映画・テレビ

2024/06/29

やっぱり「ミッドナイト・ラン」

ミッドナイト・ラン ユニバーサル 思い出の復刻版 ブルーレイ [Blu-ray] - ロバート・デ・ニーロ(出演),チャールズ・グローディン(出演)

2019 年 2 月にこのブログで紹介したのですが,非常に良い印象があったので再びこの映画を観てしまいました.プロットを追って観ていくと,見た記憶がないシーンが次々と現れ,あれ?俺は一体何を見ていたんだろうと情けなくなってきました.

話の筋や印象は前回書いた通りなので省略して,今回は個々の役者について書いてみたいと思います.主演のデ・ニーロはアメリカの男性俳優の中でもトップクラスの実績を持つ人ですが,キャリアの比較的前半,1987年の「アンタッチャブル」(アル・カポネ役)と1989年の「俺たちは天使じゃない」の間に撮ったフィルムがこの作品です.すでに1974年の「ゴッド・ファーザー PART II」でアカデミー賞主演男優賞,1976年の「タクシー・ドライバー」でアカデミー主演男優賞ノミネートの栄誉を得ていた彼ですが,ミッドナイト・ランの役柄は非常に気に入っていたようで,自分の作品の中でも最も好きな作品の一つと言っているそうです.

この作品はロードムービーであると同時にコメディでもあるのですが,中でもFBI捜査官アロンゾ・モーズリーを演じた黒人俳優ヤフェット・コットーの演技が素晴らしかった.デ・ニーロに何度も騙されコケにされながらも,最後は彼との取引に応じ,マフィアの大物の逮捕に成功します.威厳を装いながらどこか間の抜けた役を見事に演じました.

デ・ニーロ同様のバウンティ・ハンターのライバルとして登場し,抜きつ抜かれつを繰り返しながらもどこか冴えない中年男マービンを演じたのはジョン・アシュトンです.この人はこの映画よりもビバリーヒルズ・コップの巡査部長ジョン・タガート役のほうが有名でしょう.ビバリーヒルズ.コップ2を撮った翌年の作品が本作です.主役のデ・ニーロに何度も痛めつけられる可哀そうな役ですが,めげないところにいい味を出しています.

マフィアのボスを演じたデニス・ファリーナは何とシカゴ市警察に18年間勤務したという異色の経歴.悪役にしてはアクのない演技を見せましたが,元警察官がマフィアの役をやるのは大変面白いです.

そして最後はデ・ニーロと旅を共にする逃亡犯でインテリ会計士のデューク役を演じたチャールズ・グローディン.この人はアクターズ・スタジオのメンバーだったそうで,これはデ・ニーロも同じ.インテリ会計士の役柄を見事にこなすとともに,デ・ニーロと次第に友情を交わすようになっていく心理を大変うまく演じました.酒場で紙幣を奪う演技は即興だったそうですが,さすがはアクターズ・スタジオの卒業生たちです.

この作品は全体として軽快なテンポで話が展開していくシナリオが非常によくできており,また音楽もそれを大いに盛り立ててくれます.安心して観ていられるアクションコメディとして最高レベル.まだ観ていないあなた,これを観ずして天国に行くのは損です.ぜひ観てからにしましょう.

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2023/11/19

クライ・マッチョ

クライ・マッチョクリント・イーストウッド(監督)

約一年ぶりで映画のレビュー.イーストウッドの映画はいろいろ見てきたのですが,主演作品となるとこれがおそらく最後のものになるかもしれません.御年91歳で監督・主演した作品です.

映画の企画としてはかなり古く,75年に出版された同名タイトルの小説が原作です.元ロデオスターの老人が主人公.仕事の雇い主に頼まれて,メキシコに住む彼の息子をアメリカに連れて帰る,そのロードムービーになっています.当初はシュワルツネッガーが主演俳優に選ばれたのですが,当人のスキャンダルで製作が中止され,2020年にイーストウッド本人が主演も務めることが発表され,COVID-19 のさなかに撮影が行われました.

実際に観て思ったのは,やはり高齢のイーストウッドはもう演技に耐えられないということです.セリフ回しは問題ありませんが,動きは良くありません.馬に乗るシーンもあるのですが,引きのショットばかり.女性とダンスを楽しむ姿もかろうじて,という感じです.グラン・トリノでは非常に良い演技だったのですが,あれから13年の歳月が残酷に流れたのだと思わざるをえません.一方,若者に人生の教訓をとつとつと話し,マッチョの意味を考えさせる演技はとても良いです.この作品のハイライトの一つでしょう.

一方,息子役の俳優ですが,私に言わせればちょっと良い子すぎてアクが無さすぎです.これはちょっとキャスティングを間違ったのではないでしょうか?もう少しクセの強い若手俳優が良かったと思います.子役のころのディカプリオとかリバー・フェニックスとか.まあこういう逸材はいつも見つかるわけではありませんが.

ドライブ中の主人公たちを迎え入れかくまう役の女優ナタリア・トラヴェン.派手な顔立ちで微笑が絶えない魅力的な人ですが,ちょっと場違いな感じのキャスティングだったと思います.掃き溜めにツルですね.もう少しリアルで殺伐とした演出にしたほうが私の好みには合っていますが,こういう救世主がいたほうが安心して観ていられるのは確か.

全編を通してラテン音楽がとてもよかった.非常に端正なラテンで,これに合わせてダンスをするシーンは非常にしっくりします.キューバ音楽もそうですが,端正なラテン音楽には非常に惹かれます.

かなり長いエンドロールがあるのですが,私はエンドロールもきっちり最後まで観るタイプです.前半は非常に美しいデザインで驚かされました.このような美しいエンドロールは初めて見ました.ただしエンドロールで使われていたカントリー音楽は私の好みには合わず,ちょっと残念.最後までラテンで通してほしかった.

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2022/10/10

少年の一途な心に感動

友達のうちはどこ?アッバス・キアロスタミ(監督)

もうかなり古い 1987 年のイラン映画.監督の名前は有名な映画「桜桃の味」を観て知っていたのですが,この監督が有名になるきっかけとなった作品です.舞台はイラン北部,カスピ海近くのコケールという寒村.

小学校の先生は宿題に対して大変厳しく,正式なノートに書いてこないと認めてもらえません.宿題をノートではない紙に書いてきたモハマッドはみんなの前でひどく叱られ,もう一度同じことをやったら退学だと言い渡されてしまいます.隣に座っていたアハマッドはそのやり取りを神妙に聞いていたのですが,家に帰って宿題をやろうとすると,なんと間違ってモハマッドのノートを持ち帰ってきたことに気づきます.

さあ大変,このままではモハマッドは退学になってしまいます.でもモハマッドが住んでいるのは隣の村.子供の足では近くはありません.それでもアハマッドは,母親や祖父や様々な大人たちの理解のなさに挫けず,モハマッドの家を捜し続けます.この少年の一途な誠意が大変感動的.この子役の少年の表情は素晴らしいです.

この映画は職業俳優を使わずに撮ったそうで,道理で大人たちの演技はぎこちないものですが,しかし少年たちの演技がそれを補って余りあります.画づくりも曇天か夜景の彩度を抑えた色彩で,詩情がかきたてられます.

ところが,途中からあれぇ?と感じました.どうも既視感がある.Déjà Vu なのです.そうそう,張芸謀(チャン・イーモウ)の「あの子を探して」と雰囲気が似ているなぁ?どれどれ,ははぁ「あの子を探して」は 1999 年の映画なので,ひょっとすると張芸謀はこの映画を観てインスピレーションを得たのではないでしょうか?私の直感にすぎませんが,しかしこれら二つの映画にはいくつも共通点があるように思います.

今年観た映画の中でもベストスリーに入る作品.複数の映画祭で賞を得ただけのことはあります.ちなみに,このコケールという山村は撮影の数年後に地震で壊滅して今は廃墟になってしまったそうです.

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2022/06/14

タチアオイが咲き始めた

梅雨に入って蒸し暑い日が続くようになったころに咲き始めるのがタチアオイ.背丈は 3 m ほどにもなり,そこに大ぶりの花が下から上へと多数咲き上がっていくので大変見ごたえがあり,最近よく見かけるようになりました.

日本には古い時代に中国からもたらされたと言われており,万葉集にも源氏物語にも書き込まれています.

Summeraroundhome_jun2022_0212m

上の写真は花びらが逆光で透けて見えるところを撮ってみました.

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2022/06/13

手練れの役者と制作陣による秀作

ペンタゴン・ペーパーズ 最高機密文書 [Blu-ray] - メリル・ストリープ (出演),トム・ハンクス(出演),スティーブン・スティルバーグ(監督)

久々に,ほぼ2年ぶりに映画のレビューです.と思って見返してみると,おや?前回レビューしたのもトム・ハンクス主演だった.あれ?どういう相性?

ペンタゴン・ペーパーズ 最高機密文書」は比較的最近の映画なのですが,舞台はベトナム戦争が続いていた 1970 年代初めころ.ロバート・レッドフォードとダスティン・ホフマンの主演で大ヒットした「大統領の陰謀」が題材にした事件の前段となるアメリカ政治の大スキャンダル.時代背景はデイヴィッド・ハルバースタムの名著「ベスト・アンド・ブライテスト」を読むとよくわかるのですが,詳しいことは省略.

この映画でのマクナマラ国防長官は,現実の政治力学に押し流されながらも良心の呵責に耐え切れず,後世の批判を仰ぐために秘密報告書をスタッフに書かせます.お蔵入りしていた報告書がスタッフによって新聞社に流出して大騒ぎになるというお話です.報告書が暴いた数々の欺瞞の別の側面については,昔書いた「マクナマラ回顧録」の書評をご覧ください.

そしてこの秘密文書をまずニューヨーク・タイムズがすっぱ抜きます.ニクソン政権は驚愕してそれをつぶそうと躍起になります.ちょうどそのころ,ワシントン DC の一地方紙であったワシントン・ポストも何とかしてスキャンダルを追いかけたいと考え,秘密文書の流出元との接触に成功.そして新聞の一面を飾ろうとするのとですが,そこに様々な横やりが入ってきます.そのときの新聞社の社主は元オーナーの娘で,不慮の死を遂げた後継社主の妻.新聞社はちょうど株式を上場した直後で,家族経営から株式会社に変化しようとしていたまさにその時.投資家たちからも厳しい目で見られており,彼女は非常に重い決断を迫られます.

シナリオは非常によくできていて観るものを飽きさせません.しかも映像は見事の一言.ここはさすがスピルバーグです.新聞社のオフィス,高級レストラン,裁判所,主人公たちの自宅など,舞台装置もセットも実に自然でリアル.何の変哲もないシーンの照明もよく考え抜かれたものです.

そして,手練れの役者が演じる主人公たちもこれまた文句のつけようがありません.トム・ハンクスはベテランのジャーナリストの心意気を非常にうまく演じました.白眉はもちろん悩める社主を演じたメリル・ストリープですが,マーガレット・サッチャーを演じきった経験がある彼女にとっては,今回の役はむしろ簡単だったかも.「訛りの女王」との別称もあるくらいなのですが,今回はややイギリス訛りのある英語を披露しています.彼ら以外にも優秀な俳優たちが色を添えています.

新聞社が雇った法律事務所の弁護士たちが秘密報告書の報道を懸命に止めようとした一方で,いざ決断が下され出版された後の最高裁の審判では,彼ら弁護士たちが報道の自由を守るべく弁舌を振るいます.法曹家たちのプロフェッショナリズムが良く描かれていたと思います.これを演じた俳優にも好感が持てます.

面白かったのは,新聞社の印刷工場での作業.版面を作る過程が短時間の早送りのように紹介されるのですが,タイプを打つとその活字が自動的に拾われて組版できるような装置があったのですね.また大きな見出しは直接鉛を鋳造して作っています.これには少々驚きました.映画撮影当時にも残っていたとは.そして新聞第一面の組版が出来上がってチェックする場面は,今となっては懐かしいでしょう.

スピルバーグとハンクスたちはこの映画を非常に短期間で撮り終えたようです.彼らのような経験豊かなプロにとっては,すべてのツボはわかっているので,そのツボさえ事前におさえておけば,撮るのはきっと簡単だったのでしょう.

この映画は政治対ジャーナリズムという枠組みで語られることが多いと思いますが,私はどちらかというと,難しい決断を迫られたリーダーが,どのような心理的葛藤を経て最終決断を下すのか,その一例を示したものとして楽しむほうが良いのでは?と思いました.予想される非常に大きなリスク,そのリスクを十分に評価しながらも,より重要な価値あるものも忘れず,最後の決断を下さなければならいというリーダーの仕事は,どのような組織でも,そして家庭や個人においても,たびたび直面しなければならないものです.

そして,その決断の価値は,結果ではなくて決断を下すプロセスにある,ということを教えてくれたのが,籠屋邦夫さんの「意思決定の理論と技法―未来の可能性を最大化する」という本でした.私は籠屋さんが講師となった研修を受けると同時にこの本を読んだおかげで,決断を下すときの重苦しさから解放された気がしたものです.

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2021/08/06

日本のスポーツ報道の異常

オリンピックもそろそろ終わり.どのチャネルも連日オリンピック報道で忙しそうなのですが,もともとスポーツ観戦に興味のない私は,疎外感を味わいながら,録り溜めたドキュメンタリー番組などを観ております.

ただメディアがちょっと異常ではないかと思ったのは,どのチャネルでも日本人選手が出ていない競技は無視されていること.出場していても入賞の見込みがない競技は中継はおろか報道すらされていないことです.例えば,陸上競技のほとんどのフィールド競技,カヌー,自転車ロードレース,馬術,ホッケー,近代五種,ボート,射撃,水球,テコンドー,などなど.

1964 年の東京オリンピックの際には,国民の啓蒙の意味合いもあったのでしょうが,もう少しまんべんなく各競技が中継,報道されていたと思います.それに比べると今回のメディアは非常に偏った扱いをしていると感じます.

一方,オリンピックよりも格上の大会があって,毎シーズン超一流選手どうしのプレイを観戦できるサッカー,ラグビー,テニス,野球,ゴルフなどを,日本人選手が出ているという理由で長時間中継するのは退屈で時間と電波の無駄.そもそも超一流選手がほとんど出場していないので,競技に華がありません.

私はセイリングのレースが中継されることに興味があったのですが,ちらっとニュースに出た程度でした.有料のスポーツチャネルでは中継されていたのでしょうか?ヨットレースの中継は技術的に難しいのですが,アメリカズカップの中継を見ると,血沸き肉躍る格闘技の趣があります.今回の大会ではセイリングは 10 種目もあるので,そのすべてを中継することは期待しませんが,ウィンドサーフィンくらいは中継してもよかったのでは?

日本人選手不在のプレイを無視するこの傾向が日本のメディアで始まったのは,松井秀喜ヤンキーズに入団したころに遡ります.メディアが視聴率稼ぎで易きに流れたのです.私の知人が「日本のスポーツ報道のスタイルが変わってしまった」と嘆いていたことを思い出します.野茂英雄の時代には,野茂自身の活躍だけではなく,チーム全体,あるいはリーグ全体の報道が行われていました.それを通じてアメリカのプロ野球全体を知る良い機会だったのです.

この傾向がさらにひどくなったのは大谷翔平の活躍が目覚ましくなったここ 1 年ほど.彼の一挙手一投足を詳細に報じる割には,チームメイトや対戦相手のプレイなどはほぼ無視されています.そもそも現在では日本人選手が出ていない MLB の試合が中継されることはありません.昔はそうでもなかったし,今でも有料のスポーツチャネルを契約すれば別なのでしょうが.

スポーツ観戦の楽しみは,自国の選手だけに興味があって観るものではないはずです.世界の超一流クラスの選手たちのプレイを観ることは,日本人選手がいるいないに関係なく,興奮させられ,感嘆させられ,味わい深く,意味あるものです.もう少し幅のあるスポーツ報道をしてもらいたいものだと思います.

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2020/08/30

フライトシミュレーターマニア必見

ハドソン川の奇跡 [Blu-ray] - トム・ハンクス(出演),アーロン・エッカート(出演), クリント・イーストウッド(監督)

久々に映画のレビューです.ひところより観る本数は減ったものの,今でも年に50本程度は観ているのですが,ここでレビューしたくなるほどの作品にはなかなかお目にかかれないので,レビューの回数が極端に減っていました.

今回は最近の有名な実話を映画化したもので,CG 使ったアクション,映画のために購入した実機と,実際に救助に参加した人たちを動員したリアルな救出劇はあるものの,全体としては主人公の心理的葛藤を描いた密室劇に近い演出と言ってよいでしょう.ストーリーは爽快に終わり,かつエンドロールに素敵な仕掛けがしてあるのが見どころです.

真冬のニューヨーク.ラガーディア空港を離陸直後の旅客機エアバス A320-214カナダガンの群れに遭遇し,バードストライクによって両エンジンとも損傷・停止.ラガーディア空港に引き返そうとしますが,高度が低く,推力を失ったエンジンで滑空を続けていては着陸できないととっさに判断した機長は,ハドソン川への不時着水を試み,これが見事成功します.

一躍英雄になったものの,安全運輸委員会は,空港に引き返せたのに機長が誤った判断をして乗客と機体を危険に晒したと憶測し,コンピュータシミュレーションや,飛行シミュレーターでの着陸成功の結果を引っ提げてネチネチと攻めてきます.さあ,どうなる?

最近の実話なので主人公の風貌も実話の本人に近づけてあるようで,主演のトム・ハンクスが白髪のパイロットだったのには驚きました.映画前半は,事故直後にホテルに缶詰めにされた機長の心理的葛藤と過去の回顧が交互に繰り返されるのですが,この部分はあまり良くありません.ストーリーラインをもっとすっきりさせてほしかった.

後半は大人数を前にした公聴会ですが,ここが大変面白いこの映画のハイライトです.エアバス社のシミュレーターで何度も着陸を試みさせます.このシミュレーターは本物だと思いますが,最近のジェット旅客機のコックピット,フライトコントロールシステム,パイロット支援システムがどのようになっているのか,よくわかります.高度が下がりすぎると "Pull up" と妙に冷静な声で何度も警告が出るのが印象的でした.

最後はパイロットの直感が正しかったことが証明されて,めでたしとなるのですが,実話では安全運輸委員会が早々にパイロットの判断を支持していたそうです.これはパイロットや航空機に関わる人口が非常の多いアメリカならでは,現場のことを良く知っている人たちが調査に関わっていたということでしょう.実際35秒の遅延時間を入れたシミュレーターフライトが行われて,飛行場に引き返していたら墜落,それも下手をすると市街地に激突という結論を得ていたそうです.これは劇中でもそのまま再現されました.

エンドロールが大変素敵です.事故機は博物館に移送されたのですが,それを記念して当時のパイロット,客室乗務員,そして乗客たちが機体の前で同窓会パーティをやっている様子が音声付きで披露されます.ここが本当に素晴らしい.監督クリント・イーストウッドの粋な演出です.

この映画を見ていると,発売されたばかりの新版の Microsoft Flight Simulator が欲しくなってしまいました.20年ほど前の旧版では,セスナをよたよたと着陸させるだけで精一杯だったのですが.

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2019/08/06

イギリスの神髄を守る者たちの心のひだ

日の名残り [AmazonDVDコレクション] [Blu-ray] - アンソニー・ホプキンス(出演),エマ・トンプソン(出演)

重厚な作品です.第1次世界大戦と第2次世界大戦のはざまの時期に,ドイツに融和的なイギリスの貴族に使えた執事と使用人たちの物語.日本にはこのような職種に就いている人は極めて少数なのでなじみが薄く,執事や使用人たちの仕事の内容や日常生活を垣間見るという意味でも楽しめました.

原作者は日系イギリス人のカズオ・イシグロ.つい最近ノーベル文学賞を受賞したということで,作品の評価も高まったことでしょう.

物語は回想形式で始まります.第2次世界大戦後に,かつて仕えた貴族の屋敷が売りに出され,それをアメリカ人の富豪が買って暮らし始めます.新しい主人への仕え方に悩んでいた時,主人から休暇をもらい,かつての女中頭(ハウスキーパー)を訪ねるという風に物語は始まります.そこから1930年代の回想シーンへ話が飛んでいきます.

イギリス貴族の暮らしぶりを忠実に描いているのだと思いますが,その重厚さがよく表現されています.特に賓客を招いて外交問題を議論する会議を行うときの舞台裏を描くことで,貴族の館を運営するとはどういうことかがよく理解できるようになっています.これは原作のおかげか?それとも演出のおかげか?仕える主人への忠誠,執事としての矜持と誇り,豪華なお屋敷と調度品,古き良き時代のイギリスの神髄を見ることができます.本当にこういう世界があったのですね.

使用人たちも人間なので,それぞれの事情があり,考え方があり,人生があります.それを主人の側とどのように折り合いをつけていくのか,みな頭を悩ませながら生きていかなければなりません.しかしこの執事は,自らの内面を顔に出すことはなく,仕事の同僚である自分の父親が屋敷内で息を引き取ったときですら接客を優先したのでした.淡い恋心を抱いていた女中頭から他の男と結婚するので辞めたいといわれた時にも,儀礼的な挨拶をするのみ.しかし内心どうだったのだろうと観る者が思わずにはいられない,そういう演技や演出がこの映画の見どころです.

主演のアンソニー・ホプキンズはまさに適役.この重厚な執事の役を見事に演じました.仕事への献身ぶりを全身で演じたところは見事としか言いようがありません.メソッド演技法に批判的なホプキンズが,それによらずにどのような演技を行えるのか,この作品をじっくりと鑑賞するとよいでしょう.また,この人の演技は表情の作り方が独特ですが,同等レベルの演者としてはメソッド演技法の実現者であるジャック・ニコルソンがあげられると思います.この二人の演技を比較してみることは非常に興味深いです.

エマ・トンプソンも大変良かった.気配りができてちょっと気の強いベテランの女中頭を大変うまく演じました.「いつか晴れた日に」で共演したケイト・ウィンスレットが出演者に入っていてもよかったと思いますが,ちょっと贅沢すぎるか.若いころのヒュー・グラントが軽めの脇役で出ているのですが,よく観ないと本人とはわかりませんでした.あとジュディ・デンチが出てくれば,もう言うことはなかったですね.

映画が大変良かったので,原作を読んでみようと思っています.

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2019/02/02

やっぱりよく出来ていたミッドナイト・ラン

ミッドナイト・ラン ユニバーサル 思い出の復刻版 ブルーレイ [Blu-ray] - ロバート・デ・ニーロ(出演),チャールズ・グローディン(出演)

NHK BS で放送されたものを録画して楽しみました.もともと非常に有名で人気の高い作品だそうですが,実は私は今回初めて観ました.もともとロバート・デ・ニーロは好きな俳優の一人なのですが,その若いころの代表作と言っても良いこの作品を観ることができて,大変幸せに思います.

いわゆるロードムービーの一種なのですが,犯罪サスペンスのコメディとして作られており,ロードムービーとしても,サスペンス・コメディとしても楽しむことができます.この映画を理解するためには,アメリカの司法制度独特の保釈金専門金融ビジネスを理解する必要があり,その知識が無かった私は,一体こいつは警官なのか?それとも探偵なのか?それとも?と訳が分からなくなりましたが,Wikipedia のこの記事を読んで納得.さらに州をまたいだ犯罪を取り締まる専門組織 FBI の役割も理解しておく必要があります.

そういう中途半端な予備知識で観始めたのですが,ロバート・デ・ニーロがほろっと笑う笑顔はこの頃からのものであることがよくわかります.私はこの笑顔が大好き.各所に用意されたギャグ,テンポの速い軽快な展開で楽しめるのですが,主人公がなぜ警官を辞めてこのような商売をしているのかが徐々にわかってくると,がぜん主人公を応援したくなってくるという仕掛けになっていて,まあとにかくよく出来たシナリオです.連れ戻される被告人の会計士との会話が徐々に意味を帯びていき,最後は爽快な結末につながるのですが,このあたりの主人公の感情の移ろいも非常にうまく描写されていると感じました.

タイトルの “Midnight Run” とは「ちょろい仕事」というような意味だそうですが,簡単に片付くはずの仕事が次から次へとトラブルに巻き込まれて紆余曲折を重ね,何とかギリギリのところで期限に間に合う,というハラハラ感を観客に味あわせるという思惑は残念ながらハズレ.そのハラハラ感よりも別の重要な期待が盛り上がってくるので,まあ仕方ないですね.

ロバート・デ・ニーロの近作では,3年前だか,飛行機の中で観た “The Intern” は,現在の私の境遇に重なるものがあって,大変楽しむことができました.

今頃なぜ NHK BS で放送されたのか,このポストのタイトルをクリックして現れる Amazon Japan の作品のページを見るとよくわかります.“吹替映画史上最高傑作” と評される TV 朝日放映版に追加収録を行った完全版吹替がブルーレイで発売されたそうで,それに触発されたものではないでしょうか?私も買ってみようかと思います.

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2018/07/08

勇気ある追跡とトゥルー・グリット

勇気ある追跡 [DVD] - ジョン・ウェイン(出演), グレン・キャンベル(出演)

トゥルー・グリット [Blu-ray] - ジェフ・ブリッジス(出演), マット・デイモン(出演)

再び映画のレビューを書きたいと思います.今回は二つの映画ですが,後者は前者のリメイクなので,実際は一つのものと思ってよいでしょう.父親を殺された娘が仇を討つために連邦保安官を雇って追跡するというお話です.オリジナル版とリメイク版のシナリオやセリフにほとんど差がないのが意外なところですが,これはどちらもが原作に非常に忠実だったためか,それとも後者が前者の脚本・演出を尊重したのかはわかりません.しかし,西部劇の中ではスタンダードとなったものの一つと言ってよいと思います. “OK牧場の決闘” ほどではありませんが,良く知られた話であることには違いありません.

古いほうの “勇気ある追跡” は,主演がジョン・ウェイン,助演がグレン・キャンベル,悪役側にデニス・ホッパーという人気俳優を配し,それなりに売れそうな,売れるべき西部劇として仕立て上げられています.しかしそのためか,隻眼でアル中の連邦保安官のダメさ加減やアクの強さは最低限に抑えられており,あくまでジョン・ウェインのファンが見て楽しめる映画,歌手グレン・キャンベルのファンが主題歌とともに楽しめる映画となっています.まあ,1969年の映画なのでこれは当然でしょう.話の結末もハッピーエンドとなっています.

一方,後者はコーエン兄弟監督製作,スピルバーグ製作総指揮というマネジメントからもわかるように,現代的な西部劇として製作されており,前者よりもはるかにリアリティを追求しています.小さなところでは銃の発射音しかり.ガラガラヘビに腕をかまれた主人公の少女が,結局は腕を切断しなければならなかったという結末は前者にはなかったものですし,25年後にワイルド・ウェスト・ショーに出て生計を立てなければならなくなっていた元保安官が死んでしまったという筋立ても,西部開拓時代の終わりを告げるほろ苦い余韻をもたらします.

後者の保安官役ジェフ・ブリッジスは非常に存在感のある俳優なのですね.ジョン・ヒューストンばりです.私はジョン・ウェインよりもこの人の演技のほうが好み.ジョン・ウェインがライフルを回しながら連射するシーンはファンへのサービスとしか思えないので.この人がアカデミー主演男優賞をとったクレイジー・ハートを私は観ているはずなのですが,なかなか思い出せません.

少女役はどちらの映画でも非常にうまい.本来の才能が開花したのか,それとも監督の演出が良かったのか,頭が切れて勇気があり覚悟のすわった生意気な少女を非常にうまく演じています.ちょっと早口過ぎてよく聞き取れないのが私にはつらいところです.

これら2作を立て続けに観るのは非常に面白いので,ぜひ試してみることをお勧めします.

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