一昨日ポストした記事では,台風のエネルギーについて大雑把に評価して,それが従来言われてきたものとオーダーが異なるという悩みを書きました.その後もう少し視野を広げて評価をやり直したところ,だいぶ従来の定説との整合性が得られるようになりました.
まず従来の定説を調べてみると,以下の3つが見つかりました.
- 一昨日の記事に載せた「台風の正体」(朝倉書店,2014年)に 4.5 x 10^19 J という記載があるそうです.
- 国土交通省中部地方整備局が設置した「中部地方の天変地異を考える会 第6回検討会」による「天変地異のエネルギー(試算値)(2006年)」があります.オリジナル資料には当たれないのですが,1976年の台風17号の降雨量を 837 億トンと見積もり,それをもとにこの台風のエネルギーを 1.8 x 10^20 J と推算しています.
- 放送大学愛媛学習センター客員教員の岡野大氏による推算が,同センターのニューズレター「坊っちゃん」(第98号,2019年12月)に掲載されており,降雨量を 1,000 億トンとしてエネルギーを 2.2 - 2.5 x 10^17 J と見積っています.

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次に台風の持つ力学的エネルギーですが,台風のモデルを修正し,ある半径より内側の剛体回転するコアと,その外側の渦なしのポテンシャル流れという2層構造にしました.そしてコア半径を 10 km,コア外周部の最大風速を 80 m/s,台風の外縁半径を 1,000 km,台風の鉛直方向の広がりを 8,000 m として計算をやり直し,全力学的エネルギーを 7.8 x 10^16 J と見積りました.前回の評価よりも値が小さいのは,コアを導入したので,中心の特異点周辺の非現実的に高い風速を評価せずにすんだためです.なお鉛直方向の温度や密度は一定と簡略化していますので,上記は過大な評価になっており,もう少し厳密に計算すれば,この半掛けくらいが良いところだと思います.これは以下の見積もりでも同様です.
で,このままでは潜熱との関係が不明なので,次に潜熱の評価を行いました.台風が半径 1,000 km,高さ 8,000 m の円柱状の空気の塊であるとして,その内部が飽和水蒸気で満たされていると仮定すると,そこに含まれる潜熱は 1.4 x 10^21 J という膨大な量になります.これは定説 (1) の 4.5 x 10^19 J よりもずっと大きな値ですが,これはあくまである瞬間に保持可能な最大の潜熱なので,水蒸気が凝結して熱が解放されなければ外部に対する作用はありませんし,時間が経つとともに放出されていく潜熱の時間積分を評価できているわけでもありません.
それでは放出される潜熱をどうやって見積もるかというと,降雨量を見積ればよいのです.つまり以下のようなモデルを考えます.海面から水蒸気が台風内部に補給されますが,そのうちのある割合が凝結して雲となり潜熱を放出します.雲の密度には上限があるはずで,それを超えた分が雨となります.そのような定常状態を想定すると,単位時間当たりの降雨量を見積れば,単位時間当たりに放出された潜熱がわかることになります.

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そこで台風の半径 1,000 km の範囲のうち,5 % の面積割合で 10 mm/h の降雨があると仮定します.これがどれくらい実際の現象と整合しているのかわかりませんが,まずはオーダーを見積ってみます.すると降雨量は 1.6 x 10^9 t/h,潜熱の放出は 3.8 x 10^18 J / h であることがわかります.つまり上記の割合で降雨があり,途中のエネルギー変換効率が 100 % であれば,1時間もしないうちに運動エネルギーを賄えることになります.このことから,降雨量の多寡と変換効率の大小によって台風が発達する速さが変化することもわかります.実際の変換効率は非常に小さい,おそらく数 % 程度のオーダーだと勝手に想像しています.すると台風の発達には少なくとも 24 時間程度は必要だということになります.
シナリオを再構成してみます.海面から水蒸気が補給され,その一部が凝結して雨となり潜熱が放出されます.そのようにして台風内部に潜熱由来の運動エネルギーが蓄積されていくのですが,変換効率の低さから,台風が十分に発達するにはある程度の時間がかかるということになります.運動エネルギーの一部は粘性で散逸され再び熱に変わりますが,降雨や外部への熱伝達により台風内部に回収されないエネルギーがあるはずです.台風が発達して最大風速が上がるほど回収できない散逸エネルギーも増えるので,どこかで潜熱から供給されるエネルギーと散逸されるエネルギーが均衡して台風の発達は止まり,そこが最大勢力ということになります.
このシナリオで何を以って台風のエネルギーと定義するかですが,私は当初,各瞬間の運動エネルギーのことだろうと考えました.しかし従来の定説とはあまりに桁が異なるので,これは定説で定義されているものとは異なるようです.定説ではおそらく,台風が発達して衰退する数日間の間に,潜熱から供給されるエネルギーを積分したものをエネルギーとして定義しているのではないでしょうか?つまり総降雨量から推定できるということになるので,推算根拠となる降雨量が併記してあることと整合します.このエネルギーが台風の進路に当たる領域で暴風や暖かい雨として散逸されていくので,被害の規模を見積るにはこのほうが適切なのでしょうが,変換効率の低さを考慮に入れないのは気になります.
上記の見積もり例では,潜熱からのエネルギーの補給を 48 時間積分したものが 1.8 x 10^20 J となるので,これでちょうど定説 (2) の値と等しくなります.ちなみに,定説 (2) の総雨量 837 億トンは,私の上記の見積もりの時間雨量 1.6 x 10^9 t/h を 52 時間分積分した量に当たるので,かなりいい線行っています.
この考察がどの程度正しいのか,専門家に評価してもらえないかと思います.上記の本「台風の正体」を読めばわかるのでしょうね.
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