新しい世界経済パラダイムを予見
金融大崩壊―「アメリカ金融帝国」の終焉 (生活人新書) (単行本) - 水野 和夫 (著)
本のタイトルは,いかにも売らんかなの出版業界の悪あがきが見え見えなのですが,内容は至って良質の超長期マクロ経済論です.私は,全く偶然ながら,最近ある会合でこの著者の講演を聴く機会があり,その内容を再確認するつもりでこの本を買い求めました.100年に一度と呼ばれるような経済危機の年の年末に読む本としては,大変時宜を得ていると思います.
著者の主張は明確です.
(1) サブプライムローン問題は,国家・国民・資本の三位一体で発展してきた資本主義国民国家のパラダイム(いわゆる大きな物語)の終焉を告げた.資本は国家を超越し,それ自身の目的のためだけに動くことが出来る環境を用意した.金融経済が実物経済に従属することはなくなった.
(2) アメリカドルは基軸通貨としての地位を失う.世界は多極化の時代を迎える.
(3) 先進国の中産階級が没落することに伴い,先進国への投資は高いリターンを生まなくなる.高いリターンは新興国の実物経済への投資でのみ得られるようになり,過剰な流動性は新興国の実物経済に投資される.
(4) これまでアメリカの過剰消費への輸出で食べてきた日本の製造業は,これから方向転換を迫られる.転換すべき方向は新興国,特に勃興する中産階級である.
著者は,大航海時代に始まる経済革命がサブプライムローンで一つの区切りをつけたと主張し,超長期の経済パラダイムの流れの中で今回の金融危機を解釈しています.その姿勢はマクロ経済論としてはしごくまっとうで,超長期の視点は確かに良い視座を与えてくれるとは思います.しかし著者の視点がどの程度的を射ているのかは,今後数十年を経てみないと何とも言えない,というのが正直なところです.
それでも著者が繰り返し言うように,経済の真のグローバル化がこれから始まる,という点については全く異論はありません.私たち一人一人が,どの国のどういう金融商品に投資するかについて,今ほど自由度がある時代はかつてありませんでした.リスクとリターンの最適点を求めて,世界中のあまりに過剰なお金がこれからさらに流動性を高めて動き回ることでしょう.それに伴って,没落する国や階級が生まれ,勃興する国や人々が出てくることは想像に難くありません.
著者の日本についての示唆は非常に理解しやすいものです.日本はこれまでアメリカの中産階級の過剰消費に依存した輸出産業で経済成長を続けてきたのですが,この図式はもうお終いです.これからは新興国の実物経済への投資によってリターンを得なければなりません.しかし,欧米の企業に比べるとその準備は明らかに遅れており,また新興国の中産階級がこれから大量に必要とする中品質の消費財に対する競争力は,これから大急ぎで開発していく必要があります.
しかしこれくらい明確な視点を与えられれば,有能な経営者であれば,これからの経営の舵取りの方向性は間違いようがないと思います.競争の軸もはっきりしているので,経営者にとってはその能力の優劣が明白になって,大企業の経営者といえども言い訳が出来ずに淘汰が進むと期待できます.
尤も,この著者の世界観と経済パラダイムに関する予測がどれほど的を射ているのかは,これからの歴史に聴くしかありません.
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