« 2012年5月 | トップページ | 2012年7月 »

2012年6月

2012/06/30

やはりSamsungの端末は色かぶりしている

私が仕事で使っている携帯電話は,以前このブログでも紹介した RIMBlackberry Bold 9700 です.Blackberry はセキュリティがしっかりしていて,電子メールは必ず RIM のサーバー経由で暗号化されて Push 配信されるのですが,その暗号は国家機関でも簡単にはクラックできないらしく,そのためか Blackberry が認可されていない国があります.例えば UAE

しかし,RIM はプレ・スマートフォンの時代にあまりに成功し過ぎたせいか,このところのスマートフォンの流れにうまく乗れておらず,先行きが案じられるので,次の機種を物色中です.ちょうど今週 Samsung の最新のスマートフォン Galaxy S III が発売されたので,見に行ってきました.

心配だったのは,画面が Samsung 特有の青の色かぶりではないか?ということです.Samsung の携帯電話は,特に有機 EL ディスプレイの画面は,以前から全体に青味がきつく,印刷・写真用語でいうところの青の色かぶり状態で,私にとってはとても見づらい画面なのですが,最新の Galaxy もそうだったらパスしようと思っていたのです.

で,結果は案の定の青かぶり.これは何故なんでしょうね?Samsung の画面デザイナーの色彩感覚はどうなっているのだろう?有機 EL も初期のころと比べると随分と色の純度や彩度は改善されているはずですし,簡単な補正でもっとまともな色を出せるはずなのですが.

一つの仮説は,Samsung の色彩デザイナーは実はこういう青かぶりした色彩世界が好みだということ.日本人にもこの傾向は無きにしもあらずです.青白く光る蛍光灯を煌々と点けるのが好きな人は結構います.

うーん,やっぱり iPhone 5 が出るまで待つか.次機種は大画面になるらしいし,iPhone の EMS 先である鴻海郭会長も Samsung をけん制して "Galaxy を買おうと思っている人は iPhone 5 が発表されるまで待ったほうが良い" と言っているらしいし.

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012/06/23

Ubuntuでgccのビルドに成功

ここ数年,古いパーツを組み合わせて作ったサブマシンで Linux を走らせて遊んでいます.この4月に最新版 Ubuntu 12.04 LTS Precise Pangolin がリリースされたので,早速インストールはしていたのですが,先週 gcc の最新版 4.7.1 がリリースされたので,例によってビルドを試みました.

というのは,Ubuntu 11.04 のころからかアーキテクチャ依存ファイルのパスが Linux の標準とは異なってしまい,デフォルトの状態ではビルドに失敗するようになっていたのです.Ubuntu の新版が出るたびに,今度こそは改善されてビルドに成功するかもと期待してやってみるのですが,あーぁ,今回もダメでした.

インターネット上を検索してみると,こうすればよい,ああすればよい,という情報は出回っているのですが,configure のオプションをいろいろ付けなければならなかったり,標準のディレクトリ構成に合わせるようにシンボリックリンクを張ったり環境変数を修正したりと,あまり美しくありません.

そういうところに,日本人の大学生らしき人物のブログで,gcc のソースコードをハードコーディングしてパッチを当てるという方法が載っているのを発見.これを試してみると見事ビルドに成功しました.いやぁありがとう,助かりました "はへらー君".

念のため testsuite を走らせてみましたが,これもうまく通ってくれたようです.この gcc-4.7.1 ってもうインストールして使えるレベルなのかなぁ?

| | コメント (4) | トラックバック (1)

2012/06/17

はやく殺すかゆっくり殺すか

東日本大震災以降,世界中で,そして特に日本で,エネルギーに関する議論が大変活発になってきました.そのこと自体は大変良いことだと思いますが,いくつか気になることがあります.私なりに気になることを思い切って要約すると以下のようになります.

1. 再生可能エネルギーへの過大な期待
2. 地球温暖化のリスクの過小な評価
3. 人口抑制に関する議論が全く無いこと

まずは再生可能エネルギーへの過大な期待です.最もありがちな誤解は "発電能力" と "実際の発電量" の違いを混同することから来ているように思います.詳細は省略しますが,風車や太陽光パネルの原理的制約のため,これらの発電量はその発電能力の7-8パーセントからせいぜい15パーセントほどです.メガソーラーウィンドファームの紹介記事でお目にかかる発電量とは上記の発電能力であることが多いのですが,実際にはそれよりも一ケタ程度小さな発電量しか得られないことに注意する必要があります.また,パワー密度が低い再生可能エネルギーは広大な設置面積を必要とするので,人口密度が高く土地を高度に利用している日本のような国に向いているとは言えません.

このように考えると,現在の電力需要の全てを再生可能エネルギーで賄うことは非現実的で,せいぜい30パーセント程度ではないかと私は想像します.ちなみに風力発電の最先進国であるデンマークでもまだ20パーセントほどでしかありません.しかも私たちが消費しているエネルギーは電力だけではありません.電力の3-4倍のエネルギーを熱源や動力源として消費しており,それらのほとんどは化石燃料であることもまず知っておく必要があります.

次は地球温暖化のリスクについてです.原子力発電の技術は現在も将来も不完全で,想定される全ての事象に備えることはできません.従って常に放射能漏れのリスクが付きまといます.また高レベル放射性廃棄物を数万年以上も安全に保管することなど,技術的にも経済的にもできるはずがありません.そもそも,今の私たち世代だけの都合で後代にその義務を押し付けることは不道徳であり,世代間倫理の公正さに反します.

では,原子力発電を止めたとして,その穴を埋めるのは何でしょうか?昨今の世論は,それは再生可能エネルギーで可能だろうという雰囲気になっていますが,現実には非常に難しいでしょう.最大限譲って可能だとしても,まだ残りの大部分を賄ってくれている化石燃料のことを忘れています.これまでのように化石燃料を使い続けて良いのでしょうか?ついこの前まで地球温暖化防止の大合唱を行っていた私たちが,これからも石炭や石油や天然ガスを使い続けて良いのでしょうか?

良いわけはありません.原子力と化石燃料は,つまるところはやく殺すかゆっくり殺すかの違いしかありません.目に見えない放射能に怯えるのと同じくらい,何十世代もかかってじわじわと温暖化する気候に生態系と文明を破壊されることにも怯えるべきです.また,原子力と化石燃料のいずれも枯渇型の資源であり,人類が長期間(例えば数十万年)頼ることが出来るエネルギー源でないことは明らかです.

冷徹に原理的に考えると,人類を長期間養えるエネルギー源は再生可能エネルギーしかありません.化石燃料を使い始めるまで人類は知ってか知らずかそうしてきたのです.その大部分は再生可能な牧草を食べる牛馬であり,再生可能な森林から採れる薪や木炭だったのです.それらに加えて現在では風力と太陽光という新たな電力源が使えるようになりました.では,今の人類がそのような文明に移行することは可能でしょうか?

今の人口では全く不可能です.しかし人口を昔のように少なくすれば,日本の場合では江戸時代のようにすれば,何とかなるのではないでしょうか?また,単に昔に戻れば良いということでもありません.社会全体をポスト工業化社会としての新しい農業経済社会に作り替えることも必要です.これまでとは違う価値観や幸福感が社会の基軸に据えられるようになるはずです.そのときの最も重要な理念は "持続可能な文明" でしょう.

最大の課題は私たちの心の持ちようからくる社会の安定性です.人口が徐々に減っていく社会.工業からバイオマスすなわち農林業に重心を移す文明.そのような環境で私たちの精神が健全さを保って長い歴史を乗り切っていけるでしょうか?これは全く未知の問題です.ウランが枯渇し,化石燃料も枯渇していく社会.使えるエネルギーが減るということは食糧生産も減少するということです.紛争や飢餓などの災厄なしに,平和裏に人口を減らしていくことは可能でしょうか?

人口とエネルギー量のバランスだけに話を限ると,300年程度かけてゆっくりと移行すれば不可能ではないでしょう.例えば,人口を毎年0.5パーセントずつ減らしていけば,300年後には元の人口の22パーセントにまで縮小します.この程度になれば,再生可能エネルギーだけで文明社会を維持していけるかもしれません.そして再生可能エネルギーだけで,私たちの遠い祖先がそうしたように,これからも幾度もやってくる氷期や温暖期を乗り越えていかなければならないのです.

人口を減らし再生可能エネルギーだけで成立する文明を築くことが,人類に残された唯一の持続可能な生きる道です.そのことに全く言及しない昨今のエネルギー論は非常に浅薄ですし,文明論としても貧弱です.なにより,文明を維持し続けるのだという覚悟が感じられません.もっと長い時間軸と視座で物事を論じ,あるべき未来から時間をさかのぼって現在の課題を位置づけ,直近の現実的な対策を提案していく,そのような議論が始まることを期待します.

| | コメント (3) | トラックバック (1)

2012/06/10

Facebookから完全に退会しました

ちょうど一年ほど前に Facebook の利用を開始し,学生時代の友人などの動静を知るには良いツールだと思っていたのですが,むやみに友達リクエストを送り付ける人たちの気が知れず,距離を置いて利用してきました.しかし,利用する機会が次第に減り,自分の経歴などのプライバシーを公開しておくのも危ないと思い,思い切って利用を完全に解除することにしました.

利用を解除するのは実に簡単なのですが,解除には二段階あって,一つ目は軽い解除.すなわち,一時的にアカウントの利用を中止してプロフィールなどの情報はそのまま保持し後日の再開に備えるというもの.二つ目は完全な解除で,アカウントを削除しプロフィールなどの情報も削除.私が今回採ったのは後者のほうです.

これで Facebook から私の情報はすべて消し去られた・・・はずですが,まだどこかに痕跡は残っているかもしれません.インターネット上の情報は時とともに風化するのかしないのか?風化するとすればどのようなメカニズムに拠るのか?研究してみる価値がありそうです.

Nonta_2012086m

Facebook についてはこれまで膨大な論考が発表されていて,いずれも一理あるように思えるのですが,私が最も腑に落ちたのは, "自分のキャリアを人前に晒して誇れる階層の人たちのための SNS" という要約です.確かに,ハーバードなどの東部アイビー・リーグで生まれ発展してきた SNS なので,これは確かに当てはまるような気がします.

匿名性のある SNS のほうが大衆性があることは当然ですが,重要なことは,そのサービスの中でどれほど活発に,かつ高質の情報がやり取りされているかだと思います.その点,かつてのパソコン通信時代フォーラムは質が高かったと思います.まあ,Early Adopter だけがユーザだったのですから,それは必然だったのでしょう.

今年は NIFTY-Serve 25周年だそうで,そのための復刻サービスが開始されました.私自身もかなり年季を入れて参加していたほうなので,昔の友人にも会えるかと思ってそのサービスを申し込んだのですが,これが何と Facebook 上に構築されたプライベートなアプリケーションだったのです,何とも皮肉なものですね.

| | コメント (0) | トラックバック (0)

入梅

このところ梅雨前線が上がってきて,時おり南の湿った空気が入ってきて蒸し暑く感じる日が増えてきました.関東地方も梅雨に入ったそうです.やはり先週のうちに衣替えをしておいて良かったと思いました.

庭ではこの季節の代表的な花であるアジサイが咲き始めました.私は品種改良されて球状大ぶりの花をつけるいわゆるアジサイよりは,その原種に当たる日本原産のガクアジサイのほうが好きです.こちらのほうがはるかに繊細で微妙な色合いを楽しめるからです.

Earlysummerhome_jun2012015m

下の写真は暗い日陰に咲くガクアジサイを,明るい背景のもとで逆光気味に撮ったもの.アジサイの普段とは異なる横顔が見えて面白いと思いました.でも露出と背景の選び方が難しい.

Earlysummerhome_jun2012007m

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012/06/02

梅雨直前の衣替え

このところ梅雨のはしりを思わせるお天気が続いていて,天気予報では今日は曇り,明日は雨.

それでは,ということで今日のうちに衣替えをすることにしました.幸い,天気予報よりは晴れ間が多く出て日差しもあり,空気もだいぶ乾いてきたので衣替えにはちょうど良いお天気.タンスの中身を冬物から夏物に入れ替えます.冬物と比べると夏物はかさばるものが少ないので,タンスの中は余裕が出来ます.一方,日本の夏は高温高湿になるので,タンスの中の空気はしょっちゅう入れ替わったほうがよく,その意味でもタンスの中には無駄な空間がなければなりません.

そんなことを考えながら,厳しい冬を共に耐えたセーターやキルティングの衣類を衣装ケースにしまっていきます.古い何点かの衣類は廃棄することにしました.毎日の通勤でくたびれたスーツやジャケットはまとめてクリーニングに出します.よく見ると染みやほつれがあるものもあります.

小一時間ほどで衣替え完了.重い衣装ケースを抱えて移動させたりするので,結構汗をかきます.それでもタンスの中身が夏物で統一され,大変すっきりしました.ポロシャツとTシャツばかりが幅を利かせているのが何とも夏らしい.

Nonta_2012069m

日本の夏は大変厳しいので,私たち日本人は古来より夏に適した家を基本とし,また衣替えという行事に代表されるように,季節に合わせて生活様式を適応させてきました.今年の夏は,ひょっとすると計画停電が実施されるかもしれず,これまでにない暑い夏になるかもしれません.しかし,私が子供だった昭和30年代には冷房などはほとんど無かったので,あのころと比べるとまだまだ相当楽な暮らしです.

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2012年5月 | トップページ | 2012年7月 »