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2010/04/03

戦場と手紙

硫黄島からの手紙 [Blu-ray] - 出演:二宮和也,渡辺謙,監督:クリント・イーストウッド

先月中旬に姉妹作である "父親たちの星条旗" のレビューを掲載しましたが,今回は日本側の視点で制作されたこの映画のレビューです.ともに第二次大戦末期の激烈な戦いであった硫黄島の戦いを描いた佳作です.

この映画もなかなか評価が難しいです.戦争リアリズムを追求した映画ではないことがすぐにわかります.リアリズムよりもヒューマニズムを前面に押し出しているので,観る人によって好みが分かれるかもしれません."父親たちの星条旗" がある程度リアリズムを追求した撮り方だったのに比べると,この映画は戦場と家族たちの心の絆,それも手紙のやり取りによる絆を主題に押し出されています.それは,主人公の栗林中将が家族に宛てた多くの手紙だけではなく,アメリカ軍の兵士が家族から受け取った手紙なども同じ主題で紹介される演出などに表れています.特に,ロサンジェルスオリンピックの馬術の金メダリストだった陸軍中佐の "バロン西" が負傷した米兵を介護するように命じ,その兵の死後,兵に宛てて母親から届いた手紙を読み上げるシーンはいかにも演出過剰.ですが,この映画の主題がこれなんだとくどいくらいに訴えかける効果はありました.

私は,栗林忠道という軍人の合理的な精神,健全な戦略と目的意識がもう少し強調されるのかと期待していたのですが,これにはあまり触れられませんでした.圧倒的なアメリカ軍の物量の前では,硫黄島の戦いにおいて島を守るという目的は意味がありません.しかし,ここで徹底的に抗戦しアメリカ軍にできる限り多大な被害を強いることは,自国の兵士の死に敏感なアメリカの世論に影響を与え,日本本土への攻撃を一日でも遅らせ鈍らせる効果があるはずだと戦いの目的を再定義します.私もこの考え方には十分に同意できます.これ以上に合理的な目的は設定できそうにありません.この目的の達成のためには,玉砕など単に自らの戦力を削ぐに過ぎない自己満足の戦術は禁じ,ひたすら徹底的に抗戦してできるだけ多くの米兵を殺すという戦術が最も合理性を持ちます.セリフでは栗林は "1人当たり10名の米兵を殺すまでは死んではならない" とまで言い放ちます.素晴らしい,これこそプロの軍人です.上陸前に必ず行われる大規模な艦砲射撃空爆に耐えるために,大規模な地下壕を準備して兵士たちを温存したことも特筆すべきことでしょう.

実際,日本軍は自らの戦死者よりも多くの戦死傷者をアメリカ軍に出させたそうですし,アメリカ軍が上陸させたM4シャーマン戦車鹵獲(ろかく)した後にそれを使って攻撃するなど,合理的な戦い方を貫いています.アメリカ軍は沖縄戦でも同様の消耗戦を強いられたため,本土決戦になった場合の兵士の損耗が国内世論に耐えられないと判断するに至ったとも言われています.これが,本土上陸作戦によらず原爆投下により終戦を早める,という戦略転換をもたらしたとすれば,どちらが良かったなどという話ではなくなり,早期に敗戦を受け入れる決断ができなかった日本の指導者たちが,最も責められるべきだろうと思います.

さて,私にとって大変残念だったのは,地下壕のリアリズムが無さすぎたこと.硫黄島は火山島で地熱の島です.地下壕の中は40度を越える高温で,しかも小さな島では真水は貴重品でした.生存者のインタビューを聞いたことがありますが,それは凄まじい地底の戦いだったそうです.この映画の中では,地下壕は天井が高く快適そうで,皆が暑さにあえぐというシーンは皆無でした.実際は,狭い壕の中を屈みながら移動し,常時流れる汗と血糊で軍服は染みだらけだったはずです.そこまでのリアリズムをこの映画に求めるのは意味が無いということは分かっているつもりですが,それでも,生存者の証言は私の頭の奥にこびり付いており,本土のために死んでいった硫黄島の兵士たちへのせめてもの弔いは,事実をまず知ることだという私の信念は変わりません.

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