ベクレル becquerel とは?
現在,福島第一原子力発電所(通称 1F)では冷却水を多核種除去設備 (ALPS) で処理し,それでも除去しきれないトリチウム(三重水素)を含む水を放出し始めたところです.
トリチウムは宇宙線と大気の相互作用で自然発生するほかに原子力発電所でも生成され,それは希釈したうえで海水に放出されています.これは欧米も中国も韓国も同じ.このトリチウムの量を記述するときに使われるのがベクレル (becquerel) という単位.私は不勉強でよく知らなかったため,この機会に改めて調べてみました.
トリチウムは,陽子 1 個と中性子 2 個が結合した原子核と,電子 1 個から成る原子のこと.普通の水素に比べると中性子 2 個分の質量が加わるため 3 倍の質量を持ちます.外殻電子は 1 個で水素と同じなので化学的性質は水素とほとんど同じ.つまり 3 倍重い水素と思えばよいでしょう.
ところがこの原子は不安定で,半減期 12.32 年で自然崩壊します.つまり 1 kg のトリチウムがあったとすると, 12.32 年後までに 0.5 kg はベータ崩壊して,ヘリウム 3 と電子と反電子ニュートリノになります.このときの電子のエネルギーは 5.7 keV と低いので,人間の皮膚を通過できないほどです.
さて,ベクレルです.ベクレルとは放射能の強さを表す単位ですが,原子核が崩壊して放射線を出すので,それが 1 秒間に何回起きるのかで定義されています.単位はベクレル (Bq) とされていますが,定義により 1/s を言い換えているにすぎません.
毎秒崩壊する原子核の数 = 定数×崩壊していない原子核の数
という法則があり,かつこの定数は
ln(2) / 半減期
と計算できるので,放射能の強さは
( ln(2) / 半減期 ) * 崩壊していない原子核の数
と求まります.
例えば,1 mol (6.02 x 10^23 個) のトリチウムの放射能は,
ln(2) / (12.32 * 365 * 24 * 60 * 60) * (6.02 x 10^23) = 1.07 x 10^15 = 1.07 PBq
ということになります.ペタ (P) などという SI 接頭語が出てくるのがベクレルの特徴です.
Wikipedia のトリチウム水の記事によれば,1F のタンク群に貯められているトリチウムの総量は 8.60 x 10^14 Bq らしいので,これから逆算してトリチウムのモル数を求めると 0.804 mol ということになります.これはトリチウム水という分子量が 20 の水として存在するので,その総質量は約 16 g です.
ようやく数量的な感覚がつかめてきました.この 16 g のトリチウム水を何十年かかけて海に放出するわけです.ごく薄い濃度のトリチウム水をさらに希釈して放出するので,全然大したことはないと考えがちですが,過去に事故で何人か亡くなっているような放射性物質であることに変わりはなく,欧米や日本ではトリチウム水の水質基準が定められています.1F では WHO の飲料水基準 10^4 Bq/L の約 1/7 に希釈して放出することになっているそうです.ちなみに一般的な原子力発電所からは,1.0 から 2.0 x 10^12 Bq / 年程度のトリチウム水を海洋に放出しているそうです.
風評被害が発生しないことを祈りますが,私は福島産の魚をこれからも食べていこうと思っています.
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