのがわかります.

また,灯油は昨年の高いときには 100円/リットルを超えていたので,それに比べると半値近くまで値下がりしているのがわかります.これで化石燃料の浪費が復活するようになるのではないかと心配です.

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お正月の準備

今日は午前中からやり残した部屋の掃除,窓ガラス拭き,などをやっています.会社の職場のいただき物でカレンダーをもらったので,それを部屋に飾ることにしました.中国の日系の会社が配っているもので,縁起の良いもの.

Fudaowanjia_2009

"福到萬家(Fu Dao Wan Jia)" とは,福が全ての家に来るという意味だそうです."到(Dao)" と "倒(Dao)" は発音が同じなので,福を上下さかさまに書いて "福倒" すなわち "福到" という洒落が中国ではよく使われます.以前,台北春節直前に書道家の色紙をもらってきて,このブログに掲載したことがありますが,そのときは正立した福の文字をそのまま飾っていました.

午後は PC のファイルの整理やデフラグなどをやるつもりです.

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2008/12/27

新しい世界経済パラダイムを予見

金融大崩壊―「アメリカ金融帝国」の終焉 (生活人新書) (単行本) - 水野 和夫 (著)

本のタイトルは,いかにも売らんかなの出版業界の悪あがきが見え見えなのですが,内容は至って良質の超長期マクロ経済論です.私は,全く偶然ながら,最近ある会合でこの著者の講演を聴く機会があり,その内容を再確認するつもりでこの本を買い求めました.100年に一度と呼ばれるような経済危機の年の年末に読む本としては,大変時宜を得ていると思います.

著者の主張は明確です.

(1) サブプライムローン問題は,国家・国民・資本の三位一体で発展してきた資本主義国民国家のパラダイム(いわゆる大きな物語)の終焉を告げた.資本は国家を超越し,それ自身の目的のためだけに動くことが出来る環境を用意した.金融経済が実物経済に従属することはなくなった.

(2) アメリカドルは基軸通貨としての地位を失う.世界は多極化の時代を迎える.

(3) 先進国の中産階級が没落することに伴い,先進国への投資は高いリターンを生まなくなる.高いリターンは新興国の実物経済への投資でのみ得られるようになり,過剰な流動性は新興国の実物経済に投資される.

(4) これまでアメリカの過剰消費への輸出で食べてきた日本の製造業は,これから方向転換を迫られる.転換すべき方向は新興国,特に勃興する中産階級である.

著者は,大航海時代に始まる経済革命がサブプライムローンで一つの区切りをつけたと主張し,超長期の経済パラダイムの流れの中で今回の金融危機を解釈しています.その姿勢はマクロ経済論としてはしごくまっとうで,超長期の視点は確かに良い視座を与えてくれるとは思います.しかし著者の視点がどの程度的を射ているのかは,今後数十年を経てみないと何とも言えない,というのが正直なところです.

それでも著者が繰り返し言うように,経済の真のグローバル化がこれから始まる,という点については全く異論はありません.私たち一人一人が,どの国のどういう金融商品に投資するかについて,今ほど自由度がある時代はかつてありませんでした.リスクとリターンの最適点を求めて,世界中のあまりに過剰なお金がこれからさらに流動性を高めて動き回ることでしょう.それに伴って,没落する国や階級が生まれ,勃興する国や人々が出てくることは想像に難くありません.

著者の日本についての示唆は非常に理解しやすいものです.日本はこれまでアメリカの中産階級の過剰消費に依存した輸出産業で経済成長を続けてきたのですが,この図式はもうお終いです.これからは新興国の実物経済への投資によってリターンを得なければなりません.しかし,欧米の企業に比べるとその準備は明らかに遅れており,また新興国の中産階級がこれから大量に必要とする中品質の消費財に対する競争力は,これから大急ぎで開発していく必要があります.

しかしこれくらい明確な視点を与えられれば,有能な経営者であれば,これからの経営の舵取りの方向性は間違いようがないと思います.競争の軸もはっきりしているので,経営者にとってはその能力の優劣が明白になって,大企業の経営者といえども言い訳が出来ずに淘汰が進むと期待できます.

尤も,この著者の世界観と経済パラダイムに関する予測がどれほど的を射ているのかは,これからの歴史に聴くしかありません.

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2008/12/24

人類の出アフリカ記に感動

日本人になった祖先たち―DNAから解明するその多元的構造(NHKブックス)(単行本) - 篠田 謙一(著)

知的感動のみならず情動的感動をも味わうことが出来た本として,私が今年読んだ本の中でベストワンです.著者は医学部出身で大学の解剖学教室に籍を置き,古代人骨の DNA 分析による人類学の構築を目指している人.最近,国立科学博物館に移り,本格的に "分子人類学" に取り組んでいます.自らの成果を交えて最新の分子人類学の知見を紹介したのがこの本です.

分子人類学の分析手法のうち,著者が扱っているのはミトコンドリア DNA 分析というもので,細胞中のミトコンドリアの DNA 分析により,母系遺伝していく遺伝子の変異を分類,追跡することにより,人類集団がどのような年代にどのような経路を辿って地球に広がって行ったかを研究するものです.これとは別に,男系遺伝する Y 染色体による研究成果もバランスよく紹介されています.ちなみに,日本人の起源に関する Wikipedia の記事はこちら

まず最初の驚きは,人類が10万年ほど前に初めてアフリカを出発したこと(出アフリカ).しかも出アフリカの時期は数万年に渡り,ルートも複数有りました.でもたったの10万年前だったのですね.つい昨日のことです.今日の様々な人種はそれから派生してきたものに過ぎません.人種間の遺伝的な差異は実は非常に小さく,その小さな差異を丹念に追いかけるのが分子人類学です.

人類の大移動の動機がどのようなものだったのか大変興味があります.この頃に気候がどうだったのか知りませんが,人口増大の圧力か,あるいは氷河期などの気候の大変動か,ここはもっと深く知りたいところ.おそらく,出アフリカ記には,無数のドラマとヒーローとヒロインがいたのではないでしょうか?

一方,アフリカに残った人類には出アフリカ以前からの変異の多様性の蓄積があり,実はアフリカの人々はその他の全ての地域の人々を合わせたよりも遺伝的多様性が大きいのだそうです.アフリカ人と一言では言えない多様性があるということですね.これに比べると,アフリカ以外に広がった人々は,アフリカ出身者のほんの一部の分派に過ぎません.

私はアフリカのサバンナの映像を見たりすると「ああ,私の祖先はここからやってきたのだ」と妙に郷愁に駆られることがあって,それを家人に話しては笑われていたのですが,この本を読んでますますアフリカに郷愁を抱くようになってしまいました.

次なる驚きは,ヨーロッパに進出した人類が,ある時期,別の人類のひとつであるネアンデルタール人と共生していたこと.ネアンデルタール人はその後何らかの理由で滅んでしまいました.人類との競争に負けてしまった可能性を感じます.つい最近まで私たちの祖先が近縁の別の人類と暮らしていたということを知ると,妙に胸が騒ぎ,もの悲しい気分にさせられます.

さらに驚くべきは,アジアでの人類の多様な分散です.インド,東南アジア,パプアニューギニア,オーストラリアには比較的早く到達しているのですが,北東アジアには南回りと北回りの二つのルートがあったらしく,そのルートの延長にはアメリカ大陸への移動があります.このあたりからこの本の主題である日本人の起源についての解説が始まります.ネタばらしになるのであまり詳細を記すことは止めますが,日本人は弥生時代以前に断続的に様々な人々がアジア各地から去来していった結果として,弥生時代以降一つの集団として定着してきたことが示されます.決して遺伝的に一様な集団が日本人として定着したわけではなく,東アジアの実に様々な遺伝子を日本人は持っているのです.アジアの人々との民族的な違いを強調するよりも,むしろ多くの遺伝子を共有していることを意識すべきだと著者は述べていますが,これは傾聴に値する主張だと思います.

しかも感動的なのは,母系遺伝するミトコンドリアの系統と,男系遺伝する Y 染色体の系統の両方を比較すると,日本には過去において,異民族同士の激しい征服や虐殺のような形跡が見当たらず,弥生時代の人々の渡来も平和裏に行われていた可能性が高い,ということです.一説によると,弥生時代の渡来人とは,中国大陸での戦乱を逃れてきた人々が渡ってきて,日本に稲作技術をもたらしたものだと言われています.中国大陸での春秋戦国時代の争乱と,そこから逃れてきた渡来人が平和裏に縄文人と共生し融合していったさまを比較,想像すると,今日の日本人の精神性の一部を理解できるような気がします.チンギスハーンによる中央アジアの征服や,スペイン人によるアンデス先住民の虐殺などにより,征服者の男系遺伝子が大量に今日の人々に見られることに比べると,なんと平和的な民族の成り立ちか,これは日本人が誇りに思っても良いものではないでしょうか?

著者が繰り返し主張していることは,日本人の遺伝的な成り立ちの重層性です.日本人は決して単一のハプログループから成り立っているのではなく,数万年の長さに渡り,幾度と無く繰り返し様々な民族が繰り返しやって来ては一部は去ることをくり返して,ようやく1,500年ほど前,ついさきほどから今日の民族集団が定着したに過ぎません.それ以降の民族集団を日本人と定義して,日本を単一民族国家と呼ぶことは可能でしょうが,人類学的,遺伝的には日本人はアジアの様々な人々と多くの遺伝子を共有しているのです.この事実を,中国,韓国,他のアジアの人々とも共有していくべきではないでしょうか?大変豊かな共生の考え方を示してもらったと感動しています.

個人的には,氷河期にベーリング陸橋を渡り,アメリカ大陸最南端までわずか1,000年ほどで到達した集団の歩みにも大変強い興味を惹かれています.別の著者の別の著作になるかもしれませんが,期待して待つことにしましょう.

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2008/12/21

痛恨の原油価格下落

ひところは WTI(West Texas Intermediate;テキサス西部の低硫黄軽質油のこと,NYMEX(ニューヨーク・マーカンタイル取引所) Light Sweet Crude とも呼ばれる)の最高値が 147.27 ドル/バレルにまで達して高騰を続けていた原油価格が急落しています.直近の NYMEX の WTI 価格は下記のようになっています.だいたい42ドル台を推移しているようです.昨年から今年にかけての原油価格の乱高下のお陰で,かつては専門用語であった "WTI" も今では普通にニュースで語られるようになりました.

Nymex_wti_20dec2008

昨今の地球温暖化問題は,要は化石燃料の問題です.地球が過去数10億年かけて地殻に蓄積してきた炭化水素を,人間がここ200年ほどの間,最近50年ほどは特に激しく消費しているため,炭化水素が燃えて発生する二酸化炭素の濃度が上がっているのです.二酸化炭素は温室効果を持っているため,太陽から地球に降り注ぐ太陽の輻射エネルギーが宇宙空間に逃げにくくなり,その分地球の気温が高くなって,気候や生態系に悪影響をもたらす,というものです.

化石燃料を大規模に使用する以前は,人間は主として水力風力,そして木材の燃焼にエネルギーを頼ってきました.水力や風力はもちろん再生可能エネルギーです.木材を燃やすことでもいったんは二酸化炭素を発生しますが,燃やした木材と同量の木が再生生長することが保証されれば,木は同量の二酸化炭素を光合成で吸収するので,長期的に見れば大気中の二酸化炭素は増えも減りもせず,これも再生可能エネルギーと見なすことが出来ます.現在では木材はバイオマスという概念に拡張されていますが本質は変わりません.

地球温暖化問題は,化石燃料の枯渇と人間の智慧との時間の競争です.以前にもこのブログで書きましたが,長期的に考えると,例えば10万年後の子孫に現在と同様の文明的な生活の質を保証しようと思うと,私たちは何をしなければならないでしょうか?最も本質的には,

  1. 再生可能なエネルギーのみに依存する文明に転換する
  2. 再生可能なエネルギーで充足できるだけのレベルに人口を減らす
の二つを実現しなければなりません.しかも,この二つを
  1. 化石燃料が枯渇する以前に成し遂げなければならない
のです.最初の要求に関しては,原子力,核融合,水力,風力,太陽光,バイオマスなどの技術開発が進められていますが,残念ながら原子力と核融合は長期的には再生可能なエネルギーではありません.従って,人類のこれからの長い歴史の末には,私たちの子孫は水力,風力,太陽光,バイオマスなどにのみ依存せざるを得ません.しかしならが,これら純粋に再生可能なエネルギーで賄えるエネルギー量は,現在の化石燃料を大量に燃やして得られるエネルギーに比べれば微々たるものなのです.そこで2番目の要求がやってきます.この要求は非常に深刻で,これに平和裏に応えられるかどうかが人類の智慧に問われています.これら二つの要求事項は,もちろん化石燃料を使える余裕があるうちに成し遂げられなければなりません.これが3番目の要求です.

上記の人類の必然の歩みは,化石燃料が高騰すればするほど加速されることは容易に想像がつくでしょう.もちろん価格高騰により短期的にはより多くの化石燃料が開発・採掘され消費されるという悪循環を生むこともあるでしょうが,長期的には再生可能エネルギーに人類は向かわざるを得ません.その過程では,飢餓と紛争が立て続けに起きるという悪夢のような時代を通らざるを得ないのかもしれません.

しかし早く手を打てば打つほど,良い方向への準備が進むことは間違いありません.そういう意味で,昨今の原油価格の高騰は文明を転換させるきっかけに出来るはずのものだったかもしれないのです.その価格がひどく下落してしまったのは私にとっては痛恨の極みです.中長期的には希少性が高まる原油の価格は上昇していくはずですが,それが早ければ早いほど人類が助かる可能性は高まります.WTI で言って100ドル/バレル程度が常識的な原油価格として安定すれば,再生可能エネルギーの開発は大いに加速されると期待しています.

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2008/12/20

初冬のスズメ

先週末の夕方わが家の庭の木に集まってきたスズメの群れ.チュンチュン,チュンチュンとその喧しいこと.一羽一羽の声はそれほどでもなくとも,多数の群れになるとその声の大きさは相当のものになります.

Winterhome_dec2008002m

冬になるとスズメはよく群れるようになります.木々の葉が落ちて姿が目立つようになるので,群れることによって外的から身を守ろうとしているのか,はたまた少なくなった餌に関する情報交換をしようとして集まってくるのか.とにかく元気に冬を越して欲しいものです.

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2008/12/14

お正月の準備にわくわくしますか?

昨日から今日にかけて,新年の準備を始めました.まず昨日行ったことはおせち料理の注文.一昨年と同様,地元の料亭が売り出している北関東料亭風のおせち料理を注文しました.デパートや通販のおせち料理は,数を稼ぐためと保存の都合から,調理後ただちに冷凍してコールドチェーンで宅配されるものが多いのですが,おせち料理が冷凍ではちょっと興ざめ.こういうときこそ地元の利を活かさなければなりません.私が注文した地元料亭のおせち料理は,大晦日に一軒ずつ配達に来てくれます.そのため受けられる注文も100食程度と限られているのですが,このようなきめ細やかな地産地消のシステムを利用するのが本来の姿のはず.京都の有名料亭のおせちを通販で取り寄せるなどということは今でこそ当たり前ですが,環境に与える負荷は相当のものです.

Winterhome_dec2008011m

今日行ったことは年賀状の印刷.今では各家庭にパソコンとプリンターと便利なソフトウェアもあるので,町の印刷屋さんの仕事はずいぶんと減ったのではないでしょうか?私の家では,妻は従来どおり自分で絵を描いてそれをパソコンに取り込み,レタッチして色を付けたりメッセージを加えたりして自分の年賀状を作りました.

私も従来は妻の年賀状のデザインをそのまま使っていたのですが,今年は Web 上の年賀状作成サービスを利用しました.Canon がプリンタのユーザ向けに行っているサービスで,自分の写真をアップロードし,テンプレートを選び,メッセージやスタンプを加えて自分好みのデザインで年賀状を作ることができます.その画像を PDF にしてダウンロード.それを印刷するだけで年賀状の出来上がりです.素人でもそれなりのレベルの年賀状があっという間に作れるのが素晴らしいです.

年賀状の宛先リストの整理も始めました.こちらはもうかれこれ20年ほど,データベース化した名簿をメンテナンスしており,これを使ってはがきの宛名印刷を行っています.もうしばらくの間は,喪中の挨拶状が届くかもしれないので印刷するのを待っていますが,来週末には印刷してしまいましょう.

今年亡くなったかの Tasha TudorNHK の番組の中で語っていましたが,日にちを指折り数えてクリスマスの準備をすることは,クリスマスそのものと同じくらい楽しくわくわくするもの.日本のお正月を待つかつての子供たちも全くその通りでした.私は今でも年賀状の名簿整理を始めると,ちょっとばかりそういう気分に浸ることが出来ます.皆さんはいかがですか?

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2008/12/11

門前仲町番外編

本文では紹介しきれなかった番外編の写真です.まず次の写真は,旧永代寺の境内とおぼしき深川公園深川不動の境界あたりに建つ大きな石塔 "征清軍凱旋記念塔".どうやら日清戦争の戦勝を祝うものらしいのですが,これも深川不動の石塀と同じく,おびただしい数の寄進者が名を連ねていて,まるで千社札状態.これらの文字や図案にはなかなか味があって,江戸の風情が色濃く残っているように感じられます.日露戦争については司馬遼太郎の "坂の上の雲" などを通してある程度の詳細が現代の日本人にも知られていますが,日清戦争となると,それよりも時代的に古く,歴史のエピソードも語られる機会が少ないため,当時の高揚した戦勝気分を表現したものは珍しいです.

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次は富岡八幡の日本一大きな神輿の倉庫の前にあった鉄製の賽銭箱.どれだけ年代を経ているのかわかりませんが,その質感に惹かれました.分厚い鉄の板で作られているにもかかわらず,板を縁取る文様に粋を感じます.

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最後は富岡八幡の鳥居.銅ぶきの大変立派な明神鳥居です.

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2008/12/09

伊能忠敬が安全祈願していた富岡八幡

Monzennakacho_dec2008064m

一昨日ポストしたものの続き.深川不動尊を出るとすぐに富岡八幡宮の境内です.この境内には実に様々なものが祀られており,民間信仰の一大ショッピングモールのようなところなのですが,それには富岡八幡宮公式 Web サイト境内案内をご覧いただくのがよいでしょう.富士浅間神社金刀比羅神社大黒様恵比寿様,はたまた鹿島神社や大鳥神社の小さな社が並んでいたり,弁天池には七渡神社や粟島神社があったり,そのすぐ横にはお稲荷さんまであります.Wikipedia の記述によれば,日本各地から勧請された末社が17社にも上るとのこと.これを日本の民間信仰のご利益重視の節操の無さと見るのか,はたまた何でもかんでも取り込むだけの度量の広さと見るのかの判断は読者の皆さんにお任せしますが,それにしても,これら全てをひっくるめて八幡神社という "信仰空間" なのかもしれません.神聖な空間であると同時に,縁日なども立つ文字通りショッピングモールでもあったのでしょう.ちなみにここのお稲荷さんの鳥居はすべて肥料関係の会社の奉納.なにか言われがあるのでしょうね.

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この神社は日本最大の巨大なお神輿が有名.そのお祭りは江戸三大祭の一つとして知られ,おびただしい数の神輿がくりだして水をかけ合う水かけ祭りの別名もあります.が,この季節の境内はひっそりとしたもの.やや時期遅れの七五三のお参りに訪れた家族連れがちらほら見えるだけ.しかし,境内にはまだまだ意外なものが.この神社は勧進相撲発祥の地だったとかで,相撲に関する様々な石碑が立ち並んでいます.さらに,なぜか伊能忠敬の銅像が!その解説によれば,伊能忠敬はこの近くに居を構えていたのですが,測量の旅に出かける毎に道中の安全をこの神社に祈った,とあります.しかも,これは偶然なのか洒落なのか,銅像の足元には三等三角点の基準柱石が異様に立派な御影石に守られて鎮座しています.歴史が長く,江戸の町の中心にあって栄えた神社だけあって,どこまでもサービス精神が旺盛のように感じました.

Monzennakacho_dec2008039m

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2008/12/07

深川不動のわらじの願かけ

門前仲町を散歩してきました.訪れたのは初めて,で,予備知識も何にも無くていきなり行ったのですが,感想としてはまあまあ.富岡八幡宮の別当永代寺門前町として栄えた街,江戸の風情の余韻を感じさせる深川の中心地と言ったほうが良いかもしれません.

地下鉄東西線の門前仲町駅で下車すると,いきなり成田山深川不動堂の参道に出ます.このお不動さんの縁起はなかなか複雑です.以下,Wikipedia の引き写しです.明治より前の神仏習合が許されていた時代,神社付属のお寺という奇妙なものが存在していました.これが別当寺と呼ばれるものです.神宮寺や神護寺とも呼ばれました.富岡八幡宮自体が,八幡神という神仏習合のシンボル的な祭神であったため,その別当寺として永代寺というお寺が深川に置かれました.このお寺は江戸時代に大変栄え,その門前町として門前仲町が生まれました.特に,江戸の町では成田山不動明王の人気が高まり,それを江戸で拝観したいという機運が高まり,成田山の本尊の出張開帳が永代寺の境内でとりおこなわれ大変な人気を博したのだそうです.ところが,明治に入り神仏分離令が発せられ,永代寺はなんと廃寺になってしまいます.しかし,不動尊信仰は止むことがなく,明治3年(1870年)に深川不動堂としての存続が認められ,今に至っているとのことです.しかし成田山の別院なので,以前の記事で書いたように神田明神とは相性が悪いのでしょうね.昔の信者はどのように使い分けたのでしょう?

Monzennakacho_dec2008023m

こういうことも何も知らずに深川不動の境内に入ろうとしてまず気が付いたのは,大変立派な寄進された石塀です.関東大震災東京大空襲で二度にわたって焼失されたお堂を再建するときにによって寄進されたものと思われますが,東京各地の信者たちがこれ見よがしに家紋と住所名前を掘り込んだ石版を寄進して並べているのが大変印象的です.彫られた寄進者の住所を読むと,日本橋區とか京橋區,本郷區,赤坂區,などの地名が読み取れますが,いずれの時点で寄進されたのかはこれだけではわかりません.

次に,境内に足を踏み入れて目立つのは巨大なわらじ.これには願かけの絵馬やわらじが無数にぶら下げられています.これは本堂に登る階段の両側にありますので,大変目立ちます.

Monzennakacho_dec2008006m

本堂自体は大変近代的な建物で,各種の仏神が何階にも分かれてずらりと置かれ,それぞれに参拝して護摩木などを奉納できるようになっています.仏像の前にはそれぞれ小さな賽銭箱が置かれているので,全体としては膨大な数.また本来は関係ないはずの四国八十八箇所とか七福神などの展示もあって,ちょっと民間信仰のデパート的ですが,これも下町っぽくていいのかも.私が訪れたのは週末の朝早くだったこともあって,人気は無くがらんとしていました.縁日が立つ日にはもっと賑わうのではないかと思います.参道は "人情深川ご利益通り" というそうで,面白そうな食べ物屋のお店もちらほら.なかにはかなり有名なお店もあるのだとか.私はそれらしい深川丼のお店があるのではないかと思ったのですが,私が歩いた時間帯にはお店を開けていませんでしたので,それとはわかりませんでした.残念.

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2008/12/05

ひっつき虫が大繁殖

10月下旬にポストした記事で,コセンダングサのことを書きましたが,いよいよ花期も終わってひっつき虫としての種子がそこらじゅうに見られるようになりました.こういう季節に,セーターなどを着て草むらを歩こうものなら,無数のひっつき虫が絡まって,一つ一つ取っていくのが無理に思えるくらいです.

Aroundhome_nov2008140m

こいつの種子は,本当によく繊維に引っかかるように出来ていて,長い進化の試行錯誤の結果とは言え,よくこのような形に進化してきたものだと感心させられます.もちろん,このような形のほうが種子を広く散布させられるので,繁殖率が相対的に高かったということなのでしょうが,それにしても自然の造形の妙には感心するやら呆れるやら.

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2008/12/03

カラスウリが豊作

今年はカラスウリが豊作のようです.いつも散歩する雑木林の林縁部,つる性の植物がマント群落を構成しているあたりに毎年カラスウリが実っているのですが,今年は特に実が多いように感じます.夏がほどほどに暑く,カラスウリの開花期の前後のお天気が順調だったこと,台風が一つも来なかったことなどが関係しているのかもしれません.それにしても,9月末にポストした時にはまだ緑色のウリボウだったのが,こんなオレンジ色に変わるなんて.

Aroundhome_nov2008034m

散歩をしているときに,一人のご婦人とすれ違いましたが,その人の手には数個のカラスウリの実がぶら下げられていました.持ち帰って絵でも描くのでしょうか?季節感あふれる里の植物です.

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2008/12/01

デジタル一眼レフのゴミ問題

ゴミ問題とは言っても,捨てられたカメラがゴミになって困るという話ではありません.デジタル一眼レフ撮像素子の表面にゴミがへばりついて,それが写真に映り込んで困る,というお話です.これはデジタル一眼レフが開発された当初からの問題で,いまだに完全に解決されたとは言えないデジタル一眼レフの欠点の一つ.これまでの取り組みとしては,オリンパスのように,撮像素子の表面(光学ローパスフィルタなるものが被さっています)を超音波で振動させてゴミをふるい落とすもの,ペンタックスのように撮像素子全体を手ブレ防止機構を流用してカタカタと振動させてゴミをふるい落とすもの,特に何も動かしたりはせず,撮像素子表面にゴミが付きにくい表面処理をしたもの,などがあります.

私のカメラ,ペンタックス K10D は撮像素子全体をカタカタと振動させてゴミを取るタイプなのですが,昨日の朝,レンズ交換をして散歩に持ち出して帰ってきたところ,大きなゴミが写り込んでいるのを発見してショックを受けました.これまでこのようなゴミに悩まされたことはなく,高をくくっていたのですが,とうとうやって来たか!という感じです.下の写真がそれ.

Aroundhome_nov2008031m0

パソコンに画像を取り込んでチェックしていたら気が付いたので,すぐにレンズを外し,カメラをクリーニング・モードにして撮像素子をむき出しの状態にし,ブロワでゴミを吹き飛ばしてみます.再びレンズを付けて最小に絞り込んだ状態で空など一様に明るいものを撮り,再生してゴミチェックです.何とかゴミは取れたようで一安心.

ゴミが映りこんだ写真はレタッチして修正するしかありませんが,枚数が多いとそれもなかなか面倒なもの.しかし,Photoshop の修正ブラシツールは大変優秀なので,ほとんどそれとわからずに修正できてしまいます.やれやれ.ゴミフリーのカメラは出来ないものでしょうか?常時撮像素子がむき出しとなるマイクロフォーサーズシステムのカメラは本当に大丈夫なのでしょうか?

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