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2012/04/29

生態学的文明論の秀作

銃・病原菌・鉄〈上巻〉―1万3000年にわたる人類史の謎 [単行本] - ジャレド ダイアモンド (著), 倉骨 彰 (翻訳)

銃・病原菌・鉄〈下巻〉―1万3000年にわたる人類史の謎 [単行本] - ジャレド ダイアモンド (著), 倉骨 彰 (翻訳)

大変有名なベストセラーなのですが,私はつい最近になるまで読んでいませんでした.単行本上下二巻からなる大著なので,買ってはみたものの手を出せず積読になっていたのです.ようやく意を決して通勤電車の中で読み始め,実質2週間ほどで読み終えることが出来ました.

この本は,一言で言ってしまえば "生態学的文明論",それも文明発祥論と言ってよい内容です.世界の文明がどのようにして発祥したのか,あるいは発祥しなかったのかの原因を,人類にとっての生態学的環境の差異に求めるものです.すなわち,狩猟採集から農耕栽培への移行が早く効率的にできた地域と,そうでなかった地域の差異は,その土地の地理的・生態学的な差異に基づくもので,人種的な差異に基づくものではないという主張です.

これにより,栽培に適した穀物や豆類の現生種と,適度な土壌や降雨に恵まれた肥沃三日月地帯で最初の農耕栽培が始まることになりました.家畜についても,ユーラシア大陸には家畜化しやすい大型哺乳類が複数種生息していた幸運に恵まれます.そして余剰食料を作る余裕が生まれ,大規模灌漑の必要性から社会の階層化が進み,農民以外の専門職種が生まれ,権力構造が発達し・・・という文明発展のシナリオが回り出した,と主張します.

一方,他の大陸ではこのような好条件に恵まれたところは無かったため,ユーラシア大陸と他の大陸では文明発展の時期とその速度に大きな差が生まれ,それは今日に引き継がれて西欧の世界支配が継続していることを説明します.

面白かったのは,大陸の形,特にそれが東西方向に広がっているのか,南北方向に広がっているのかによって,文明の伝播速度が大きく異なるという主張とその実証です.ユーラシア大陸は東西に非常に長い大陸で,このため一か所で生まれた文明が気候的に類似の他所に素早く伝播したと論じます.細かいことを言うと難はあるものの,南北アメリカ大陸と対比させれば,その差は歴然で説得力もあります.

本書の内容は概ね納得できるものですし,ナイーブな先住民礼賛論に対する啓蒙的な反論にもなっていると思うのですが,もう少し反対仮説に対する実証を進めないと,このままでは主張が弱いなと感じます.歴史での実証は非常に難しいので,そう簡単にはいかないだろうと思いますが,その方向の努力は他の研究者の協力を得ながら進めていくべきです.

そう思っているところにすぐに思い出したのは,数年前にこのブログでご紹介した本「日本人になった祖先たち ― DNA から解明するその多元的構造」です.ミトコンドリア DNA の分析で人類の出アフリカ以降足取りを実証的に分析する手法なのですが,最近急速に研究成果が出てきています.今日紹介した本は1997年頃に書かれた今となってはかなり古い本なので,このような最新の研究成果が取り入れられていません.大いに続編を期待したいところです.

私はこの本を読む前に,同じ著者による文明の発祥ならぬ「文明の崩壊」論の大著を読んでいました.この本では,著者は文明が崩壊する要因をあげ,それを実証的に論じていますが,それは逆に読めば,文明を維持するためには最低限何が必要かを論じていることでもあります.複雑な対象を分析する際によく使う手法なのですが,この場合には "Minimal Civilization" と呼んでもよいような設定を行うことで,文明の本質に迫ったことになります.こちらも大変お勧めの本です.

著者は生態学を中心とした学際的な研究を行ってきたフィールドワーカー.その経歴が存分に生かされたこれら二つの本を通読すると,著者の文明観をよく味わうことが出来ます.このような骨太の論考を著わすことが出来る作家が日本からも生まれることを期待します.

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