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2022/07/06

T + B > D

昨日の記事の終盤に言葉足らずの点があったので,ちょっと補足です.再生可能エネルギーを大量に導入した場合の調整力と,それを反映した CO2 排出原単位とコストについて.

再生可能エネルギーを主力電源にすることを考えます.再生可能エネルギーには多種あるのですが,日本の現状から太陽光,風力,水力だけを含めることにします.これらの出力を R [GW] とします.この R は時々刻々激しく変動する時間の関数で,理論上の最大値は設備容量の公称値ですが,実際の最大値はそれよりかなり小さな値となります.最小値は渇水期の夜間の無風時に発生する可能性があり,その値はゼロ (*注 1) です.

次に原子力発電の出力を A [GW] とします.日本では原発の出力調整は禁忌なので,定検時期を除けば A はほぼ一定です.ここでは定検時期ではない場合を想定し,A は定数とします.

さらに様々な種類の火力発電が持っている発電能力(要請があればすぐに供給できる電力)を T [GW],蓄電池の出力能力(同様)を B [GW] とします.これらはポテンシャルの値なので定数です.

CO2 排出量を最小にする電源構成を目ざして,電力を原子力と再生可能エネルギーだけで賄うことにします.需要電力を D [GW] とし,送電ロスを無視する(送電端電力 = 受電端電力)と,

R + A > D    (1)

が常に成り立たなければなりません.R と D は時間の関数,A は定数です.不等号が付いているのは余裕が必要だからです.これだけ見ると,原子力と再生可能エネルギーさえあれば全需要を賄えるように見えます.しかし R は非常に激しく変動するので,この不等式を常に成り立たせるには追加の条件が必要となります.

(a) A >> R として R がたとえゼロになっても不等式が成り立つようにする.
(b) R を非常に大きな値にして最小値でも不等式が成り立つようにする.
(c) R の変動を吸収するために,R の低下分を他の電源で賄う.

まず (a) は全需要を原子力だけで賄えと言っているので現実的ではありません.また (b) では再生可能エネルギーの設備容量をどんなに大きくしても,気象条件によって R ゼロになる可能性は否定できません (*注 1) し,そもそも設備容量が膨大になって経済的に成立しません.

そこで (c) が必要になるのですが,これを実現するためには R の寄与分を火力発電と蓄電池でカバーしなければなりません.つまり変動する R の様々な値に対して,定数である T と B は,

T + B > R    (2)

という不等式を満たさなければなりません.これを調整力と言います.調整力とは,実際に発電して電力を供給するかどうかとは無関係に,必要であればいつでも供給できる能力 (*注 2) のことを指します.

さて,これら (1) と (2) の不等式を辺々足し算して A を移項すると,

T + B > D - A    (3)

という不等式が得られます.これはつまり,電力需要からベース電源である原子力を差し引いた分を,火力と蓄電池はカバーできなければならない,ということになります.特に東電管内では A = 0 の状態が続いているので,T + B > D でなければなりません.

あれ?せっかく再生可能エネルギーをたくさん導入したのに,結局火力発電と蓄電池も全需要をカバーできる分だけ持っていなければならないってこと?

その通りなのです.注意すべきは,火力発電と蓄電池はあくまで調整力なので,常に電力を供給しているとは限りません.気象条件が良ければ再生可能エネルギーと原子力だけで全需要を賄えるので,火力発電や蓄電池はなにも仕事をせずにただ遊んでいるだけです.その間は CO2 排出量は非常に低く抑えられます.

いざ気象条件が悪くなって再生可能エネルギーの出力が不足してきたときには,待機していた火力発電や蓄電池がそれっとばかりに電力を供給してブラックアウトを防ぐことになり,CO2 排出量はその分だけ増えることになります.

ここからが本題です.CO2 排出量を減らすために再生可能エネルギーを導入しても,それと同じだけの調整力を持つために火力発電と蓄電池へも投資しなければなりません.そして特に火力発電は実際に調整用電力を供給すればその分 CO2 を排出します.この排出量を再生可能エネルギーの CO2 排出原単位に含めると,その分再生可能エネルギーの原単位は増えます.また火力発電プラントや蓄電池を建設・廃棄するときにも CO2 が発生するので,これも加わります.それでも火力発電を主力電源にして化石燃料を大量に燃やすよりは CO2 排出量はずっと少なくなるので,CO2 削減のためには上記のシナリオが一つの端的なオプション (*注 3) になります.

ただし CO2 排出量は減るのですが,設備投資は二重に必要になります.つまり電気料金には稼働率の低い火力発電プラントや蓄電池の減価償却費と保守管理費用も加算されるということになります.これを許容できるかどうかが判断の一つの分かれ目になります.

(注 1) ここでは R の最小値をゼロとしましたが,貯水地域の降雨が安定していたり,風力の容量が十分に大きくかつ広域での連系ができるのであれば,R の最小値はゼロよりも大きな値に出来るので,式 (2) は T + B > R - Rmin という風に修正され,調整力の必要容量は Rmin の分だけ緩和されます.つまり Rmin をいかに大きくかつ保証できるかが一つの鍵となります.北海やバルト海は風況が良く,ノルウェーは水力資源が豊富なので,欧州はこれでだいぶ得をしています.

(注 2) この調整力は市場で売買されるのが普通で,日本でも制度設計が進められています.例えば今日の午後 1 時から 2 時までの間に要請があってから 10 分以内に 1 GW の電力を供給できればいくら(容量市場), 1 秒以内に 0.1 GW の電力の供給と吸収を行うことができればいくら(周波数市場)という具合に対価が設定されます.そして実際には要請が来なかったために供給しなかったときでも対価は支払われ,要請が来たのに供給できなければペナルティが課せられます.

(注 3) このような極端なシナリオは現実的ではないので,火力からの寄与を常時含めることにして,式 (1) を R + A + T > D と修正すべきです.火力のうち調整力のために温存しておく発電能力を Ta とすると,式 (2) は Ta + B > R と修正されます.そして式 (3) は Ta + B > D - A - T という当たり前の式に修正されます.式 (3) は R の値に依らないので,結局 A,B,T,Ta を D に対してどのような比率で配分するかという問題になります.

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コメント

俊さん

自然エネルギーの研究をしていたのですが、自然エネルギーを固定の需要を満たそうとする場合、まさにご指摘の設備の二重投資と運用の問題で挫折しました。

総エネルギー需要を落として、水力発電で調整できる範囲であればなんとかなりますが、現状では無理があるでしょう。

BEVの普及なんてとんでもないことです。EUのBEVはCO2問題ではないところに戦略があるようですし。

投稿: きたきつね | 2022/07/07 22:24

きたきつねさん,

コメント多謝.人口密度が高く,国土の 70% が山地.無人の砂漠地帯や荒野もなく,年中強風が吹く遠浅の海もない日本では,地熱発電くらいしか良いネタがありません.

なかなか解がない問題です.人工光合成でメタノール合成はどうですかね?実験室での効率はだいぶ上がってきたみたいです.

投稿: 俊(とし) | 2022/07/08 13:32

俊さん

光合成でのメタノールもセルロース系の発酵エタノールも全て量の問題です。現在のような浪費状態をカバーするのは無理でしょう。

地熱も熱水ではなく、マイルドな温度差発電だと可能性が高いのですが、それも量でしょう。

私は水力派なのですが、法規制が随分緩和されてきていて、中小水力、マイクロまで使えば、これも量が問題になりますが、実効性はあると思います。

投稿: きたきつね | 2022/07/08 22:08

生産するのに面積が必要なエネルギー源はだめということですかね?バイオエタノールは大農場が必要ですし,人工光合成は PV と同じになってしまいます.風のエネルギー密度は小さいので風力も大面積のウィンドファームが必要.

水力はノルウェーのような人口密度が小さな国では主力電源になりえますが,日本では補助役でしょうね.用水路のマイクロ水力は中山間地域では有効と思います.要は道路の脇に幅 1 m くらいの水路があって,そこを水がドードーと流れているようなところ.中国地方ではよく見かけます.

投稿: 俊(とし) | 2022/07/09 10:58

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