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2009/09/12

絢爛たる,しかし没落する貴族の世界

山猫 イタリア語・完全復元版 [DVD] - 出演:バート・ランカスター,アラン・ドロン,監督:ルキーノ・ヴィスコンティ

この映画 "山猫" は,自分自身が貴族の末裔であるヴィスコンティが,時代の波とともに没落していくイタリア貴族の誇りと哀しみを,当時の衣装や調度などをふんだんに使って大変リアルに描いた映画です.全編で190分ほどもある大変長い作品なので,160分に短縮した英語版が当初1964年に劇場公開されました.その後イタリア語版も岩波ホールで公開されたそうですが,オリジナルのイタリア語・完全復元版というものが21世紀になってから完成しました.これは相当に痛んでいたオリジナルのフィルムを,イタリア政府が修復したものだそうです.この完全復元版がつい最近衛星映画劇場で公開されたので,満を持して録画して楽しんだという顛末です.

貴族の世界をリアルに描いたという意味では,完璧主義者キューブリックバリー・リンドンも有名で,このブログでも取り上げた通りです.特に,ろうそくの光だけで撮影した室内シーンは大変有名.ところで,この山猫で最も大きな部分を占める舞踏会のシーンもろうそくの光だけで撮られていたのだそうです.改めて映像を見直してみました.確かに沢山のろうそくが点灯されてはいるのですが,部屋全体があまりに明るく均一に照らされているので,私はてっきり電気照明で全体を照らし,ろうそくは部分的に使われた,と思っていました.バリー・リンドンのシーンでは,巨大なシャンデリアのろうそくの炎が揺らめくと人物や家具の影も揺らめき,確かにろうそくだけで撮ったなとわかったのですが,この山猫でそれを見分けるのは非常に難しいと感じました.しかし実際には,あまりに沢山のろうそくに点灯して照らしたので,撮影場所は蒸し風呂のようになり,キャストは全員扇子をせわしなく動かしたり,ハンカチで顔の汗をぬぐったりしていた,それがそのまま作品になった,ということのようです.この映画に関する限り,残念ながらヴィスコンティに照明のセンスはあまり無かったと言わざるを得ません.あれだけの入念な衣装や調度が準備されながら,光と影の織りなすタペストリーが見られなかったのは大変残念.

バリー・リンドンが描いたのは18世紀のイギリス貴族の世界ですが,こちらは19世紀末のイタリア貴族の世界.もう時代は動乱と戦争の世紀である20世紀に近づいている,そういう時代です.日本で言うと幕末から明治の頃でしょうか?王政と共和制が互いに覇を競って入り乱れている,そういう時代です.

主演はバート・ランカスター.なんでイタリア貴族の役にアメリカ人が?と思うのは私だけではないでしょう.しかし彼は,没落していくことがわかりながら,時代の流れを見誤ることの無い聡明さと高潔さ,散り際の美学を身に付けた重厚な貴族の役を見事に演じました.アラン・ドロンの起用は,同じラテン系ですし,イタリアとフランスの貴族は血縁関係は当たり前だったので,ごく自然ですらあります.劇中でも時々フランス語の台詞が聞かれるくらいです.当然のことながら,バート・ランカスターの,ひょっとするとアラン・ドロンも,イタリア語の台詞はアフレコのはず.しかし,映像を見る限り,声と口の食い違いはほとんどわかりません.まるで流暢なイタリア語をしゃべるバート・ランカスターが存在しているかのよう.一方,登場人物の性格設定や立ち居振る舞いはかなり計算されているように思います.まあ,シナリオによる全体設計が完璧だというこということなのでしょう.

凝り性のヴィスコンティなので,"ベニスに死す" や "ルードヴィヒ" で見せたように,時代考証を経た衣装や調度が見事.おそらくその調達には莫大な費用がかかったことでしょう.ヴィスコンティの他の作品も,修復されリマスタされて BluRay の高解像度で鑑賞できるようになってほしいものです.普通の DVD では明らかに物足りません.

大変長い映画である上に,たいして劇的な盛り上がりやエピソードも無いのですが,見終わってみると大変しみじみと味わい深い映画であることに気付かされます.映画で表現されているもの全てが本物であり,うそ臭さが微塵も感じられない,そういう感慨に捕らわれます.

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