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2009/06/03

資源問題を環境倫理学的に解く

資源クライシス だれがその持続可能性を維持するのか?(単行本) - 加藤 尚武(著)

環境倫理学を専門とする哲学者加藤尚武さんの最近の著作です.この本は加藤さんのこれまでの著作をある程度読んでいることが理解を深める前提になるように感じました.例えば,このブログで昨年秋に取り上げた "環境倫理学のすすめ" や "新・環境倫理学のすすめ" などです.これらの著作を読んでいないと,環境問題をとことん突き詰めて考える倫理学としての思考の枠組みが無いままで,この本の真髄を捕らえることは難しいのではないでしょうか?上記二書はいずれも新書で比較的手軽に読めるので,ぜひ一読をお勧めします.また,環境倫理学については Wikipedia に大変良くまとまった解説があり,それがとりもなおさず加藤さんの著作の要約になっているので参照するとよいでしょう.

さて,この本の中で特に私の印象に残ったポイントを挙げると,以下のようになります.

まず目を引いたのは,第3章 "ベネズエラの石油と政権" 末尾の以下のフレーズです.

資源を持たない国の優位はどこになりたつか.皮肉なことに資源を持たない国こそ先進国である.いずれすべての国が資源を持たない国になっていく.資源を持つ国の危険は,資源があるからこそ,資源の不在に耐える技術と生活形態の開発が困難になるという点にある.産油国にとって未来はいつも無に向かっていく歩みである.そして,いつかは資源の無い国になってしまう.これが資源保有国の悲劇的運命である.
同様の内容が第5章 "資源ナショナリズム" でもさらに掘り下げて語られます.資源の無い国,わが日本は,資源の不在に耐える技術と生活形態を開発し,資源を永久にリサイクルして賄っていけるような持続的経済・産業体制を築いていかなければなりませんが,これはいずれ他の国々も追随せざるを得ないものです.この意味で日本は世界最先端を走っています.遅れて近代化をスタートし,なりふり構わぬやり方で世界中の資源を確保しようと努力している中国を反面教師とし,自らの進むべき方向を再確認する必要があります.持続可能性を追求するイノベーションこそが人類の生存を保証できるのです.

次に注目すべきと思ったのは第9章 "森林を保つ方法" の末尾.島崎藤村の "夜明け前" を引き合いに出して語ったことです.曰く,江戸時代の過酷な森林保護政策こそが日本の自然を守ってきた,明治維新以降,これらの森林が民間に払い下げられ,人々がそれまでの抑圧から解放されて自由を得るようになったことが,日本の自然破壊の引き金を引いた云々.

持続可能性を保証する主体は何であるのか.森林保護という持続的な仕事を維持することを,市場経済は引き受けるのか.官僚制度は,その任を負っているのか.政治は,これほど長期に渉る因果関係の認識と,それにもとづく「民衆の敵」となっても森林を守るという責任を果たすことが出来るのか.私たちは,今,現代から逆に徳川林政の方向に未来像を置かなくてはならないのではないか.
これは,著者が "環境倫理学のすすめ" で説いた "通時的決定システム" そのものです.封建時代にはこのシステムはよく機能していましたが,近代化に伴い民主主義という "共時的決定システム" が幅を利かすようになり,環境の持続可能性が次々と崩れてきた姿が現在です.しかし,今の政治システムでこのような不人気政策を採るのは至難の業です.大衆の覚醒を誰が引き受けるのでしょう?

最後にへぇー?と思ったのは,第12章 "人間という資源" 末尾の以下のフレーズです.

幸い日本には,持続可能性を維持する主体を形成する可能性がまだ豊かにある.

環境政策が有効に機能するためには,政治主体の強力な指導性が必要である.日本では政治の外部に形成されている潜在的な主体性が,国民への直接的な影響力を発揮することで,政治主体を環境政策の強力な遂行者へと追い込んでいく可能性がまだ存在すると思われる.
著者はかなりの楽観主義者なのですね.これに比べると私はすでに諦めを通り越してニヒリズムの領域に達しています.

この本は,前作,前々作で展開した環境倫理学を,資源問題に応用したという側面を持っています.著者の思いは首尾一貫していて,持続可能性を実現するために何をなすべきか,何を改めるべきかに焦点が当てられています.資源ナショナリズムに対する環境倫理学からの批判や,人類の智慧のひとつである超長期に渉る通時的決定システムなど,読者が初めて耳にする説も多いのではないでしょうか?しかし,環境を守るということはどういうことかを,突き詰めて考えることの大切さを十分に味わうことが出来ると思います.

数は少ないのですが,ところどころに技術的な知見に対する誤解が残っており,おや?と思わされることがありますが,全体の論旨に影響を与えるほどではありません.多くの方々にお勧めしたい本です.冒頭にも書いたとおり,前作,前々作と併せてお読みください.

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