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2010年3月

2010/03/28

寒さに震える春

今日は本当に真冬の寒さでした.朝からどんよりと曇り,北東の冷たい風が強く吹きます.午前中は時々薄日が差したものの,午後は雲が厚くなって暗くて寒い日曜日になりました.午後は東京まで出かけたのですが,東京も冷たい風が強くて寒さに震えました.

Kyobashigallery_mar2010077m

上の写真は京橋のギャラリー街で見かけたショーウィンドウ.奇妙な取り合わせなのですが,全体としては大変調和が取れていて,目を惹きます.下の写真はその近くで見かけた猫.この辺りは食べ物屋もちらほらあるので,こういう猫が生きていけるのでしょう.いずれも一週間ほど前に訪れた時に撮ったものです.

Kyobashigallery_mar2010082m

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2010/03/27

トサミズキの花

Sprinthome_mar2010015m

例年通りのトサミズキの花です.もう2週間ほど前から咲き始めていますが,このところお天気が湿りがちで気温も低めだったので,花穂がなかなか伸びてきません.昨年も同じような記事を書いているのがとても可笑しいですね.しかし,もうソメイヨシノも開花しているので,これから一気に伸びてくるでしょう.

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2010/03/23

二重橋

桜田門から城内に入ると,と言っても今ではだだっ広い皇居前広場に出るだけなのですが,お堀に沿って左に曲がるとすぐに二重橋が見えてきます.この橋はなぜか大変有名で,私もご幼少のみぎりに,はとバスか何かの団体で記念写真に納まった記憶があります.

Imperialpalace_mar2010071m

ところが,このみんなが二重橋と思い込んでいる橋は実は二重橋ではありません.この橋は "正門石橋" という身も蓋もない名前.では二重橋はどれかというと,この石橋の奥にかかっている鉄製の橋のことで,正式名称は正門鉄橋(せいもんてつばし)という,これまた身も蓋もない名前です.この正門鉄橋のさらに向こうに伏見櫓が見え,これが景観上の良いポイントになっています.

Imperialpalace_mar2010079m

この正門入口の両脇には儀仗兵(日本では軍隊ではなく警察庁皇宮警察本部皇宮警護官)がいますが,英国のバッキンガム宮殿のような観光客向けの仰々しい衛兵交代儀式などは行われていないようです.

Imperialpalace_mar2010099m

正門石橋の欄干にはライオンの足を持つ欧州王朝風の灯火台が置かれています.これがいかにも極東の新興国だった大日本帝国の列強に伍していこうという上昇志向を表していて,様々な感慨にふけるためのきっかけになっています.でも私はこのような装飾品は大好き.

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2010/03/22

桜田門

Imperialpalace_mar2010031m

桜田門というのは,当然のことながら江戸城に数多ある門の一つですが,むしろその門の正面にそびえたつ警視庁の代名詞としての意味が強いかもしれません.しかしながら,桜田門はれっきとした江戸城の主要な門の一つ.しかも典型的な桝形門(ますがたもん)の形を今に残すという意味でも貴重なものです.入口は間口の狭い高麗門ですが,中に入るとかなり広い桝形の右手に巨大な渡櫓(わたりやぐら)が見えます.

Imperialpalace_mar2010047m

桜田門は元々は小田原街道の起点だったのですが,江戸時代のごく初期に小田原街道が東海道となり,その起点が日本橋に移されてしまってからは,東海道の起点としての地位を失ってしまいます.それでもこの地名が有名なのは,幕末の "桜田門外の変" があるからでしょうね.ちなみに井伊直弼のお墓が豪徳寺にあることはこのブログでも紹介しました

Imperialpalace_mar2010039m

とにかく現存する江戸城の門の中でも屈指の美しさ.明暦の大火で焼け落ちて再建され,その後,関東大震災で被災して修復されたものが現在のものです.高麗門の蝶番の部分が妙に存在感があったので,思わず写真を撮ってしまいました.このあたりの石垣は大変立派で,お堀も見事なものです.

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2010/03/21

明治生命館

Meijiinsurancebuilding_mar2010013m

三菱一号館(*1 *2)から一ブロック歩くともう明治生命館があります.このコリント式列柱の建物は,皇居のお堀端にあってひときわ目を惹く建物.第二次大戦後の日本占領時代には,アメリカ極東空軍司令部がここに置かれました.柱頂上部のアカンサスの葉がちょうどいい感じです.ちなみに,連合国軍総司令部,通称 GHQ が置かれたのはここからそう遠くない第一生命館.こちらはモダンで機能的な建物で,マッカーサーはこちらを好んだようです.私は明治生命館のほうがいいな.

Meijiinsurancebuilding_mar2010015m

私はこの列柱も好きなのですが,建物外壁に取り付けられている装飾灯火も好き.そのすぐ上の大変簡素な唐草模様も大好きです.欧州のような過剰装飾とはちょっと距離を置いたうえで,このような装飾文化を節度を持って取り入れた明治から昭和にかけての日本の建築家たちに拍手.

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分類と人間の知性の複雑で深い関係

系統樹思考の世界(講談社現代新書) - 三中 信宏(著)

分類思考の世界(講談社現代新書) - 三中 信宏(著)

同じ著者によるこれら二冊の本の内容は密接に絡み合っていますが,いずれも個性の強い著者の思いが込められ,解説というよりは思いを吐露した本です.著者は生物分類学を専門とする研究者のようですが,分類というものが実は人間の本性に深く根差した行為であり,それが進化論と結びつくと,血縁や写本や字体の系統と同じく,進化の系統という生物系統学という枠組みで理解することができる,ということをまず述べます.

著者によれば,系統学はアブダクション (abduction) という一種の最尤法による推定で系統樹を構成していきますが,これはどうせ過去の真実を100%確実に知ることはできないという開き直りに基づくもので,その論理は非常に明快です.一方,分類学はパターン認識であって,しかも,生物の種,あるいはもっと一般的には分類の単位となる "類" が実在するかどうかが自明ではないため,これまでの人類の歴史の中でも様々な論争を招いて,いまだにすっきりとした体系が構築されていない,ということをが述べられます.

そして特に二冊目の分類学に関する本では,中世スコラ哲学以来の普遍論争を詳しく解説することなく,読者はこの知識を既に持っているという前提で,分類という知的行為の根本的な困難に関する著者の悩みが延々と,あまり発展もなく述べられます.

従って,私にとっては二冊目の本は非常に退屈でした.著者は恐ろしいくらい多読な人,それも非常に幅広い教養を身につけている人なので,分類や系統に関する造詣は非常に深いのですが,しかし問題の核心の周りをぐるぐる回っているだけという印象を受けました.類,すなわち種は実在しない,というのが著者の一応の態度らしいのですが,種の実在を直感的に認めてしまう人間の本性を反映した本質主義の擁護も行っており,なかなか話が閉じずに問題の周りをうろうろするばかりです.現実を素直に観察すればこのような態度を取らざるを得ないということは理解できても,主張としては大変不明瞭です.

私は学生時代の研究テーマに関連して普遍論争のことは知っていました.しかもそれは渡辺慧の "認識とパタン (1978年) (岩波新書)" という本に出てくる有名な "みにくいあひるの子の定理" を学ぶ過程で知ったものです.従って,類を形式的に定義することは論理的に不可能であることはわかっているつもりです.この定理は著者の二冊目の本の参考文献にもあげられていますが,この定理の重要な帰結である "人間は述語を平等には扱わず,自らの価値体系による重み付けを行っている" ことに著者は言及していません.これこそが自然分類や本質主義と最も密接に結び付く鍵だと私は考えています.

そもそも私が分類学というものに興味を持つようになったのは,このブログでも紹介した "辞書参照型ソーティングフィルタ" である Refsort/Ruby と,そこで使用する辞書ファイルの作成を通してです.特に鳥類辞書を作成において,遺伝子解析に基づく新しい分類体系が提案された例に遭遇したこと,また亜種が種に格上げされたり,種が亜種に格下げされたりという事例に多数遭遇したことによっています.分類体系というものはずいぶんと相対的で可塑性があるものなのだなぁ,という素朴な印象を持ちました.それを突き詰めていくと,種は実在するのか?という普遍論争にたどり着くことは容易です.遺伝子のわずかな変異はありふれたことですが,どの遺伝子がどこまでの分量だけ変異すれば異なる種と言えるのか?変異は連続的か?離散的か?などなどきりがなく,最後は普遍論争という類そのものの実在にまで議論は行ってしまいます.

もう一つ,学生時代の研究テーマに関連し,かつ渡辺慧の上述の本にも説明があるのですが,人間が物事を類に分類するときには,実は二つの段階を経ていることがわかります.すなわち,類そのものを定義する第一段階 (Cognition) と,事物をどの類に入れるのかを判定する第二段階 (Re-cognition) があります.この区別をすることは大変重要です.自然分類や本質主義の議論をするときには,この区別は避けられないと思います.この区別をすることで,著者の議論ももう少し整理できるのではないかと期待しています.蛇足ながらこれら二つのプロセスには,価値判断による相互フィードバックがあることも忘れてはいけません.人間の脳の発達過程では,この相互フィードバックが頻繁に行われているはずです.

生物は生得的に持っている類もありますが,後天的に獲得する類もまた多いと考えられます.卑近な例でいうと,が何種類の色から構成されているかは,実は民族や文化によって異なります.また Refsort/Ruby の鳥類辞書を作っていてつくづく感じたことですが,日本語では "ツバメ" と総称される鳥の仲間を,英語ではさらに細分して "Swallow ツバメ","Martin イワツバメ","Swift アマツバメ" などと異なる名前を割り当てて明確に区別しています."カラス" についても,"Crow カラス" と,"Raven ワタリガラス" などの明確な区別があります.これらは,人間が後天的に自らの価値基準に基づいて物事を分類しているよい例になっています.

長いレビューになってしまいましたがもう少し.著者は,自ら認める通り,一冊目の体系学に関しては極めて明快.しかし私はそれほど明快ではありません.だって,鳥類分類体系が系統樹を含めてがらりと変わったり,変わることに対する抵抗がこれまたすごいという現状を目の当たりにすると,系統樹を推定するアブダクションという推論手段も,人間が長年慣れ親しんだものを否定できるほど強いものかどうか,私には十分な確信がありません.アブダクションにおける評価関数は厳密には任意のはずなので,恣意的な結論だって導き出せるのでは?と思ってしまいます.

二冊目に対しては,私は著者よりは悩みは少なく,分類とはしょせんは人間という生物の適応行動の一つと割り切っているところが大きいのかな?これを哲学のレベルで論じることは,抜け出せない泥沼に入り込みそうで,そのたびに "みにくいあひるの子の定理" を思い出して近づかないようにしています.

分類や認識という人間の根本的な能力に関して,ギリシア時代から延々と続いている論争をある程度体系化して学んでみたいという方にお勧めします.ただし,渡辺慧さんの認識とパタンも必読だということは忘れないでください.絶版なので古書でしか読めませんが.

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2010/03/20

三菱一号館 (2)

先週の続きです.この建物の周囲はほとんどすべてが高層ビルに建て替わっていますので,この一角だけが妙に空間が空いていて開放感があります.もっとも,この建物の向かい側の旧三菱銀行本店には広い前庭があるので,そこも含めて考えなければなりませんね.実はこれらの写真のほとんどはそこから撮ったものです.

Mitsubishibuildingone_mar2010073m

さて,この三菱一号館の復元に当たっては,レンガの復元が大きな課題だったと思います.何しろその数250万個.この数のレンガを指定された納期で納められるレンガ工場は現在の日本には無いのではないでしょうか?竹中工務店は中国のレンガ工場を使ったそうです.品質管理には大変気を遣ったらしく,建物に組まれたレンガの一つ一つが実に均質で,大きさや形も揃っています.これも大変日本人らしい几帳面さが出ていると思います.レンガの組み方も図面化して管理したそうですから,レンガ職人さんたちも大変だったのではないでしょうか?

Mitsubishibuildingone_mar2010037m

すぐ近くでは,同じレンガ造りの巨大な建築物,東京駅丸の内口駅舎の復元工事が始まっています.こちらはジョサイヤ・コンドルの弟子である辰野金吾の作品で,施工は大林組.レンガの数は800万個ととてつもない数です.レンガを作ったのは日本煉瓦製造.現在進行中の復元工事はドーム屋根の復元が目玉なので,レンガ部分をどのようにするのかわかりませんが,おそらくできる限り再利用するのでしょうね.

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2010/03/14

三菱一号館 (1)

今日は朝からお天気がよく,しかもほどよく暖かくなりそうだったので,一年ほど前に復元工事が終わった丸の内の三菱一号館の写真を撮りに行ってきました.

Mitsubishibuildingone_mar2010085m

三菱一号館はジョサイア・コンドルの設計で,明治時代の丸の内オフィス街のはしりとなったレンガ造りの建物.オリジナルの建物は1968年に丸の内の高層化の中で取り壊されました.これをできる限り忠実に現代に復元するプログラムが計画され,竹中工務店によって施工管理されました.外観はもとより内装に至るまでできる限り当時を再現し,赤レンガ230万個を当時に近い製法で製作し使用するなど,日本では珍しくオリジナリティを尊重しています.日本工業倶楽部の建て替えが薄っぺらなファッサードだけだったのとは大違い.竹中の担当者は田中愛さんという若手の女性社員.女性社員が赤レンガの建物の復元工事を手掛けるのは珍しかったので,メディアでも取り上げられ話題になりました.

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今朝は光線の具合がちょうどよく,また日曜日の午前中早めだったこともあって,交通量も少なく,思う存分たくさんのカットを撮ることができました.撮りながらわかったのですが,暖房用の煙突も含めて当時の設計を大変忠実に復元しています.しかも日本人らしい几帳面さで水平直角を出しているものですから,煙突などが妙に正し過ぎるほど垂直に立っている様は,ヨーロッパの建物を見慣れた人には異様に映るかも.

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2010/03/13

父親たちの星条旗

父親たちの星条旗 [Blu-ray] - 出演:ライアン・フィリップ,ジェシー・ブラッドフォード,監督:クリント・イーストウッド

なかなか評価が難しい映画ですが,もともと私は戦争映画はリアリズムに徹し,悲惨さと非合理性を徹底的に描いてほしいと願う者なので,その視点からこの映画をレビューしてみたいと思います.

映画の構成は,第二次大戦中の出来事と,それを現代に回想するという二つの平行した話になっています.戦いの舞台は戦争末期の激戦場,硫黄島.米軍による硫黄島上陸作戦と,擂鉢山頂上に立てられた星条旗をめぐるほろ苦いエピソードが描かれています.

上陸作戦のシーンはまるで "プライベート・ライアン" 冒頭のノルマンディー上陸作戦の再演です.スピルバーグが制作に名を連ねていることからも,彼の経験がよく生かされた演出になっています.入念に準備された戦闘シーン.その色彩,音響などはまさに戦場のリアリズムです.戦場の地獄絵図を控えめながらも直視させるこの手法は,プライベート・ライアン以降の戦争映画の一つの基準になりました.これはスピルバーグの功績の一つでしょう.しかし,基準になってしまったがために,もはやプライベート・ライアンを初めて見たときのような度肝を抜かれるような感覚は味わえません.これは良いことなのか,悪いことなのか.

この映画はアメリカ軍の視点から描かれたバージョンなので,日本兵はどのような兵士たちで,どのように戦ったかは全く描かれず,まるで地底に潜む冥界の兵士のように描かれています.実際,硫黄島は全島が地下トンネル基地ともいうべき状態だったらしく,しかもこの火山島の地熱地獄の中の地下壕ですから,40数度を超える気温の中で日本兵は息をひそめて暮らし戦ったわけで,その凄惨さを想像するだけで目頭が熱くなります.生存者のインタビューを聞いていると,なぜこのような無残な戦いを戦わざるを得なかったのか,日本軍の戦略や戦術の基本的な考え方に怒りすら覚えてきます.この辺りは,この映画の日本側バージョンである "硫黄島からの手紙" で描かれているはずなので,いずれ感想を書いてみたいと思います.栗林将軍は大変合理的な精神の持ち主で,戦後の米国での評価が最も高い日本軍人だったということなので,楽しみです.

しかし,この映画の本領は戦闘にはなく,戦争プロパガンダの醜さと,それに翻弄された無名の兵士たちのほろ苦い人生の描写にあります.

擂鉢山頂上に立てられた星条旗がこの映画の影の主役であることがすぐにわかります.この旗は戦闘の最中に勇ましく立てられたものではなく,戦闘が終息した後で,残存日本兵が散発的に攻撃してきたとはいえ,かなりのんびりと立てられたものです.しかし,この旗はそれを欲しがった本土の上院議員に献上するために降ろされてしまいます.代わりの星条旗を掲揚するのですが,その時に撮られた写真が戦争プロパガンダに使用されることになってしまいます.つまり,この二回目の掲揚を行った兵士たちが,突然英雄としてアメリカのマスコミに登場し,戦争債券販売キャンペーンに駆り出され,本当の英雄として戦場で死んでいった仲間たちを思い出して良心の呵責を覚える,というストーリーなのです.

米国は欧州戦線と太平洋戦線の両方に大量の戦力を送っていたので,戦費は莫大な金額に上っていたはずです.そのために米国民は戦争債という債券を買うように勧められました.映画の中でも,"次回売り出しの債券が売れなければ軍隊は弾を買うことができず,そこでこの戦争は終わり日本を負かすことができなくなる,だから君たちはこのキャンペーンに協力するのだ." と説得される場面があります.これはある程度真実だったのでしょう.

英雄に祀り上げられた兵士たちは仕方なく従うのですが,死んでいった仲間たちのことを思うと,やはりやりきれなくなってしまうのです.このあたりの演出はちょうど良い感じ,つまり過剰でも不足でもありません.抑制が効きながら,時代背景と状況から観客自身が思いを巡らせるようになっています.

米国先住民の兵士 Ira Hayes の心理が巧みに描かれています.演じたのはカナダの先住民出身の俳優 Adam Beach.うーん?どこかで見たことある人だなぁとおもっていたら,やっぱり・・・先住民に寄り添う視点で描かれた独立系映画の佳作 "Smoke Signals" に出ていた人ですね.思い出しました.良い味出しています.

彼以外に印象に残る演技や演出はありませんが,しかし終戦間近の時代背景は非常によく描写されていると感じました.アメリカはこのような国内雰囲気で戦争をしていたのだということがよくわかります.イーストウッドの監督としての手腕を高く評価すべきだと思います.

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2010/03/06

古民家のレストラン

今週末もぐずつき気味のお天気.このところ本当に雨や曇りの日が多く,確かに春が近づいているのはわかりますし,それはうれしいことなのですが,週末くらいは晴れてほしいと思います.今日は自宅からだいぶ離れた辺りにある古民家を改装したレストランで昼食.この古民家は地域の文化財として登録されており,太い梁をふんだんに使った造りは素晴らしいものです.

Tsukubatouemon_mar2010002m

入り口の門からしてこのように立派.レストラン本体は母屋の中にあるのですが,門の脇にある小さな建物をパン焼き小屋に使い,そこで焼いたパンを門とつながった蔵を改造したカフェで売っていたりします.

食事は和風イタリア料理といったもので,インテリアや接客を含めて大変レベルが高いものです.お値段もお手頃で,これは東京から離れた田園地帯ならではの特権でしょう.今から20-30年ほど前,ニューヨーク郊外の森の中やパリ周辺の田園地帯に高級レストランが点在することを目にして大変うらやましく思ったものですが,最近は日本の田舎でもこのような高レベルのお店が増えてきましたので,日本も捨てたものではないと思えるようになりました.

Tsukubatouemon_mar2010008m

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