映画・テレビ

2017/06/18

身に沁みるロードムービー

ネブラスカ ふたりの心をつなぐ旅 [Blu-ray] - ブルース・ダーン(出演),ウィル・フォーテ(出演)

ここ数年間私にまとわり付いていた心境に深く入り込んだ,ロードムービーの傑作です.アメリカ映画はロードムービーの宝庫です.その中でも心を惹かれるロードムービーの典型は,ある程度まともな主人公が,理解不可能,あるいはかなりいかれた身内の人間の勝手な行動に付き合う羽目に陥るのですが,共に旅をするうちに,相手の真意,そしてそのやむにやまれぬ心情を知るに至り,その相手に深く共感し和解する,というシナリオが多いように思います.私が最近見た映画のなかでのこれは傑作と言えるものは, “パリ,テキサス” がその代表だと思いますが,人気のある所では,“レインマン” や “ペーパームーン”, “オー・ブラザー!” などがありますし,アメリカ以外では例えばブラジル映画の “セントラル・ステーション” は傑作の一つに挙げてもよいのではないかと思います.

そんな中で,この映画の何が良かったのか?一言でいうと,中年男性が,老いて認知症を患う父親に手を焼きながらも,父親の過去を巡る旅に出るうちに,父親の思いと真意を深く理解し強く共感すると同時に,全く合理的ではないけれどもその思いを叶える行動に出る,というヒューマン・ドラマが実に良いのです.

そして,これは同じような経験をした者でなければなかなかわからないだろうな,という点で観るものを選ぶ映画でもあります.私がそう思うのは,ここ数年この映画の登場人物と同じような経験を続けているからにほかなりません.

認知症の家族の介護は,忍耐力を問われる仕事です.全く不合理,不条理な主張や行動に付き合っていかなければなりません.ときには怒りがこみあげてきたり,大声で叱りつけたり罵倒したりしたくなる衝動と闘わなければなりません.それを毎日繰り返すことの辛さは,経験したものでなければわからないと思います.

この映画の主人公も,当初はそういう思いを内部に溜め込んでいたように描かれています.しかし,父の故郷に一緒に行き,父の旧友の老人たちと会って話をするうちに,父は決して間違ってなどいない,無理難題や不道徳なことを要求しているのではない,むしろ旧友たちのほうがあざとく,父をあざけり食い物にしようとしているということに気づきます.

そして,父がそのために旅に出た半分詐欺に近い宝くじの当選の知らせは,もちろん人を誘い出すためのきわどい嘘で,息子は最初から分かっていたのですが,落胆する父の姿を見てついに息子は父の思いを無条件で支持する行動に出るのです.これが非常に感動的ですが,ピックアップ・トラックと工事用コンプレッサを買ってあげるというのが,アメリカの田舎を象徴していて実に渋い.

父親を演じたのは名優ブルース・ダーン.非常にいい味を出しています.認知症の現実をよく知ったうえで演じているのではないかと思います.この映画の演技でカンヌの男優賞を取りました.監督・演出はかのエリア・カザンアクターズ・スタジオの創設者の一人であり, “欲望という名の電車” の演出で一躍世に出ました.ブルース・ダーンもこの学校の出身者.

息子役のウィル・フォーテは,認知症の父親に手を焼く息子を見事に演じるとともに,終盤,父親の思いを叶えるために行動に出た息子の強い意志を非常にうまく表現しました.

思いのほか良かったのは,母親役のジューン・スキッブ.夫との共通の故郷で,若いころ自分の尻を追い回した男の墓の石にスカートのまままたがり,“ほら,見たかったものを見せてあげるわ” と悪態をつくシーンが最高です.この映画での演技はたくさんの映画賞にノミネートされました.

カンヌでパルム・ドールを争っただけあって,非常に見ごたえがあり,お勧めです.

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2016/10/16

やはり名作,買いは映像美

あの子を探して [DVD] - ウェイ・ミンジ(出演),チャン・ホエクー(出演)

長い間,観なければと思っていながら観ていなかった作品です.しかし観始めてみると,ストーリの流れを追うよりも前に,これはレベルの高い作品であることがわかります.

直ちに感じたのは映像美です.中国の乾燥地帯,黄土高原でしょうか,彩度を適度に抑えた緻密な映像に胸ぐらを掴み取られます.特に屋内の撮影での照明が見事.この映画が撮られたのは1999年.この頃の中国でこの映像の美学があったとは驚き.後の韓国のテレビドラマの照明のひどさにを知ったうえでこの作品を見ると,当時の中国に照明の美学がすでにしっかりとあったことに驚かされます.監督のチャン・イーモウは手練れの映画監督として世界的にも有名な人ですが,撮影した人,映像の責任者は誰だったのでしょう?彩度の調整があまりに見事.

ストーリーはそれほど凝ったものではありません.代用教員のウェイが失踪した生徒を探したいという一途な思いが,たとえそれが代用教員の報酬の条件と当初は関係があったとしても,執拗なまでに描かれていて,この映画の主軸となっています.一方,代用教員のウェイが生徒や村長や街の人たちと交わすやり取りは,自らの利益を最大限に主張しあう中国の,というより日本以外の世界の標準を嫌というほど思い知らされます.

素人の役者をどれくらいの期間訓練して撮影に臨んだのか,主役も脇役も非常に自然な演技で,演出の出来には驚かされます.特に主演のウェイを演じた少女の表情の演出はなかなか見事です.過剰でもなく過少でもなく,一見無表情に近い演出にも見えるのですが,少女の内面がじわじわとにじみ出てくるレベルに持ってくることができた演出は大したものです.

出稼ぎの請け元から逃げたホエクーが,空腹のあまり飲食店の客席をうろつくのを見かねた店主が,食事と職を与えたエピソードは,ストーリー終盤の一服の清涼剤となっています.と同時に,代用教員のウェイが,飲食店のテーブルの丼の残り物を貪るシーンも印象的です.このような光景は,中国大陸でも,日本の街中でも,以前は見られた光景だったはずです.

クライマックスは何といっても,代用教員のウェイがテレビ番組の中で涙ぐみながらホエクーの所在を求めるシーン.そしてそのテレビの画面を雇われ先の飲食店で見て感極まるホエクーの表情.非常によくできていて,何テーク目で監督のOKが出たのかはわかりませんが,見事なものです.

チャン・イーモウ監督のファンであれば,当然観ておくべき作品.お勧めです.

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2015/09/20

プレイステーション逝く

先週末,システムソフトウェアのアップデータが出ていたので,プレイステーション3を立ち上げてデータをダウンロードしアップデートを試みました.ところがアップデートの進行が99%になったままいつまで経っても終了しません.

やむなく電源ボタン長押しで強制シャットダウン.再立ち上げしてファイルシステムの修復を試みたのですがうまくいかず.それではというのでセーフモードで起動し,ファイルシステムの修復やらシステム全体の初期化を行い,いったんは正常に立ち上がったように見えたのですが,どうもシステムが不調.やたらと反応が鈍い.えらく遅いクロックで動いているような感じです.内臓HDDがおかしくなったのか,それとも本体の回路に熱で障害が起きたのか?なかなか切り分けができません.

窮余の策で,HDDを取り出してPCで内容を初期化し,プレイステーションに戻してシステムソフトウェアをUSBメモリからインストールしてみたのですが,ファイルシステムの初期化が完了できず.再度HDDを取り出してPCでパーティションを切りなおしてみるのですが,今度はそれすらもできなくなっていて症状はどんどん悪化していきます.

この時点でHDDの修復は諦め,新たなHDDを買ってきて自力で回復を目指すか,それともこのプレイステーションはお払い箱にするのか決断を迫られました.HDDの相場を調べてみると6,000円程度の出費は必要ですが,復活の保証はありません.また最近ではゲームはほとんどやらず専らブルーレイディスク再生機として使っていたので,ゲーム機としての復活は諦め,必要最小限の機能のブルーレイ・プレイヤーを買うことにしました.値段を調べてみると,10,000円そこそこで買えるではありませんか.消費電力も圧倒的に少なくて済みます.壊れたプレイステーションは故障機として売却することにしました.

おりしも,プレイステーション4の価格が10月1日から5,000円安くなるというタイミングだったのですが,もうゲーム機を買うことはありません.人気のあるゲームタイトルはそこそこ高価ですし,AV機器として見た場合,プレイステーション4はプレイステーション3に劣るというのも一つの理由です.

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2015/05/10

抜群の色彩美の異色西部劇

血と怒りの河 [DVD] - テレンス・スタンプ(出演),カール・マルデン(出演)

しばらく前に NHK のプレミアムシネマで放映されたものを録画して鑑賞したのですが,普通の西部劇とはだいぶ違います.主演はイギリス人俳優.舞台俳優出身ではないか思われる抑制のきいた心理表現が光ります.こういう演技は西部劇に出てくるアメリカ人俳優にはなかなか見出し難い.強いて言えば,OK コラルの銃撃戦を描いた作品の一つ “荒野の決闘” でワイアット・アープを演じたヘンリー・フォンダが一番かなぁ?

ストーリーは西部劇としては異色のものながら,途中まで見るとその後のストーリー展開は容易に想像がつく単純なものです.自分の属する民族への帰属意識と,それとは相容れない育ての親への忠誠心に心を引き裂かれる若者の話ですから,結末は悲劇と決まっています.

この映画を見てすぐに気付いたことは,プリントの美しさです.特に色彩が素晴らしい.これほど美しい色彩の西部劇はそうそうありません.この映画が撮られたのは1967年か1968年なので,もう50年ほど前の映画です.スクラッチが一切無く,音声トラックも非常に良いので(古い邦画のひどい音声トラックとは大違い),きっと周到なリマスタリングが行われたのでしょうが,それにしてもこの色彩の美しさはどうしたことでしょう?特に彩度の調整が絶妙です.派手すぎず,しかし渋すぎず.私はストーリーを追うことを忘れ,色彩の美しさを楽しむことに意識を集中させてしまいました.

この映画ではアメリカとメキシコの国境を流れる河が重要な舞台装置になっています.お決まり通りであれば,これは Rio Grande のはず.その名前は出てこなかったのですが,エル・パソという地名は出てきたので間違いないと思います.この川の両岸の風景が大変美しく描かれていて,その映像美を楽しめます.撮った監督が映像美にこだわる人だったのだろうと想像しています.

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2015/02/12

ラブソングができるまで

ラブソングができるまで [Blu-ray] - ヒュー・グラント(出演),ドリュー・バリモア(出演)

NHK のプレミアムシネマで放映されたものを録画して鑑賞しました.本作品の原題は “Music and Lyrics” で,これは作曲誰々,作詞誰々という決まり文句をそのまま題名にしたものだと思われますが,ダメ男をやらせたら天下一品という異名を持つ Hugh Grant が,その本領を最大限発揮したロマンティック・コメディの傑作です.彼のロマンティック・コメディにはこれこそ天下の大女優 Julia Roberts との共演を果たした “ノッティングヒルの恋人” という大ヒット作があるのですが,私は本作品も非常に良いと思います.

おそらくイギリスの伝統的な舞台芸術界を経ることなく,映画俳優としての人気を確立した人だと思います.というのも,舞台俳優出身の人とは演技の中身がちょっと違うのです.ここぞというときに見得を切るという所作がほとんど見られないのです.ここが現代イギリスを代表する俳優である Daniel GraigJudi Dench とは違うところ.これが良いとも悪いとも言えないのですが,この人の持ち味であるダメ男を演じるにはあまり関係ない,ということは言えるでしょう.

本作品は80年代のポップスのスターが,今では中年となった往年のファン相手に,遊園地で客寄せのショーをやらざるを得なくなっているという落ち目の境遇を背景として,新進のスター女性歌手に曲を提供して新たなチャンスをつかもうとするのですが,たまたま作詞のパートナーに選んだ若い女性との恋の進展を絡めたストーリーが展開します.冒頭からエンドロールまで,Hugh Grant が往年のスターとしてバンドを従えて歌うシーンがあるのですが,これがなかなか良くできていて,特にぴっちりしたパンツで腰を振って踊る姿は笑えます.落ち目のダメ男の本領発揮です.

とは言うものの,中盤まではかなり退屈なお決まりのロマンティック・コメディが続きます.ところが終盤,コンサートで彼が歌う曲の歌詞に感動的な内容が込められていて,それが恋人の心を引き戻し,ハッピーエンドで終わる,というクライマックスが実に良くできているのです.ここは脚本の勝利.この時の歌詞は正直言って傑作です.

全体としては,Hugh Grant が落ち目の往年のスターを面白おかしく演じることに成功し,かつ80年代のスターという設定に基づく曲のパレードも危なげなくこなし,そして Hugh Grant の相手役である Drew Barrymore の可愛らしさでもっている作品だと思いますが,私は俳優たちの演技力よりは脚本の力を強く感じました.最近,NHK のプレミアムシネマでは Hugh Grant の作品が多いのですが,なぜなんでしょうね?

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2014/09/06

凝った作りを堪能できるミステリー・コメディ

グランド・ブダペスト・ホテル(初回生産限定) [Blu-ray] - レイフ・ファインズ(出演),トニー・レヴォロリ(出演),ウェス・アンダーソン(監督)

海外出張中の飛行機の中で何とはなしに観たのですが,これほどの佳作とわかってびっくり.帰りの便でも再度観たのですが,今どきの飛行機は Video On Demand なので,あるシーンを繰り返し見返したりするのも簡単ですから,かなりじっくりと鑑賞し,そして堪能しました.

舞台は20世紀前半の中央ヨーロッパの架空の国.その山中にたたずむ豪華ホテルが舞台.そしてその名物コンシエルジュと見習いのボーイ,そして上客の貴族たちが繰り広げる数々のエピソードを,当時の世相や戦争の足音などと絡めた見事なエンターテイメントに仕上げています.シナリオのうまさもさることながら,画作りが非常にうまい.メルヘンのようなミニチュアを多用してかえって味を出すなど,非常に巧みです.ところどころに爆笑を誘うブラックなユーモアが散りばめられていることも特徴で,特に前半は全く飽きることがありません.ただし,後半は多少だれ気味となり,最後は静かに終わります.

俳優さんたちも巧い人ばかり.主演の Ralph Fiennes はレイフ・ファインズと発音するそうですが,とにかくこの人は巧い.イギリス伝統の舞台俳優出身なのだろうと思いますが,役柄の作り方,表情,話しぶりなど,どこをとっても一流です.胸に付けた Les Clefs d'Or のバッジが何度も大写しされ,映画の後半ではこのバッジが大きな意味を持つようになります.

それに加えて,ボーイ役の黒人の子役 Tony Revolori がこれまた非常に良い味を出しています.化粧用鉛筆で描いた細いひげがトレードマークの役ですが,一見とぼけているようで,人生を真剣に生きようとする難民の若者を非常にうまく演じています.さらに彼の恋人役でお菓子屋で働く若い娘の Saoirse Ronan(シアルシャ・ロウナンと発音するそうですが)がとても可愛らしくて,この映画に華を添えてます.

影の主役は Madam D を務めた Tilda Swinton かもしれません.ナルニア国物語・第一章白い魔女を演じた,これまたイギリス演劇界出身の俳優ですが,この人が寂しい貴族の老女役を非常に象徴的に演じ,エレベータの中のシーンはこの映画の中でも名シーンの一つと言ってよいと思います.やはり舞台出身の俳優さんは違いますね.歌舞伎役者と同じように,ここぞというときに見得を切れます.

監督の Wes Anderson については,私自身は寡聞にして良く知らないのですが,Wikipedia の冒頭から引用すると,"His films are known for their distinctive visual and narrative style." ということのようで,この映画にもぴったりと当てはまります.

今年私が見た映画の中では,今のところ一番のお勧めです.この Blu-ray ディスクの発売は11月なので,待ち遠しいですね.

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2014/03/21

フランス映画の小粋な秀作

アメリ [Blu-ray] - ジャメル・ドゥブーズ(出演),マチュー・カソヴィッツ(出演),ジャン=ピエール・ジュネ(監督)

観てしまったからには書かないわけにはいかないという映画です.とにかくフランスでは国を挙げての大ヒット.フランス国外でも大ヒットして,日本でも特に若い女性層を中心にヒットして,おそらく興行収入はかなりのものになったでしょう.

"アメリ" とは主人公の名前なのですが,この映画の素晴らしいところは,随所にフランス人の生活感覚,人生哲学,そしてややブラックなユーモアペーソスがてんこ盛りにされていて,フランス人にはたっぷりと共感を味わえること,そしてそれらが素早いテンポで次々に回っていくこと,そしてつらいことも悲しいこともあるのだけれど,人の幸せのさまざまな形を見せてくれて,それでいつしか心が暖かくなっていくことでしょう.

対人コミュニケーションに障害を持つという設定なのですが,彼女は少しずつ対人関係を発達させていき,ついには恋人を得るまでになるというストーリーは,一人の少女の成長物語としてみることもできます.一方,登場人物は,これが現実なのでしょうが,癖のある連中ばかり.それでも,モンマルトルを中心とするパリの下町風情は非常によく描かれています.北駅はもとより,サン・マルタン運河でアメリが水切りをするシーンも出てきます.また登場人物間のやり取りではパリっ子の気持ちがさもありなんと描写されているので,特にフランス人には受けたのだと思います.

日本で若い女性層に受けたのは,日本の女性は対人関係に非常に気を遣う文化を共有しているからではないかと思います.これは私にはいまだによく理解できないのですが,特に同性との対人関係にこれほど気を遣うのは世界的にも珍しいのではないでしょうか?誤解を恐れずに言うと,日本の女性は集団対人コミュニケーション障害を患っているのではないかと思いますが,そのような人たちにはこの映画の設定は非常に共感が持てたのだと思います.若い女性向けの雑誌では特集が組まれたりしたほどだったと思います.

いずれにせよ,軽快なテンポでユーモアたっぷりに描かれるストーリーは実に秀逸.年齢や性別を問わずに楽しめ,またじっくりを味わえること請け合いです.120分を越える映画ですが,あっという間に観終わります.嘘ではありませんよ.

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2013/10/27

炭鉱町を衰退から救った人々の心意気

フラガール [Blu-ray] - 松雪泰子(出演),豊川悦司(出演),李相日(監督)

一世を風靡し社会現象にもなった映画ですが,これまで全編を通してじっくり見たことがなかったので,改めて画面にきちんと向き合って鑑賞しました.

昭和の後半,燃料はすでに石炭から石油やガスの時代に入っており,各地の炭鉱は次々と閉山されていました.常磐炭鉱もその例外ではありません.炭鉱とともに栄えてきた地域社会を守るため,町おこしのため,炭鉱の副産物であった温水を利用した常磐ハワイアンセンターなるものが構想されます.当時からすでに大規模な温泉町には "ジャングル温泉" というものはあったのですが,常磐ハワイはそれをさらにスケールアップして,温泉だけではなく,ハワイの雰囲気を味わえる常夏の娯楽センターを作ろうとしたのです.

その娯楽施設の呼び物として,フラダンスやタヒチアン・ダンスを見せものにしようとしたのですが,何とそのダンサーたちを養成する学校を作り,地元の炭鉱町の女性たちをダンサーとして育てようとしたのでした.普通に考えれば,そんなこと出来るわけないっぺ,と岩城弁で返されるのでしょうが,炭鉱からの転身にかけた常磐興産の人たちはその非常識に挑戦しました.その挑戦の物語を映画にしたのが本編です.

創作や脚色はたっぷりと入っているのですが,全編を貫くのは衰退に抗して挑戦する人たちの心意気です.脚本が良くできていて,話にはいくつもの山があり,観る人を何度もハラハラドキドキさせます.登場人物たちはやや類型化されてはいますが,演出が良く効いていて(その分指導はたっぷり入ったのでしょうが)安心して観ていられます.見ものの一つは,前半で,岸部一徳が演じる吉本紀夫が,松雪泰子演じるダンス指導者の平山まどかを,岩城弁を長々とまくし立ててののしる場面.複数テイクのつなぎ合わせには見えなかったので,おそらく本当にとちらずにしゃべり終えたのでしょう.これはすごい.

炭鉱町の少女たちが,苦難を乗り越えながら少しずつプロのダンサーとして成長していくプロセスが,もう少し丁寧に描かれていてもよかったと思いますが,まあこんなものかなぁ?せっかくだからフラの基本がもう少し解説されてもよかったとも思います.それでも終盤近く,列車でいわきを去ろうとする平山まどかをフラのジェスチャーで引き止めるシーンは,この映画のクライマックスの一つ.それで目立ったのが主演格の蒼井優.とても表情がいい女優ですね.多感な少女の表情を作るのがすごくうまい.

衰退する炭鉱町を題材にした映画は洋の東西を問わず数多いのですが,音楽を題材にしたのはイギリス映画の "ブラス!" やアメリカ映画の "歌え!ロレッタ愛のために" などがあります.

スパリゾートハワイアンズは,その後山谷はあるものの,入場者数は増加傾向にあるそうですから大したものだと思います.東日本大震災ではおそらく大きな被害を受けたことでしょうが,それにもめげず,です.おそらく心意気と巧みさを併せ持っているのでしょう.

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2013/10/19

手練れの小品

新しい人生のはじめかた - ダスティン・ホフマン(出演),エマ・トンプソン(出演),ジョエル・ホプキンス(監督)

大人の恋愛の小品ですが,まあ,脚本が良くできているのと,配役がベテラン揃いということで,全く安心して観ていられる映画です.

ダスティン・ホフマンも年をとったなぁと思いますが,しかしこのシナリオの役としてはまだまだ若く見えます.エマ・トンプソンはまあ適役かな?しかし.背丈の差はいかんともしがたく,ラストシーンでエマ・トンプソンがハイヒールを脱いでしまうのは,ダスティン・ホフマンの共演女優としてはある意味おきまりなのかもしれません.

ダスティン・ホフマンについては,もう何も言うことは無いと思いますが,エマ・トンプソンは,私にとっては "日の名残り" で出会った女優ということになります.アンソニー・ホプキンスと共演し,彼の圧倒的な存在感に潰されることなく役を演じきったのは見事.この作品では,特に華を演じることは無いのですが,しかし大人の女性の苦悩と希望を見事に表現しているということは評価されるべきでしょう.恋愛を諦めるべきか,それともまだ機会はあるか,実に悩ましい年頃の心理を見事に演じています.

冒頭,ダスティン・ホフマン自身がピアノを弾くシーンがありますが,彼のセリフの中で "ジャス・ピアニストになりたかった" というのは,本人の若いころの希望だった洒落が効いています.

スタッフ・ロールを見始めるとすぐに,とても素敵なエピソードが見られるのですが,これもほぼお約束のプロットと言ってよいでしょう.そのための伏線が映画の前半に仕掛けられています.

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2013/03/18

知性の輝きが鈍るとき,愛が魂を救う

アイリス [DVD] - ジュディ・デンチ(出演),ジム・ブロードベント(出演),リチャード・エア(脚本)

いわゆる名画の一つに数えられるべき映画です.才能と美貌を兼ね備えた主人公,哲学者であり文学者でもある Iris Murdoch,彼女の輝くような若き日々を演じるのは Kate Winslet.ショートヘアで知的な容貌が見事で,この役柄に正にうってつけの演技.このフィルムの公開は2001年,かの "タイタニック" の公開である1997年からはすでに4年が経ち,彼女の本格派女優としての名声はすでに確立していたのですが,それでもこの映画における初々しさは見ものです.彼女の演技力は本格的なもので,様々な役柄を見事に演じる,その実力には毎回驚かされます.ネバーランドはさらに3年後,2004年の作品です.このキャリアの積み重ねぶりが頼もしいです.

後年の Iris を演じるのはイギリスのベテラン舞台俳優 Judi Dench.この人が有名になったのは実は 007 シリーズの "M" の役柄で出演するようになってから.この人を見るとすぐに,ああ M の女優さん,と思い出す人は多いでしょう.そして彼女こそがこの映画の主役.抜群の知性を誇りながら,年とともにアルツハイマーで精神を侵されていくさまを見事に演じ,観る人に深い感銘を与えました.同様の役は,例えば "ドライビング Miss デイジー" で Jessica Tandy が演じたものが記憶に残っていますが,Judi Dench の演技もそれに劣らず素晴らしいものです.この人は立っているだけで存在感を放つことが出来る女優ですが,それはこの映画でも同様です.難を言えば,その知的な存在感のゆえに,認知症で精神が濁ってきたときにも,透明な知性を感じさせてしまうところでしょうか.

彼女の夫役として渋い輝きを放っていたのは Jim Broadbent という俳優さん.この人もイギリスの舞台俳優の出身で,じつはハリー・ポッターシリーズなど様々な映画に幅広く出演している人です.舞台俳優出身らしく,演技の実力はまさに一流で,実に安心して観ていられる,そういう俳優です.

映画は,全体としては若き日の栄光と老年の衰退の日々が交互に描かれる形式ですが,若いころ知的な活躍を遂げた人が,知性や精神を侵されていくのを観るのは非常につらいものがあります.それでも救われるのは,夫が彼女を献身的に支えていく,その愛の力に私たちが感動させられるからだと思います.と同時に,同じ境遇に立たされたとき,このような愛情を伴侶に注ぐことが出来るのか,問いかけられているような気がして,緊張させられます.

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