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2015/05/17

気候変動に関する最良の啓蒙書

チェンジング・ブルー 気候変動の謎に迫る 単行本 - 大河内 直彦(著)

非常に良質の気候変動に関する良質な啓蒙書です.このような本が,日本人の著者により,日本から出版されていることを大変うれしく思います.

気候変動に関しては,文明の消長の原因の一つとして近代以前から興味を持たれてきたのではないかと思います.20世紀後半からは温室効果ガスによる温暖化というシナリオが現実味を帯びてきたことが語られ,21世紀に入ってからは,IPCCの一連の報告書に象徴されるように,各種研究の進展とともにその因果関係が明白な事実として認知されるようになりました.今やこのシナリオに反対しているのは,よほどのトンデモ学者か売名を企むジャーナリストというのが世の常識になりました.

しかし,しかし,気候変動に関する私たち人類の理解のレベルはどの程度のものなのか,私は以前から疑問を抱いてきました.地球45億年の歴史の中で,地球表層の環境(気候はその一側面)がどのような変遷をたどって来たのか未だ詳細なことはわかっていませんし,ましてやその変遷のメカニズムになるとほとんど何も分かっておらず,いまだに諸説乱立というのが実情ではないでしょうか?

地球温暖化に関連して語られる氷河期に関しても,現在われわれが生きている直近100万年程度の氷河期の中の現象だけではなく,数億年,数10億年以前の氷河期や,全球凍結という劇的な現象については,そういうことがあったらしいという断片的な証拠が提示されているだけで,その全体像は未だに未解明のままです.

我々の理解の程度に対する謙虚な態度を前提として地球温暖化が議論され,対策についても語られるのであればよいのですが,現実にはにわか仕込みの浅薄な知識が独り歩きして,短期的な自己都合を隠そうともしない論が多いことには危惧を感じます.

本書は,気候変動の関する,特に直近100万年程度の氷河期(氷期と間氷期の繰り返し)に関する科学者たちの研究の歴史を,非常に率直かつ客観的に紹介したものです.分かったこと,分かっていないことを区別し,事実と意見を区別した書きぶりは好感が持てるものです.

本書でも寒冷化と温暖化のメカニズムに関しては研究途上であることを正直に表明しており,ミランコヴィッチ・サイクル海洋循環による熱輸送,北半球高緯度の氷床の影響など,現在わかっている限りの影響因子を紹介し,それらがどういう科学者によってどのように究明されてきたかというプロセスを紹介してくれます.特に科学者たちの人間臭い部分にも光を当てているのが類書と異なる特徴でしょうか.かなりの程度分かってきたことが多いのですが,それでもまだまだ分からないことも多い.特に気候変動の非線形性,すなわちわずか数10年で気候が激変した記録には戦慄を覚えます.これが今日起きるとどうなるのか,背筋が寒くなるのは私だけではないでしょう.

今日の地球の気候は大陸の配置とそれに制約を受ける海流のパターンに大きく影響されており,特に自転軸の一方の極である南極にちょうど丸い形の巨大大陸がある,という偶然の好運によって,南極還流が発達して莫大な量の氷床が安定して保たれています.また北半球では高緯度地域に陸地面積が集中して氷床が発達しやすい環境にあります.しかしこれから数千万年後,大陸の配置が変化して循環流のパターンが現在と異なるものに変わると地球の気候がどのようになってしまうのか,こういうことについても思いを巡らしながら本書を読むことをお勧めします.

今年になって岩波現代文庫から再版され,買い求めやすくなっています.電子ブックにもすべきでは?

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