父親たちの星条旗
父親たちの星条旗 [Blu-ray] - 出演:ライアン・フィリップ,ジェシー・ブラッドフォード,監督:クリント・イーストウッド
なかなか評価が難しい映画ですが,もともと私は戦争映画はリアリズムに徹し,悲惨さと非合理性を徹底的に描いてほしいと願う者なので,その視点からこの映画をレビューしてみたいと思います.
映画の構成は,第二次大戦中の出来事と,それを現代に回想するという二つの平行した話になっています.戦いの舞台は戦争末期の激戦場,硫黄島.米軍による硫黄島上陸作戦と,擂鉢山頂上に立てられた星条旗をめぐるほろ苦いエピソードが描かれています.
上陸作戦のシーンはまるで "プライベート・ライアン" 冒頭のノルマンディー上陸作戦の再演です.スピルバーグが制作に名を連ねていることからも,彼の経験がよく生かされた演出になっています.入念に準備された戦闘シーン.その色彩,音響などはまさに戦場のリアリズムです.戦場の地獄絵図を控えめながらも直視させるこの手法は,プライベート・ライアン以降の戦争映画の一つの基準になりました.これはスピルバーグの功績の一つでしょう.しかし,基準になってしまったがために,もはやプライベート・ライアンを初めて見たときのような度肝を抜かれるような感覚は味わえません.これは良いことなのか,悪いことなのか.
この映画はアメリカ軍の視点から描かれたバージョンなので,日本兵はどのような兵士たちで,どのように戦ったかは全く描かれず,まるで地底に潜む冥界の兵士のように描かれています.実際,硫黄島は全島が地下トンネル基地ともいうべき状態だったらしく,しかもこの火山島の地熱地獄の中の地下壕ですから,40数度を超える気温の中で日本兵は息をひそめて暮らし戦ったわけで,その凄惨さを想像するだけで目頭が熱くなります.生存者のインタビューを聞いていると,なぜこのような無残な戦いを戦わざるを得なかったのか,日本軍の戦略や戦術の基本的な考え方に怒りすら覚えてきます.この辺りは,この映画の日本側バージョンである "硫黄島からの手紙" で描かれているはずなので,いずれ感想を書いてみたいと思います.栗林将軍は大変合理的な精神の持ち主で,戦後の米国での評価が最も高い日本軍人だったということなので,楽しみです.
しかし,この映画の本領は戦闘にはなく,戦争プロパガンダの醜さと,それに翻弄された無名の兵士たちのほろ苦い人生の描写にあります.
擂鉢山頂上に立てられた星条旗がこの映画の影の主役であることがすぐにわかります.この旗は戦闘の最中に勇ましく立てられたものではなく,戦闘が終息した後で,残存日本兵が散発的に攻撃してきたとはいえ,かなりのんびりと立てられたものです.しかし,この旗はそれを欲しがった本土の上院議員に献上するために降ろされてしまいます.代わりの星条旗を掲揚するのですが,その時に撮られた写真が戦争プロパガンダに使用されることになってしまいます.つまり,この二回目の掲揚を行った兵士たちが,突然英雄としてアメリカのマスコミに登場し,戦争債券販売キャンペーンに駆り出され,本当の英雄として戦場で死んでいった仲間たちを思い出して良心の呵責を覚える,というストーリーなのです.
米国は欧州戦線と太平洋戦線の両方に大量の戦力を送っていたので,戦費は莫大な金額に上っていたはずです.そのために米国民は戦争債という債券を買うように勧められました.映画の中でも,"次回売り出しの債券が売れなければ軍隊は弾を買うことができず,そこでこの戦争は終わり日本を負かすことができなくなる,だから君たちはこのキャンペーンに協力するのだ." と説得される場面があります.これはある程度真実だったのでしょう.
英雄に祀り上げられた兵士たちは仕方なく従うのですが,死んでいった仲間たちのことを思うと,やはりやりきれなくなってしまうのです.このあたりの演出はちょうど良い感じ,つまり過剰でも不足でもありません.抑制が効きながら,時代背景と状況から観客自身が思いを巡らせるようになっています.
米国先住民の兵士 Ira Hayes の心理が巧みに描かれています.演じたのはカナダの先住民出身の俳優 Adam Beach.うーん?どこかで見たことある人だなぁとおもっていたら,やっぱり・・・先住民に寄り添う視点で描かれた独立系映画の佳作 "Smoke Signals" に出ていた人ですね.思い出しました.良い味出しています.
彼以外に印象に残る演技や演出はありませんが,しかし終戦間近の時代背景は非常によく描写されていると感じました.アメリカはこのような国内雰囲気で戦争をしていたのだということがよくわかります.イーストウッドの監督としての手腕を高く評価すべきだと思います.
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