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2022/06/13

手練れの役者と制作陣による秀作

ペンタゴン・ペーパーズ 最高機密文書 [Blu-ray] - メリル・ストリープ (出演),トム・ハンクス(出演),スティーブン・スティルバーグ(監督)

久々に,ほぼ2年ぶりに映画のレビューです.と思って見返してみると,おや?前回レビューしたのもトム・ハンクス主演だった.あれ?どういう相性?

ペンタゴン・ペーパーズ 最高機密文書」は比較的最近の映画なのですが,舞台はベトナム戦争が続いていた 1970 年代初めころ.ロバート・レッドフォードとダスティン・ホフマンの主演で大ヒットした「大統領の陰謀」が題材にした事件の前段となるアメリカ政治の大スキャンダル.時代背景はデイヴィッド・ハルバースタムの名著「ベスト・アンド・ブライテスト」を読むとよくわかるのですが,詳しいことは省略.

この映画でのマクナマラ国防長官は,現実の政治力学に押し流されながらも良心の呵責に耐え切れず,後世の批判を仰ぐために秘密報告書をスタッフに書かせます.お蔵入りしていた報告書がスタッフによって新聞社に流出して大騒ぎになるというお話です.報告書が暴いた数々の欺瞞の別の側面については,昔書いた「マクナマラ回顧録」の書評をご覧ください.

そしてこの秘密文書をまずニューヨーク・タイムズがすっぱ抜きます.ニクソン政権は驚愕してそれをつぶそうと躍起になります.ちょうどそのころ,ワシントン DC の一地方紙であったワシントン・ポストも何とかしてスキャンダルを追いかけたいと考え,秘密文書の流出元との接触に成功.そして新聞の一面を飾ろうとするのとですが,そこに様々な横やりが入ってきます.そのときの新聞社の社主は元オーナーの娘で,不慮の死を遂げた後継社主の妻.新聞社はちょうど株式を上場した直後で,家族経営から株式会社に変化しようとしていたまさにその時.投資家たちからも厳しい目で見られており,彼女は非常に重い決断を迫られます.

シナリオは非常によくできていて観るものを飽きさせません.しかも映像は見事の一言.ここはさすがスピルバーグです.新聞社のオフィス,高級レストラン,裁判所,主人公たちの自宅など,舞台装置もセットも実に自然でリアル.何の変哲もないシーンの照明もよく考え抜かれたものです.

そして,手練れの役者が演じる主人公たちもこれまた文句のつけようがありません.トム・ハンクスはベテランのジャーナリストの心意気を非常にうまく演じました.白眉はもちろん悩める社主を演じたメリル・ストリープですが,マーガレット・サッチャーを演じきった経験がある彼女にとっては,今回の役はむしろ簡単だったかも.「訛りの女王」との別称もあるくらいなのですが,今回はややイギリス訛りのある英語を披露しています.彼ら以外にも優秀な俳優たちが色を添えています.

新聞社が雇った法律事務所の弁護士たちが秘密報告書の報道を懸命に止めようとした一方で,いざ決断が下され出版された後の最高裁の審判では,彼ら弁護士たちが報道の自由を守るべく弁舌を振るいます.法曹家たちのプロフェッショナリズムが良く描かれていたと思います.これを演じた俳優にも好感が持てます.

面白かったのは,新聞社の印刷工場での作業.版面を作る過程が短時間の早送りのように紹介されるのですが,タイプを打つとその活字が自動的に拾われて組版できるような装置があったのですね.また大きな見出しは直接鉛を鋳造して作っています.これには少々驚きました.映画撮影当時にも残っていたとは.そして新聞第一面の組版が出来上がってチェックする場面は,今となっては懐かしいでしょう.

スピルバーグとハンクスたちはこの映画を非常に短期間で撮り終えたようです.彼らのような経験豊かなプロにとっては,すべてのツボはわかっているので,そのツボさえ事前におさえておけば,撮るのはきっと簡単だったのでしょう.

この映画は政治対ジャーナリズムという枠組みで語られることが多いと思いますが,私はどちらかというと,難しい決断を迫られたリーダーが,どのような心理的葛藤を経て最終決断を下すのか,その一例を示したものとして楽しむほうが良いのでは?と思いました.予想される非常に大きなリスク,そのリスクを十分に評価しながらも,より重要な価値あるものも忘れず,最後の決断を下さなければならいというリーダーの仕事は,どのような組織でも,そして家庭や個人においても,たびたび直面しなければならないものです.

そして,その決断の価値は,結果ではなくて決断を下すプロセスにある,ということを教えてくれたのが,籠屋邦夫さんの「意思決定の理論と技法―未来の可能性を最大化する」という本でした.私は籠屋さんが講師となった研修を受けると同時にこの本を読んだおかげで,決断を下すときの重苦しさから解放された気がしたものです.

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