核戦争コメディの古典的傑作
博士の異常な愛情 [Blu-ray] - ピーター・セラーズ(出演), キーナン・ウィン(出演), スタンリー・キューブリック(監督)
1960年代,冷戦時代には数多くの核戦争を題材にしたサスペンスやコメディが作られましたが,これはその中でも古典的傑作と呼ぶべきコメディでしょう.題名は非常に有名ですし,鬼才キューブリックの作品なので映画ファンならずとも見たことがある人は多い?と思うのですが,実は私自身はこの年になるまで見たことがありませんでした.同じキューブリックの昔の作品でも "2001年宇宙の旅" や "時計じかけのオレンジ" は公開と同時にロードショーで観た口なのですが,この作品の公開当時は小学生低学年だったのでさすがにこれは観ておらず,その後もずっと見るチャンスが無かったという次第です.
まず目を引いたのは主演ピーター・セラーズの一人三役の演技のうまさ.さすがは手練れの役者ですね.それぞれ全く異なる役柄を非常にうまく演じ分けています.アメリカ人,イギリス人,ドイツ人のそれぞれの訛りを持った英語を自然に話す技術も素晴らしいものです.
次に目を引いたのは,戦略爆撃機 B-52 の機内.非常に細部まで作り込まれていて,さすがはキューブリック,後年の "2001年" の偏執狂的な作り込みを彷彿とさせますが,これは制作スタッフの最大限の調査と想像力の賜物だそうで,決してアメリカ空軍の協力があったわけではないそうです.コックピットの暗号受信装置などは,1960年代が第二次大戦の未電子化時代から現代の完全電子化時代のちょうど中間地点にあることをよく表しています.しかし驚くなかれ,この老兵は最終量産型の H 型のロールアウトからすでに50年が経っているのに,今でも現役で就役中で,下手をすると2045年まで運用が続くそうです.これは他の代替機がなかなか無いことによるものだそうですが,実に驚くべきことです.
そしてこの喜劇の最大の舞台となったペンタゴンの作戦司令室,通称 "War Room" がなかなか面白い.世界地図にソ連の攻撃目標と B-52 の侵入経路が示しだされていますが,これがなかなか笑える代物です.それ以外にも,将軍に秘書兼愛人から電話がかかってきたり,ソ連の首相に電話をかけるのに電話番号がわからず番号サービスで訊いてみようとか,笑えるギャグが散りばめられています.特に,この映画の題名となったドイツ出身の Dr. Strangelove が,興奮すると右手を挙げて「総統!」とナチス式の敬礼をしてしまうのが傑作.これはキューブリックのサービスでしょうか?軍人や政治家を皮肉った意地の悪いギャグ満載です.
米国とソ連がともに手を尽くして戦争勃発の防止に努めたものの,映画のエンディングは核戦争の開始を強く示唆したものになっています.そこで使われている音楽がいいですね.イギリスで大戦中に大人気となり今でも存命の Vera Lynn という女性歌手が歌う "また会いましょう (We'll Meet Again)" という大変甘い歌です.Vera Lynn は大戦中は世界各地を慰問して "イギリス軍の恋人" という異名をとったそうですが,この歌声を聴くとさもありなんという感じです.
ともかく,この年にしてやっと観たのですが,冷戦時代ではなく冷戦後に,しかもある程度年を取ってから観たことがかえって良かったとも思えた映画でした.
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