大きく変貌した東海道の今昔
中世の東海道をゆく―京から鎌倉へ、旅路の風景(中公新書) - 榎原 雅治(著)
久々の本の紹介です.このところいかに読書をサボっていたかの良い証明ですね.さて,この本は,近世(江戸時代)ならぬ中世(平安末期から鎌倉,室町,戦国時代)の東海道を,当時の旅日記などの古文書や古地図から解き明かそうという本です.
まず冒頭,鎌倉時代の一人の貴族が京都から鎌倉まで旅をしたときの日記を辿るのですが,現在の愛知県熱田辺りで,何と潮待ちをして歩いて干潟を横断する,というくだりが紹介されます.しかも,潮汐表を読み解いて,旅日記の記述と実際の干満を比較検証する,という実証科学のプロセスも経ているところが偉い.ここでいきなり好奇心が引き込まれて,後は一気に読み進むという構成になっています.
中世と近世の違いがこの本の最大の焦点ですが,これは大変面白い.私たちの頭に刷り込まれている東海道というものは,ほとんど全てが近世のものです.東海道の各種紀行文,五十三次などの宿場のシステム,参勤交代,などなど.しかし,中世にはこのようなものは無かった,あったとしてもかなり異なるものだった,というのは大きな驚きです.
中世と近世では,東海道そのものの呼び名も経路も異なり,宿場の位置や名前も異なり,そして旅の様式も異なっていたことが詳しく紹介されます.特に意外だったことは,現在の静岡県遠州地方,遠江(とおとうみ)の海岸近くの地形の変化です.この辺りは,中世から近世前半にかけては,入江と水路が入り組んだ水郷地帯で,まるで現在の茨城県潮来のような環境だったそうです.それが後年埋め立てられて,現在ではそのような姿を想像することすら難しくなっています.地震や洪水による地形の大変動に加えて,人間の治水や干拓や農業の営みも,数百年の時が重なると大きな変化を生むことができるという大変良い見本です.
最後に,街道の宿というものの成り立ちに付いての考察が加えられます.ここでも意外だったことは,中世においての宿は,本来軍事的な拠点としての成因が大きかったという点です.近世になってお伊勢参りが盛んになるまでは,街道に沿って長距離を旅するという社会的ニーズは少なかったということでもあるのでしょう.
不満だったのは,潮汐表などの実証を行っているわりには,河道の変化を推定するときに,地層サンプルを調べればすぐにわかるようなことを,文献からああだこうだと推論しているくだりです.著者の専門が文献学だから仕方が無いのでしょうが,土木や河川工学の専門家には常識となっている知識を再推論している恐れがあります.ここは他分野との連携によって学問の手法が大きく改革できるところなので,今後の改革を進めていただきたいところです.
全体として,古文の素養がある人には大変楽しく,また私のようにその素養が無い者にとっても楽しくかつ好奇心をもって読み進められる本です.
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