時間が実在しないって!?
時間は実在するか(講談社現代新書) - 入不二 基義(著)
この本は以前から気になっていたマクタガートの時間論が詳しく書いてあるというので買って読んでみたものです.マクタガートはイギリスの哲学者で "時間が実在しない" ことを哲学の立場から証明したことで有名な人です.証明は20世紀の初めころと最近のことなので,それ以降もこの証明を起点として哲学的時間論が延々と闘わされています.たとえばこれ.
時間が実在しないなんてありえない!とふつうは誰しも思うのですが,この証明で論じられる時間論は結構奥が深く,哲学的な時間論のみならず,最先端の物理学にも影響を及ぼしている(はず)ほどのものです.私自身の興味からすると "時間の矢" の問題や "因果律" の問題に大変興味があって,この本を読んでみようと思ったのです.
少々背景を説明すると以下のようになります.まず,物理学の法則は数式で記述できることが多いのですが,実はこの数式には因果律は何も仕込まれていません.時間対称ですらあるので,時間を反転させても何ら矛盾は生じません.
複数の物理量が互いに影響を及ぼしあって変化するとき,西洋の哲学では,まず原因があり,それが他に影響を及ぼして結果が生まれる,という因果律が思考の枠組みとして暗黙のうちに仕込まれています.ところがよく考えてみると,どちらが原因でどちらが結果なのかは自明ではありません.電位差があるから電流が流れると考えても,電流が流れるから電位差が生じると考えてもよいのです.
私の考えでは,因果律は宇宙の原理ではなく,人間の思考パターン(の一つ)に過ぎません.物事を理解しやすくするために,原因と結果という(西洋のお得意な)二項対立構造を持ち込んだに過ぎません.
物理法則が非因果的であるというのは量子力学ではすでに確立された考え方です.マクロな系では粒子一つ一つを区別できないために,熱力学第二法則が見かけ上成立し,因果律や時間の矢が生まれるように感じるのだと思います.
そういうことを思いながら,この本を読んでみました.この本の前半は,マクタガートの時間の非実在論の解説で,時間のA系列,B系列,C系列が紹介され,マクタガートの証明のロジックが語られます.何というか,やはり哲学の本なのですね.A系列の過去,現在,未来の遷移を考えるときに,哲学者たちはまだ "コーシー列" や "デデキントの切断" という概念には到達していないように思えます.数学史で言えば19世紀の段階と言うべきなのでしょうか.数学者たちは,実数というおぞましいものを手なずけるのに長い時間を要しましたが,哲学者たちにもまだまだ長い時間が必要という気がします.もちろん時間が実数だとしての話ですが.
一方,B系列やC系列は現代物理学とかなり相性が良いように思えます.特にC系列は非因果的な世界観とかなり近い.これは物理学者がかなり喜びそうな気がします.C系列はB系列から時間の矢を取り除いた等方的なイベントの羅列なので,相対論や量子力学以降の物理学が前提とする時間概念に非常に近い.この辺りについては,別の本である "時間はどこで生まれるのか(集英社新書) - 橋元 淳一郎(著)" に詳しいのですが,残念ながらこの本自身はスカなのであまりお勧めしません.
本書の後半は,マクタガートの批判・検証と,著者独自の時間論の試みに充てられています.批判・検証の部分はまだよいのですが,著者独自の時間論については,まだまだ道半ばという印象を受けます.しかも人間の思考における時間という限界から抜け出せておらず,あまり建設的なことを論じていないように感じました.私自身はクロード・レヴィストロースの有名な言葉 "世界は人間なしに始まったし,人間なしに終わるだろう" という考え方に賛同するものなので,哲学という枠組みの中の時間論にはそもそも無理があると感じざるを得ません.人間の思考がなくても時間が存在するか?と問われれば,私は 100% 確信して YES と答えますが,西洋哲学の枠組みではそこまで確信できないのではないでしょうか?
いずれにせよかなり分量のある新書なので,少し時間をかけて味わいながら読むと,哲学者たちの苦闘を追体験できると思います.
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