気候変動の標準教科書
気候変動を理学する ― 古気候学が変える地球環境観 単行本 - 多田 隆治(著),日立環境財団(協力)
気候変動を学ぶための良書として “チェンジング・ブルー” を紹介しましたが,今回紹介するのは,それよりも5年ほど後に書かれたほぼ最新の気候変動に関する解説書です.専門家でない人が気候変動を学ぶための最も標準的な教科書になりうると思い,紹介したいと思います.
この本は,日立環境財団が定期的に開催している “環境サイエンスカフェ” で “気候変動の科学” と題して開催された5回のセミナーの内容を書籍として編纂したものです.従って,セミナーで取り交わされた質疑の内容も含まれており,一般の人が感じる疑問や感想が収録されている点でも,入門書として非常に優れていると思います.
内容としては,チェンジング・ブルーの内容をほぼ踏襲するのですが,地球表層における炭素循環についてはかなり詳しく最新の学説が紹介されています.ここで “アルカリポンプ” や “炭酸塩ポンプ” など,一般の人にはほとんど知られていないけれども二酸化炭素の循環を理解する上では必須の事実が,詳しく質疑付きで紹介されます.私自身もこれらの循環機構を知るのは初めてで,半ば驚きをもってこれらのメカニズムを知ることができました.造礁サンゴが石灰の骨格を発達させても二酸化炭素の固定には貢献しない,というのは私にとっては衝撃の事実だったことを告白せざるを得ません.
後半のハイライトは,チェンジング・ブルーと同じく海洋大循環で,特にここ10万年の間に起きた急激な気候変動である “ハインリッヒ・イベント” と “ダンスガード・オシュガー・イベント” は詳しく紹介されます.このあたりの説明の粒度は,研究の進展度合いによるのでしょうか,チェンジング・ブルーよりも細かいものなので,好奇心の満足度はより高いものになっています.
私が共感したのは,著者のあとがきの部分.気候変動に関する社会全般の安易な議論に警鐘を鳴らし,科学者の良心として正しい知識の啓蒙に関する責任感が述べられています.
全体として,最新の研究成果を網羅的に解説してあり,気候変動に関心を持つ一般の人たちにとっての標準的な教科書となりうる良書だと思います.できればこのセミナーに出席して質疑を交わしたかったなぁと悔やんでいます.
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