日記・コラム・つぶやき

2018/04/23

排石記

本日朝,数年ぶりで排石しました.その記録です.

昨日,4月22日未明午前3時ころ,痛みで目が覚めました.右わき腹が鋭く痛みます.石持ちの私には,これが腎臓結石の移動である可能性が高いことがすぐにわかりました.結石が腎臓内部から尿管に移動してきたしるしです.これがいつも強烈に痛い.痛みで寝ていられません.痛みをこらえていると腹部の筋肉が緊張して軟便を繰り返し,そしてさらに嘔吐.ああ,つらい.

朝になったものの,今日は日曜日で泌尿器科がある病院は休みです.私がいつも週末や祝日に限って排石するのはどうしたことでしょう?朝食を食べる気にはなれないものの,鎮痛剤を飲むには空腹はまずいと思いバナナを一本.鎮痛剤を探すと,期限切れのバファリンしか見当たらないと思ったところに,家人が残った処方薬の中からアセトアミノフェンを発見.これはまさにこの症状に対するドンピシャリのお薬なので,白湯で服用します.これが午前5時55分.ところがなかなか効いてきません.ようやく7時くらいになってから痛みが和らいできました.やれやれ.

あとは水分をたくさん取り,運動して石を膀胱に落とすしか手はありません.その場駆け足や家人が勧める「かかと落とし体操」をやってみますが,すぐに石が落ちてくるわけではありません.しかしこれを断続的に継続し,さらに水を飲んでいると,痛い部位が少し下がってきたのがわかりましたので,これは良いと思ってさらに継続.一方,こればかりやってもいられませんし,寝ている間に石が尿管を下っていくこともあるので,日常のルーチンワークも始めました.部屋のふき掃除やら,昔の写真のスキャンなどの軽作業です.

昼食後,尿管の痛みが軽くなったように感じ,逆に膀胱に違和感を感じ始めたので,定期的に水分を摂取しておしっこをどんどん作ります.この時,肉眼でようやくわかる程度の血尿を確認し,やはりこの痛みは尿路結石だったとわかって一安心.ほかの病気だったらえらいことですから.

寝不足なので夜は早めに就寝しました.もう鎮痛剤は飲みません.膀胱に鈍痛と違和感が残っていましたが,寝付けないほどではありません.翌朝の本日,起床後の最初の排尿で見事排石.石が尿道を通る時の感覚ですぐにわかります.しかも今回は採集にも成功.長径6mm,短径4mm程度の勾玉型.先が尖っていて,いかにも痛そう.これが尿管を下って来たのかと思うと,痛みが再発しそう.とにかくこれで一件落着.たまたま大型連休明けに定期的な診察の予約を入れているので,石を持って行って説明しようと思います.

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ちなみに前回の排石は,2010年11月3日の未明でした.今回と同じ時間帯で,この時のメモによると,

右腎より石排出し尿管途中に引っかかる.早朝より激痛.07:00にXX病院にて採血,ブドウ糖・鎮痛剤を点滴.CT撮影にて石を確認して帰宅.同日深夜に膀胱に落ちる.翌日10:30頃排出.
とあります.今回と経過はほとんど同じだったのですね.でもこの時は病院に行って鎮痛剤を点滴しているので,もう少し大ごとで費用も掛かりました.今回はすべて自力,費用もゼロ.でもやっぱり痛かった.

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2018/01/01

謹賀新年 2018

Greeting2018

皆様,明けましておめでとうございます.本年が皆様にとって良い年でありますように,お祈り申し上げます.例年通り昨年一年を振り返り,今年の展望について思うところを述べてみたいと思います.

さて,昨年は私の家庭にとって波乱の年だったと言ってよいと思います.

熊本地震で被災した父を自宅に引き取ったことは昨年のこのご挨拶でお伝えしたとおりですが,年が明けてしばらくは良かったものの,1月の末くらいから父が変調をきたすようになってきました.

まずインフルエンザとおぼしき原因不明の高熱を発して入院したり,深夜にトイレに立った時に転倒して頭を打って脳神経外科を受診したり,脳梗塞再発予防のために服用しているワーファリンが効きすぎて PT-INR が異常に高い値になっているのが発覚.慌ててビタミンKを処方し,その後血液検査を行いながらワーファリンの量の調整を2か月ほど続けました.そうかと思うと今度は深夜に鼻血を出して止まらなくなり,救急車を呼んで病院に駆け込むなど,私はこれらの変調のために何日も仕事を休んでは父を病院に連れて行かざるを得ませんでした.

これらが何とか落ち着いたのは4月になってからです.しかし,父の足腰は確実に弱ってふらつきがひどくなり,認知症も少しずつ進行しているのが見て取れました.夜中にトイレに立つときに楽なように,介護用の電動ベッドをレンタルしてみたのですが,トイレに手すりなどは無く,立ったり座ったりも危なっかしくなってきたので,いよいよ施設への入居を真剣に考えることにしました.

まずはケアマネージャに近隣の施設をいくつか見繕ってもらい,5月の連休を利用して妻と私とで数か所の施設を見学して回りました.実際見学してみると,制度上の施設の違いがよくわかり,これは大変勉強になりました.これと並行して,父には単刀直入に,自宅では十分な介護ができないので施設に入ってもらいたいことを伝えると,父は意外にも素直に承諾してくれました.そこで父に適しているだろうと思われる施設を2か所選び,いっしょに見学に行きました.最終的に一つの老人ホームを選び,入居手続きを行い,6月初めに入居することになりました.

施設や周囲の人たちに馴染めるか心配だったのですが,最初の3週間ほどは何も起きずに,新しい生活が始まりました.妻と私は交代で週2, 3回ほど父を訪れては身の回りの世話と洗濯物の入れ替えを行い,これで落ち着いてくれればありがたいと胸をなでおろしたのですが,これはまだ甘かった.入居からちょうど1か月経った頃から本格的な変調が始まりました.認知症に伴う数々の異常行動です.ここに詳しくは書きませんが,施設のスタッフも私たち家族も大きな苦しみを味わいました.最も苦しかったのはもちろん本人だろうと思うのですが,父が独自の世界に入り込んでしまうと,なかなか会話も成立せず,自分の世界を良くしようと行う数々の異常行動には本当に閉口しました.後始末に手こずることも度々でした.

新しいケアマネージャが非常に有能な人で,施設のスタッフを集めて対策会議を開いてくれたことは非常に心強くありがたく思いました.また,この老人ホーム付きの医者が処方してくれたアルツハイマー認知症用の薬がなぜか効いたようで,8月後半から異常行動はほとんどなくなり,やっと一息つけるようになりました.この間に父の介護保険要介護度は要介護3に格上げされました.秋には夜中に転倒してろっ骨を折り,年末になって再び独自世界観の症状が現れたりしているので,注意して見守っているところです.

そういうことをやりながら,秋には父の住民票を当地に移す手続きを行いました.同時に,当地の銀行に口座を開設し,年金の入金や各種費用の引き落とし口座の変更手続きも行いました.これは当地からは遠い熊本市役所との様々な手続きが煩雑で時間がかかること,さらに父が地元に持っている銀行口座は当地では窓口が無く使い物にならないということから来ています.この住民票異動と銀行口座開設のために私は仕事を休み,さらに当日と後日,10数か所に電話をかけ,10数か所に文書を送るなどして,この秋は非常に忙しく疲れることが多かったと思います.年末になってもまだ完了していない手続きがあるのですが,ようやく収束してきました.

幸いなことに,父は経済的には豊かで何の問題も無いことがせめてもの救いです.お蔭様で,私自身はお金に関しては自分の老後のことだけを考えていれば済みます.一方,この数年間,妻と私が父に費やしている時間と労力はかなりのもので,しかも施設に入れたからと言って,決して手離れが良いわけではないことは,身に沁みて良くわかりました.

皆さん方の中にも同じような悩みをお抱えの方がいらっしゃるかもしれませんが,自分だけで抱え込まずに,ケアマネージャや民生委員などに助けを求めながら,決して自分の人生を犠牲にしたりしないよう強くお勧めします.


さて,私は昨年秋の誕生日で62歳に達しました.引き続き契約社員として現役時代と同じような仕事をしていますが,もう職制上の権限は持っていないため,あくまで助言者,支援者という立場でしか仕事を進めることができません.交渉のフロントに立って海外出張に行くことも無くなりました.さらに,重要な会議への出席の声も掛からなくなってきたので,このまま会社に居座って老害をまき散らす前に,この辺で引退しようと思うようになりました.

また,体と頭が元気なうちにやっておきたい事や,新たに取り組んでみたい事もあるので,60代前半での引退はむしろ望ましいとも言えます.心配なのは経済面ですが,62歳になったことで,厚生年金報酬比例部分の受給資格を得ることができました.企業年金確定拠出年金はすでに受給しているのですが,まだしばらくの間はもらえるので,60代前半で引退したほうが,健康寿命と生活資金のバランスは良いのではないかと思います.このバランスのとり方の悩みは,昨年の年始の挨拶でも言及した通りですが,来年の今頃,どういう状況になっているのか再びご報告したいと思いますので,乞うご期待.

会社を辞めたあと当面は独立系コンサルタントの看板を掲げ,流体力学,熱工学,蓄電池,自動車電動化などを専門分野として,技術評価,事業戦略,事業開発,新規投資や M&A の際の技術 Due Diligence などのアドバイザやコンサルタントを務めたいと思っていますが,そもそも仕事を取りに行く手立てがないので,おそらく開店休業状態になると思っています.かろうじて LinkedIn には登録しているので,そこから仕事にありつけることはあるかもしれません.今のところ,私の得意分野では北京や上海での求人ばかりがヒットしますが.何かお役に立てそうな話があれば,ぜひご連絡ください.

これからは時間には余裕ができるだろうと思いますので,まずは趣味の写真や野山歩きにたっぷり時間を使い,さらに学生の頃に挫折した数学や物理学のいくつかの分野を学び直したいと考えています.熱力学統計力学量子力学相対性理論などです.さらに時間とやる気が残っていれば,楽器を何か一つやってみたい.フラットマンドリンブルーグラスを弾くのが希望なのですが,田舎の当地には教室も無さそうなので,どうしたものかと思案中です.


昨年は PC のハードウェアに関しては変化はありませんでした.しかし,FreeNAS を導入して NAS として運用中だったマシンが,どうした事か HDD のトラブルにより運用できなくなってしまいました.ハードウェアは震災直後に物色して購入したものだったので十分に古く,パーツを更新して組み直すことも真剣に考えたのですが,メモリーが高騰している今の状況では,メモリーをバカ食いする ZFS がデフォルトのファイルシステムとなっている FreeNAS はいかにもコストパフォーマンスが悪い.FreeNAS は年末近くになってようやく待望の 11.1 がリリースされ,これをどう使いこなしていこうかと待ち焦がれていたものだったのですが,このトラブルで FreeNAS 運用機運は一気に萎んでしまいました.

代わりに,NAS box に興味がわき始めました.NAS box の利点は,ファイル共有の基本機能以外にも様々なユーティリティを簡単に導入することができて,高度なことができる割には運用が楽な点.目を付けたのは Synology の 918+ というマシンです.これにメモリーを増設すれば, FreeNAS で目指していたレベルのハードウェア,ソフトウェアが簡単に構築できそうです.ファイルシステムは ZFS ではないにしろ,それに近いレベルの Btrfs が使えます.Btrfs の安定性や評判には不安が残りますが,春になって新しい OS DSM 6.2 が正式リリースされたら,思い切って買ってしまうかもしれません.


自作ソフトの辞書参照型ソーティングフィルタ Refsort/Ruby については変化を起こしつつあります.これまで,全く自己流のつぎはぎのコードでどうにか動かしていたのですが,Ruby のクラスやメソッド,さらに例外処理の作法を学び直し,Ruby らしい,見通しが良く保守がしやすいコードへの書き直しを進めています.自作クラスやメソッドを多用すると速度が落ちることが分かっているので,少しずつ様子を見ながらですが改良中です.仕事を辞めて時間が取れるようになったら,今年中に刷新版に目鼻を付けたいと思っています.

一方これと並行して,鳥類分類体系の一つ IOC List を Refsort/Ruby の辞書ファイルにコンパイルする作業も継続しています.こちらは IOC 側にちょっとした変化がありました.これまで年4回という大変高頻度の改訂を続けていたのですが,昨年秋からは年2回に頻度を落とすとアナウンスされました.これで今後のコンパイル作業がだいぶ楽になると期待しています.

また,他の有力な鳥類分類体系との統合の議論が今年の IOC 総会から始まるようで,これが実現すると鳥類分類体系の世界が大きく変わる可能性があります.これは今年の重要な注目点です.この動きに日本鳥学会がついて行けるか,ちょっと心配.すでに現在の IOC List と日本鳥類目録との間の乖離は大きくなりつつあります.


昨年春に,PENTAX から一昨年発売された 35mm フルサイズのデジタル一眼レフ K-1 を思い切って購入しました.古い APS-C のボディとレンズを売却して資金の一部に充てました.中級クラスの標準ズームレンズも合わせて購入して慣らし運転中です.最初の感想は,重い!ということに尽きます.長時間カメラを構えてファインダーを覗いていると,だんだん左手首が疲れてきます.

出てくる絵は申し分ありません.画素サイズが大きいためだと思うのですが,ノイズの少ない余裕のある階調を楽しむことができます.特に,これまで APS-C サイズのカメラに取り付けて使用していた FA Limited レンズ群を,本来の画角で使うことができるのは非常に大きな喜びです.FA Limited の世界観とでも言うべきものがあるのですが,それがフルサイズのデジタル一眼レフで継続できることは素晴らしい.中でも FA 77mm を取り付けたときの機動性と画質には目を見張るものがあります.とろけるようなボケの美しさと立体感はまさに絶品.「誰でもプロのような写真が撮れてしまう反則レンズ」という口上は嘘ではありません.

K-1 で唯一気になるのは,以前からの PENTAX の癖なのですが,露出制御が保守的すぎる,特に空を入れて撮影する場合にローキーになり過ぎる,という点です.これはファームウェアを書き換えれば直せるはずのものですが,K-3 あたりで解消された欠点だと思っていたものが K-1 になって再び出てきたので,アレ?と思っているところです.

いずれにせよ,私の写真は当分はこの K-1 でいきます.遠出の旅行するときにはもうちょっと軽めの機材が欲しいのですが,これは現在なかなか選択が難しい.PENTAX が APS-C ミラーレス一眼を出してくれれば良いのですが,そうでなければ,Fuji Film の X-E3 や,Canon の超軽量な APS-C である G1 X Mark III には興味があります.でも,どの機種の EVF もまだまだ見にくいですね.まるで昔のファミコンの画面を覗いているよう.早く1,000万画素クラスの EVF が出てこないものかと思います.このため,なかなか一眼レフから離れられません.

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2017/01/01

謹賀新年2017

Happynewyear2017

皆様,明けましておめでとうございます.本年も皆様にとって良い年でありますように,お祈り申し上げます.例年通り,昨年一年を振り返り,今年の展望について思うところを述べさせていただきたいと思います.

さて,昨年は私にとって災厄の年だったと言ってよいと思いますが,振り返ってみましょう.

まずはお正月です.母親が亡くなった後,高齢の父親は自分で身の回りの世話ができなくなりつつあるにも関わらず,独り暮らしを主張して施設に入るのを拒否していました.しかも,一昨年の秋に自転車で転んで骨折,入院して手術を受けた後だったので,お正月くらいはと思って私が帰省して父と二人でお正月をやることにしたのです.

おせちを近所の大型スーパーにインターネットで頼んでおいたのですが,お雑煮くらいは自分で作らないとお正月にならないと思い,12月に入ってから自宅で2回くらい作り方の練習をしました.

年末,帰省してみると,案の定冷蔵庫の中は汚れており,賞味期限を数か月も過ぎた食材が大量に残っていて整理するのに苦労しましたが,大晦日まる一日をかけて,何とかお正月の準備が完了です.夕方おせちを受け取りに行き,夜は親戚から届いた牛肉ですき焼き.一日中炊事や汚れていた台所の整理をしていた感があります.

元旦,前日に取っておいた一番だしを使ってお雑煮を作ります.自宅で練習してきた甲斐があってまあまあの出来.母親のお雑煮の味に近いものができたと思います.お雑煮を食べた後は父親と二人でおせちのお重をつつきます.

初詣に行ったり墓参りをしたりしてお正月の二日間はあっという間に終了.私が帰った後2,3日分のおかずになるように,鍋いっぱいの筑前煮を仕込んで疲れた体で帰りました.

と,ここまではまだ良かったのです.本番は熊本で地震が起きてからでした.

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4月中旬,桜の花が終わったころ,熊本で地震が起きたというニュースを聞いて慌てて電話してみると,瓦が落ちたり家の中のものが倒れたりしているようです.とりあえず近くの避難所に行くように伝えます.翌日夜にさらに強い地震が起きて,これで瓦がさらに落ち,壁もひびが入って雨漏りがするようになってしまいました.父親は避難所から家に通って片付けなどをしていたようですが,私の妹が電話で知り合いの不動産屋に手配して,屋根にシートをかけてもらうことにしました.

しかし高齢者が一人で長期の避難所暮らしをするのは無理だと判断し,数日後に運航が再開された飛行機で家人が熊本に飛び,通院していた病院に診断書を書いてもらったり,近所へ事情を説明したりしながら,必要最低限の荷物をまとめて私の家まで連れて帰ってきました.余震が続く中,半壊状態の家に寝泊まりしながら良くやってくれたと思います.

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もともと脳梗塞の後遺症で短期記憶が非常に衰え,さらに見当識障害も散見される状態だったので,急に環境が変わるとどうなるか心配でした.しかし時間はかかりましたが,我が家の間取りや周辺の様子に慣れ,新しい病院やデイサービスに通うようになり,次第に当地での生活に慣れていきました.途中記憶が混乱して取り乱すことがあったりしましたが,今はどうにか落ち着いています.この間,私たち夫婦の生活は一変し,特に家人への負担は今でも続いているので,いずれ対策が必要だと考えています.

私のほうは,熊本市の被災者に対する各種支援制度・施策の情報を集め,何通も申請書を取り寄せては書き,熊本の銀行の一つだけある東京支店に何度も通って,保険金,各種税金や医療費の減免の手続きを行い,さらに見舞金・義援金などを受け取れるように努めました.

妹のほうは不動産屋に依頼して罹災証明の申請を行ったり,自宅以外の壊れた不動産の修理を手配したりしていました.半壊以上の建物は市の費用で取り壊してくれることになったのですが,その前に荷物を運び出さなければなりません.秋になってからですが,まず妹が帰省し,親戚に手伝ってもらいながら実家の大半の荷物を整理・処分してくれました.その後晩秋のころに私が帰省し,残った荷物の整理と処分を行い,家の中を空っぽにしてきました.取り壊し自体はまだだいぶ先になるようですが,これで最も頭が痛かった実家の整理はほぼ完了しました.

今後は父親の住民票を移し,あちこちと住所変更の手続きをすることが残っています.さらに最終的には,父親を介護施設に入れることも考えなければなりません.まだ二仕事くらい残っているという感じです.こんなわけで,地震がきっかけとなって実家の整理まで行うことになったのですが,いずれやらなければならなかった事も多く,一度に集中してできてかえって良かった面もありました.

今回改めて思ったのは,日本はどこに住んでいても自然災害から逃れられないこと,しかし日ごろの備えをしっかりしておけば,被害を最小限に食い止め,復旧にも支障が少ないことです.残念ながら熊本は行政も住民もここ数百年の間大地震の記憶が無く,そのためにこの地域には大きな地震は来ないものと高を括っていたフシがあります.地震への備えも首都圏に比べると非常に手薄でした.これを教訓に,全く歴史的記憶のないところであっても,地震への備えを行うことが必要だとしみじみと感じました.

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さて,一昨年に還暦を迎え,昨年61歳に達しました.引き続きシニア社員として少なめの給料で現役時代と全く同じ仕事をしています.昨年は 同一労働同一賃金 が政策イニシアティブとして脚光を浴びた最初の年ではないかと思いますが,定年を迎えたというだけで労働内容は変わらないのに賃金だけがドンと落ちるという今の制度は,明らかに年齢による差別で,今日の欧米では見られないものです.これはおそらく,学校卒業と同時に始まる一斉採用,年次人事とセットになった日本の悪しき慣行で,戦前の国民総動員体制が始まったころから,軍の人事制度を見習って始まったのではないかと想像しています.

仕事の中身に関して言うと,ここ2年ほど取り組んでいた仕事がようやく実を結び,昨年末に一つの区切りを付けることができました.まだ残務は残っていますが,いずれも他人に引き継ぐべきものですので,私の役割は収束です.非常に疲れる厳しい場面もありましたが,いろいろと新しい経験もできて,今は非常に満足しています.

今年は秋になると62歳を迎え,厚生年金のうち報酬比例部分というものがもらえるようになります.その後,いつまで会社勤めを続けるのか,悩み始めています.経済的な安心感を得るためには,出来るだけ長く働き続け,老後の資金を貯めておくのが望ましいのですが,そうすると元気なうちに老後を楽しむ時間がその分減ってしまうというジレンマがあります.どのあたりでバランスをとって見切るのかが難しいところ.来年の今頃はどうしているでしょうか?


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昨年も海外出張は多めでした.まず2月には久しぶりに台湾を訪れ,初めて新幹線に乗って台南まで足を延ばしました.3月には台北を訪れましたが,気づいたのは,10年位前に比べるとやたらと日本語の看板が増えていたこと.日本人観光客が増えたというよりは,日本の流通や外食産業が台湾に進出し,それらが台湾の人たちにも受け入れられているということだと思います.台湾で日本のラーメンや牛丼が流行るとは思ってもみませんでしたが,これは東南アジア全体について言えることなのかもしれません.

欧州にも何度か行きました.特定の仕事の継続で,毎回ほとんど同じ場所に行くだけになっていたのでやや飽きてきましたが,相変わらずワインと食べ物は素晴らしく,それだけが楽しみで時差に苦しみながらも長時間のフライトに耐えてきたというのが本音です.

アメリカには一度だけ行きましたが,ちょうど大統領選挙の投票日の夕方に入国.ホテルの部屋でテレビを見ていると,夜通し開票速報をやっていて,トランプ氏がどんどん接戦州を獲っていくのを見てあっけにとられ,こりゃあ大変なことになったなと思わざるを得ませんでした.テレビのコメンテータたちも皆ばつが悪そうな感じで開票結果を分析していました.アメリカのインテリたちが総じて敗北感を味わった一日だったのではないでしょうか?


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昨年は,久々にPCのハードウェアを総入れ替えし,かつバックアップ体制を抜本的に変えようと試行錯誤を開始した年です.Windows 10 に関しては,無料アップグレード期間が終わるひと月ほど前に,満を持して刷新したハードウェアにクリーンインストールし,さらに夏には Redstone 1 と呼ばれる大型アップデートを適用して今に至っています.

Windows 10 は歴代の Windows の中では突出した安定性を誇る素晴らしい OS だと思いますが,Windows 8 で失敗作ながら導入された新しい UI は,Windows 10 になっても相変わらず耐え難く使いづらいので,Classic Shell と呼ばれるフリーソフトを導入して,Windows 7 と同じ UI にして使っています.これがめっぽう使いやすいので,Windows 8.1 の頃から愛用しています.

昨年4月に Windows Home Server 2011 のサポートが打ち切られたので,それまでユーザデータとシステムイメージの自動バックアップに使ってきた WHS 2011 を廃止し,同じハードウェアにフリーの NAS OS である FreeNAS をインストールして試行錯誤しています.ZFS という最新・最強のファイルシステムが売りなのですが,そのために大量のメモリを要求するのが玉に瑕.しかもバックアップの自動化にはいろいろと設定が必要なようで,自動化にはいまだに二の足を踏んでいます.


昨年は PENTAX から長年待たれていたフルサイズのデジタル一眼レフ K1 が遂に発売されました.評判も上々なので,K3 を愛用中かつレンズ資産もそれなりにある私としては食指が動いているところなのですが,フルサイズ用レンズのラインナップがまだまだ貧弱で,フィルムカメラ時代の固定焦点レンズでは少々役不足.レンズが揃う頃には自分も仕事も辞めて写真を撮る時間もできているだろうと,酸っぱい葡萄状態となっています.


今年も結構長文になってしまいました.昨年も天変地異や世界的なポピュリズムの台頭など,大きな出来事が続きました.世の中はなかなか平安という具合にはいきませんが,今年もどうにかこうにかやっていこうと思っています.皆様も健康第一で一年をお過ごしください.

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2016/05/28

個人番号カードで印鑑証明

以前このブログで個人番号カードを取得したことをお伝えしましたが,ようやくカードの出番がやってきました.ある手続きのために印鑑証明を取得する必要が出てきたのですが,このカードがあれば,従来のように居住地の市役所などに出かける必要はなく,全国のコンビニで取得することができます.

私は,居住地とは異なる市の駅前のローソンでやってみました.まず店内のコピー機のところに行きます.画面のメニューに “行政手続き書類” などというメニューがあるので,それをタッチ.さらに “印鑑証明” を選択し,それからコピー機の所定の場所に個人番号カードを置きます.非接触通信で情報のやり取りをするようです.暗証番号の入力を求められるので入力.印刷前には料金を入れるよう指示されます.印鑑証明は一通150円.安いです.お金を入れると,印鑑証明書がコピー機から出てきます.さらに領収書が出てきて一連の操作は終わりです.

画面をタッチしてから次の操作の画面に移るまでが間延びしており,これは通信や認証に時間がかかっているためと思われますが,あまりサクサクと動く感じではありません.コピー機が混んでいるときにはちょっとやりにくい感じです.しかしどこのコンビニでも証明書を引き出せる利便性は非常に高く,料金が低廉であることもあって,もう市役所に行くことはないのではないか,と思えるほどです.

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2016/04/05

ノウサギ通勤

都心を遠く離れた農住混交地域に住んでいると,ちょっとしたことで自然とのふれあいを楽しむことができます.今朝の通勤途中の驚きは,なんとノウサギに出会えたこと.毎朝歩いて駅に向かう途中で,田んぼの縁を通っていく箇所があるのですが,今朝そのあたりに差し掛かると,突然,農道をジャンプしながら猛スピードで走っていく動物が見えます.色は茶色,体長は猫くらいですがもう少し横幅があります.素晴らしい跳躍力でどんどん遠ざかっていきます.

ということでこれはノウサギ.直進した後で直角に曲がって畦道にそれ,畦道の途中で走るの止めて座り込み,私のいる方を見ています.私も駅へと急ぐ途中なので,歩くのは止めずに後ろを振り返りながら確認.しばらく畦道に座っていました.

実は,我が家の居間の窓から2, 3mほど離れた土手の草むらの中を歩くノウサギを見たことはありますし,近所の畑の土の上にはごく普通にノウサギの足跡はついているので,このあたりに住んでいることは以前からわかっていたのです.しかし今朝のように開けた場所であのようにジャンプして走る姿を見るのは初めてです.

この通勤路では,冬の日の出前の薄暗い時間帯にハクビシンが足元を通り過ぎる経験を何度もしているのですが,ノウサギは初めてです.冬の寒い時期にはキジツグミシロハラなどを見ながら歩いていたのですが,5月になると今度はホトトギスオオヨシキリを聞きながらの通勤になります.

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2016/03/27

個人番号カードの貧相さに驚く

昨年11月に申し込み,先週ようやく受け取り案内が来ていたので,昨日遠くにある市役所にはるばる出かけて個人番号カードを受け取ってきました.

渡されたカードを見てびっくり.なんと貧相なカードなのでしょう!まず何と言っても,文字が小さく非常に読みにくい.そもそも文字色が純黒ではなくグレイであるうえに,カード全体に偽造を防止するためか多色刷りのテクスチャが濃い目に印刷されているので,文字やQRコードのコントラストが低い.特に,最も肝心な個人情報の部分は,わざわざ濃いグレイの背景色になっているので,なおさら読みにくい.実際のカードの画像は上のリンクから見ることができます.

必要な情報や証明書は全て電子化されてデータセンターやカード内部に保存されているのですよ,したがってカード表面の情報やデザインは単なる飾りでしかないのですよ,と言われるような気がするのですが,それでも,このカードは身分証明書として使用できるという触れ込みなので,それならもうちょっと見栄えのするカードデザインにできなかったのかと,行政当局やこの仕事を受注した企業のセンスを無さを嘆かざるをえません.そのへんの会社の社員証よりもずっとダサいです.

このカードの有効期限は10年,内部の電子証明書の有効期限は5年です.私のような感想を持つ人は多いと思うので,10年後を目途にもっとましなデザインのカードに置き換えられていくことを希望しますが,それには巨額の費用が掛かると言われて話が進まなくなりがちだなぁ.

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2016/01/01

謹賀新年2016

Nenga2016

皆様,明けましておめでとうございます.本年も皆様にとって良い年でありますように,お祈り申し上げます.例年通り,昨年一年を振り返り,今年の展望について思うところを述べさせていただきたいと思います.

昨年のハイライトは,何といっても還暦を迎え,会社を定年退職したことです.還暦については,十干十二支の最小公倍数で60という数が決まっていますので,この年齢基準ははこれからも永く変わらず続くと思うのですが,昔の還暦と今の還暦はだいぶ意味が違うように思います.昔の平均余命からすると,還暦というものは,よくここまで生き永らえましたね,お疲れさまでした,もうそろそろ棺桶に片足を突っ込むような年齢になったので,よくよく注意しましょう,という意味合いが強かったと思います.しかし現在の還暦は,これでようやく世知辛い仕事から解放され,長い余命を楽しめるようになって良かったですね,という意味合いのほうが強いのではないでしょうか?

実際,私自身,定年退職に引き続いてシニア社員として再雇用され,それまでと全く同じように働き続けていますし,働くのを止めたとしても,それから長い “老後” というものが待っています.私の同僚や同級生を見渡しても,60歳というのはまだまだ若々しくて健康そのもの,まだ10年程度は現役で働けそうな感じです.

ところが,収入面では定年前後には大きな断絶があります.私の場合は,シニア社員としての給料は現役時代の数分の一に激減.残業手当は出るようになったものの,これまでのような金銭感覚ではやっていけません.幸い,会社の退職金の一部を年金で受け取る企業年金基金という制度があるため,これを活用して直ちに少額の年金をもらい始めました.また10年以上積み立てながら運用してきた確定拠出年金も60歳から受け取り可能なので,これも受給を始めることにしました.さらに雇用保険制度からも,再雇用後の給料の激減緩和の一助として少額の給付を受けられることになりました.

あと2年経って62歳になれば,厚生年金報酬比例部分の給付を受けられるようになりますが,本来の老齢厚生年金は65歳にならないと給付されないので,それまでは安月給のシニア社員として働きながら,一方で雑多な有期の年金をかき集めながら,なんとかやっていくしかありません.

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しかし,本当に大切なことは何といっても健康でしょう.定年後にいくら経済的に楽ができたとしても,健康を損なってしまっては何にもなりません.これからは健康であることを第一に,質素で平凡ながらも自ら意義を見出せる生き方をしていきたいものです.

実は,昨年9月の定期健康診断で便潜血検査が陽性でした.これは消化器系の何らかの不具合を意味し,最悪の場合は大腸がんなどの疾患を覚悟しなければなりません.大慌てで付き合いのある専門病院大腸内視鏡検査の予約を行い,2か月もの順番待ちを経て10数年ぶりに検査を行いました.結果は完全なシロ.この病院の腕は日本でもトップクラス(だから10数年前も見てもらったのですが),内視鏡の盲腸到達は当たり前で,小腸の出口20㎝あたり(回腸というそうです)まで覗き込むことができたのですが,全く何の病変もないということで無罪放免となり,ほっと胸をなでおろしたところです.

実はこの直後に職場の知り合いが大腸がんの一種で亡くなりました.皆さん,定期的に内視鏡検査を受けましょう.下剤を飲むのはつらいですが,死ぬよりははるかにましです.


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昨年も海外出張に出かけることが多く,特に正月明けにアメリカのド田舎を一週間ほどドサ回りしたときは疲れました.まず異常気象なのか非常に寒い.最も寒いときは最低気温が-20度ほどまで下がりました.日中も-10度程度にしか上がりません.

行程も過酷なものです.朝ホテルを出て車に乗って現場に行き,歩き回った後で会議をやって,サンドイッチの昼食を食べて再び車に乗り空港から次の場所へ移動します.その間,空港でビールとファーストフードの夕食.夜遅くホテルに着いてベッドに入り,翌朝からまた同じことの繰り返しです.寒い屋外を歩き回る必要もあり,時差から来る疲れもあって,今までで最もきつかった出張の一つです.殺伐としたアメリカ大陸のど真ん中を移動して回ったので,文化的な匂いのするものにはついにありつけず,最終日にインディのダウンタウンのレストランで食べた 熟成肉のステーキ が唯一のご馳走.こんな調子なので,欧州への出張に比べると明らかに意欲が下がります.

6月には Dallas にも行きましたが,ここでは何と空港内のホテルに2泊してホテル内で会議.距離の離れたダウンタウンに繰り出すゆとりはありませんでした.こんなに味気ない出張は初めて.近くの Grapevine という観光地らしきところには行ってみたのですが,まあ,そこは歴史や文化の蓄積の無さがもろに出て,けっこう頑張っているんだけどまだ残念という感じのところ.あと100年くらいすると良くなるかもしれません.

それに比べると欧州は別世界です.11月に北イタリアを訪れたのですが,高速道路の両側には延々とブドウ畑が続いています.ほど良く朽ちた煉瓦造りのワイナリーも沿道にちらほら.ちょうど紅葉・黄葉の季節で,ブドウの木もきれいに色づいていて美しい景色.ところがよく見てみると,畑の小さな区画ごとに紅葉の色や葉の散りかたが異なっており,斜面全体がパッチワークのようになって見えます.推測するに,これは区画ごとに異なる品種のブドウが植えられているからでしょう.イタリアワインはブドウの品種が非常に多いのが特徴で,覚えきれないくらいの品種があるのですが,それが畑の紅葉の景色にも反映されているようなのです.これには感激.車を降りた後で飲んだ数本のワインがより味わい深くなったことは言うまでもありません.デザートで食べたパンナ・コッタも絶品でした.


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一昨年母を亡くしたことは昨年の新年の挨拶に書いたとおりですが,その後,高齢の父は一人で暮らし続けています.その父が昨年秋に自転車で転んで骨折して入院,手術をして2か月近くも入院する羽目になってしまいました.一人暮らしなので,私が連絡を受けたのは事故の日の夕方,ケアマネジャーのかたから携帯電話に連絡を受けて入院を知りました.

きっと取るものもとりあえず入院したに違いないので,誰かが帰省して面倒を見なければなりません.あいにく都合がつくのは私一人だけだったので,定年直前の微妙な時期ではあったのですが,1週間丸々仕事を休んで父の入院と手術に付き合いました.洗濯した衣類や身の回りの物をあれこれと繰り返し病院に運んだり,医師や看護士と相談したりして手術日を迎えました.また,転んだときに至近の医院に連れて行ってくれたかたを探してお礼をしたり,応急処置をしてくれたかかりつけのお医者さんへの挨拶も私が一人で行いました.

幸い手術そのものは大変順調に完了し,翌日からリハビリが始まります.予後とリハビリが順調に進んでいることを確認して現地を発って戻ってきました.

それから1か月半ほど経って退院するときにも私が帰省して父を手伝いました.退院そのものはホテルをチェックアウトするのと同じであっけないものですが,それから介護用ベッドを買いに行ったり,ちゃんと一人で日常生活を再開できることを確認したり,今後の生活支援についてケアマネージャと打ち合わせたり,父が入院中にたまたま不幸があった親戚への挨拶に付き合ったりして戻ってきました.

父は施設に入ることを嫌がり,一人でできるうちは一人で暮らしていきたいと強く主張してきました.今回,転んで骨折するという事故を起こしたので,隔地に住む子供としては,どこか施設に入ってもらいたいとは思うのですが,父の一人暮らしをしたいという気持ちは強く,また,施設に入ってあれこれ面倒を見てもらえると,かえって認知症や体の老化が進むのではないかという心配も捨てきれません.父の言っていることは一面わがままではありますが,人間誰しも自立して尊厳を保って生きていきたいと考えることは当然ですし,周囲もその原則を尊重すべきではないかとも思えるわけで,これは私にとってはなかなか深い悩みです.本当にいざというとき,孤独死してもよいという本人と家族の覚悟ができていれば,父の主張に反論する必要はありません.ある種の保険として,十分ではないにせよ,週2回のお掃除のヘルパーさんの訪問と週1回の通所デイサービスを続けているので,長期間放置されることもありません.


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昨年は,春に自宅のネットワーク環境を更新しました.まず光アクセス回線を高速化して,公称 1Gbps のフレッツ光ネクストにアップグレード.毎月500円料金が上がるのですが,インターネットサービスプロバイダとのセットにすると,合計では逆に500円安くなるという料金体系になっているため,これを活用しました.また高速化とともに IPv6 サービスも利用可能にしました.これは追加料金無料.さらに無線LANルータを最新のものに買い替えました.

夏には,これまで10年以上契約してきた au の携帯電話サービスを解約し,新たに OCNMVNO サービスいわゆる格安 SIM に乗換えました.電話機そのものは,貯まっていた家電量販店のポイントで,中国製の安めのスマートフォンを購入して使い始めました.一月後に家人も同じようにスマートフォンに乗換え.現在ではこれまでずっとそうだったかのようにスマートフォンを使っています.

私たちのような使い方では 2GB/月も使わないので,料金プランは最低額のもので十分.これまでガラケーを最低額の料金プランで使ってきたので,夫婦合わせて2,500円/月程度だったものが,3,500円/月程度に上がる程度で済みました.定年後の暮らしに合ったつつましさです.

昨年は Windows 10 がリリースされ,私の PC でもログインするたびに Window 10 にアップグレードしましょうというバナーが勝手にポップアップされるのですが,無料アップグレードの期限はまだ半年以上あるので,Windows 10 の機能や使い勝手がもう少しこなれ,また PC パーツの価格がもう少し落ち着いたらハードウェアごとアップグレードしようと思っています.

通勤時の読書用に一昨年購入した Kindle Voyage は愛用中です.現在は塩野七生さんの大著 “ローマ人の物語” を愛読中.ようやく五賢帝の時代に差し掛かったところです.


今年も結構長文になってしまいました.昨年も天変地異や大規模なテロなど,大きな出来事が続きました.世の中はなかなか平安という具合にはいきませんが,今年もどうにかこうにかやっていこうと思っています.皆様も健康第一で一年をお過ごしください.

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2014/01/01

謹賀新年 2014

新年明けましておめでとうございます.寒い毎日が続いていますが皆様お元気でお過ごしでしょうか?例年通り昨年一年を振り返り,今年の展望を書いてみたいと思います.

日本全体としては,景気の回復が続き,それに伴って物価がじわじわと上がり,その割には収入はなかなか増えない,という一年だったと思います.景気の回復は株価為替相場で顕著でした.株でだいぶ儲けた人たちがいる反面,投資に回すお金の余裕のない人たちにとっては,物価だけが上がり銀行の金利もほとんどゼロのまま,という好ましくない状態が続いた一年とも言えます.さらに消費税増税が待っているので気が抜けません.

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円安は日本全体としては国際収支の赤字を招きます.なぜならば,輸出品の収支が好転する以上に,輸入するエネルギーや原材料や工業製品の価格が上がり,それらを差し引きすると収支は悪化するということが明らかになっているからです.最大の原因は莫大な量を輸入している原油・天然ガスの輸入価格の上昇でしょうが,それ以外にもスマートフォンなどの電子機器から食料品まで,実に多くのものを私たちは輸入しており,その価格が上昇して輸出入の収支が赤字に傾いているのです.

この議論は原発の再稼働の論拠として語られることが多いのですが,原発の再稼働はエネルギー戦略の一部として議論されるべきであって,国際収支を改善するために原発を再稼働させるという論理は屁理屈以外の何ものでもありません.

会社の仕事を通じて感じることは,景気が回復してきたとはいってもそれは円安効果で輸出産業が一息つくことが出来たという程度のことです.この程度の円安では製造業が海外に移転していく勢いを止めることはできません.なにしろ日本は伸びる市場ではなく縮む市場なので,そのような市場に新たに立地することは愚かな選択です.企業の戦略としては,たとえリスクはあろうとも伸びる市場に出ていかざるを得ません.

これに伴って個人の仕事の口も海外に求めるのが自然です.大卒新人の就職活動の悲喜こもごもが語られるようになって20年ほど経つのですが,そもそも日本国内に就職しようという発想が戦略的誤りです.もっと間口を広く,職を世界に求めるのが戦略的には正解.そのために必要なスキルを大学4年間で身につけるべきです.

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ヨーロッパではすでに30年以上前から,アジアでも10年ほど前から顕著なのですが,若者の出身地と就業地は異なるのが普通です.私が80年代後半にフランスの企業で勤務していたときの同僚は,フランス人が大部分ではあるものの,アメリカ人やドイツ人,中にはポーランド人やベトナム人,はたまたロシア系のユダヤ人などもいて国籍は豊かでした.10年ほど前にシンガポール政府のある部門で働く中国系の若くて優秀な女性は,良く話を聞いてみると台湾の出身でした.このようなヘテロジニアスな人材ポートフォリオが高級人材の世界ではすでに当たり前になっているのに,日本だけが日本人のそれも男性中心のモノカルチャーの人材構成になっているのは異様でおぞましいことです.

日本国内に職を求め続けることは小さくなっていくパイの取り合い合戦に参加することであり,(相対的に)低い報酬や劣悪な労働条件などに甘んじなければならないことを意味します.しかも私のような間もなく定年を迎える高齢者とも職を奪い合わなければなりません.私から今の大学生に言えることは,世界の同世代の若者との競争に伍していけるだけの知識,語学,価値観,そして生きる力を身につけておいてほしい,ということです.


この一年間は私にとってはそれまでのように大きな変化はなかったものの,一時期ほどではないにせよ海外出張が増え,週末に自宅で仕事のメールを読み書きする時間も増え,さらに通勤時間がもともと長いということもあり,仕事中心の生活を送っているのは相変わらずです.まあ,こういう生活もあと数年のことなので,せめて悔いを残さないようにと思ってやっています.しかし自分のためのまとまった時間が週末であってもなかなか取れないのはつらいものがあります.

長い通勤時間をどうやって過ごすか,中距離電車の常連たちは皆それぞれ工夫を凝らしています.以前は新聞をバサバサと音を立てて読むか,文庫本や単行本をじっと読むという人が多かったのですが,ここ一年で急速に増えたのはスマートフォンやタブレット端末を凝視している人たちです.確かに優れた端末が増えましたし新聞の電子版や電子ブックのコンテンツも充実してきたので,電車の中でまとまった時間を過ごすには良いやり方だと思います.ゲームに熱中している人も多いのですがね,実際は.

私自身も軽くて小さめの電子ブックリーダを物色中です.Amazon の Kindle Paperwhite 3G という 電子ペーパーの端末を買おうと思っているのですが,人気に供給が追い付かないらしく,注文しても2,3か月待ちという状態が続いているため,実際に買うのはだいぶ先のことになりそうです.

またコンテンツもまだまだ貧弱です.新聞や雑誌の書評で読みたいと思う本に出くわしても,それが電子出版されている確率はあまり高くありません.私が若いころ,音楽 CD が初めて世に出たときはコンテンツの充実にさほど時間はかからなかったと思うのですが,電子出版は利益配分が出版社寄りになっていないため,出版社側には電子化の動機が薄弱なのが普及が遅い原因ではないかと思っています.

いずれにせよ,執筆-編集-組版という流れがすべて電子化されれば,非常に速く効率の良い出版が可能になるので,その流れが加速されることを希望します.電子出版と言えども,基本的にはグーテンベルク以来の活字組版印刷の文化がそのまま媒体を乗り換えて存続するので,編集者や組版・印刷職人たちの仕事の価値が損なわれることはありませんし,作業に携わる人たちと読者との距離はより近づくのではないかと期待しています.


昨年は一昨年と同様,体の不調を感じることが増えました.アルコールにはますます弱くなってきました.ワインを楽しむにしても量は大幅に減らしています.ウイスキーなどのハード・リカーを飲むことはもうほとんど無くなりました.代わって,特に今は寒いからなのですが,熱燗の日本酒を飲むことが増えました.熱燗をちびちびやりながらおいしい肴をつまむのはお腹にも良さそうで,これだとアルコールでお腹を下すこともありません.

膝の痛みも相変わらずです.だましだましで付き合っているのですが,もう全力で走ったり,階段を駆け下りるということはできなくなりました.これは悲しいことですね.駅やビルの中ではできるだけエレベータやエスカレータのお世話になるように努めて膝をいたわるようにしています.

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つい2週間ほど前,アメリカから長時間のフライトで帰国するとき,エコノミークラス症候群と思われる症状に見舞われました.左のふくらはぎが激しく痛むのです.その時はさほど気にしなかったのですが,帰宅した翌日,ふくらはぎが痛くて階段を降りるのに一苦労します.ひょっとすると血栓ができてそれが悪さをしている可能性があります.これが肺や心臓や脳の血管に詰まるとこれはえらいことになるので,軽々しく済ますことはできません.その後2週間ほど経った今でも,ふくらはぎの一部にひきつるような痛みが残っています.あのような長時間のフライトでこのような事が起きたのですから,これは労災ではないかと思うのですが,実際どのように扱われるのでしょうね?次回からはできるだけビジネスクラスに乗りたいと思います.

全体としては順調に老化が進んできてはいますが,まだ長時間通勤と日々の労働には耐えていられる段階,と言うべきでしょうか.あんまり耐えていたくもないので,早々にこのような状況から抜け出せるようありたいものだと思っています.


この一年間,趣味の写真は低調そのものでした.週末を使って遠方の実家に帰省する必要が増えて自由時間が少なめだったこと,週末のお天気が不順なことが多かったこと,そして実はこれが本当の原因だと思うのですが,週末は疲れて休んでいたいと思うことが多く,写真を撮りに出かける意欲が減退していた,という事だろうと思います.

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年末にカメラを新調しましたので少し創作意欲が湧いてきました.今年は昨年の遅れを挽回すべく創作に精を出したいと思います.ひざが痛むので長時間の街歩きは難しいのですが,その分,日ごろのロケハンと被写体を選び切り取るセンスを磨けば,まだまだ頑張れるのではないかと勝手に思っている次第です.


これまで4年間ほど使ってきたパソコンの中身を新調しようと思っているのですが,慣れ親しんだ Windows 7 を再インストールするか,それとも最新の Windows 8.1 をインストールすべきかで考えがまとまらず,結局年末の買い物リストからパソコン・パーツを落としてしまいました.円安でパーツが値上がり気味というのも意欲を萎えさせていますが,いずれにせよ消費税増税までには買い換えたいので,毎週のように WEB でパーツを物色中です.困っているのはケース.良質で小さめのケースを狙っているのですが,内部正圧で防塵フィルタの掃除がしやすくかつ横幅が 200 mm 程度というものにはなかなかお目にかかりません.現在使用中の古いケースをそのまま使い続けることになると,USB 3.0 のソケットを新たに設けるための追加パーツが必要になるので痛し痒し.しばらくは楽しみながら悩むことにしたいと思います.

また,Windows Home Server 2011 の運用を開始して1年以上が経ちました.当初思っていたほどには NAS 機能やメディアサーバ機能を使うこともなく,専ら PC の自動バックアップ機と化しています.このまま2年くらい使い続けるか,それとも来年中に FreeNAS に切り替えるか,悩ましいところです.これ以外にも Linux マシンや家人のノート PC とタブレット端末もあり,管理対象が増えてきたのでもうこれ以上は増やさないようにしようと思っているところですが,どうなりますやら.


それでは皆様,今年が良い年であることを祈っています.長いおしゃべりにお付き合いいただきまして,ありがとうございました.

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2013/01/01

恭賀新年 2013

新年明けましておめでとうございます.皆様お元気でお過ごしでしょうか?例年通り,昨年一年を振り返り,今年の展望を書いてみたいと思います.

2011年の震災以降,何かと世の中が揺れ動く振幅が大きくなってきたように思います.日本の政治もそうですし,外交や国際関係についても同様のことを感じています.これは一つには,以前のようにある特定の組織やコミュニティの中でしか共有されなかった情報が,広く世の中一般にばら撒かれるようになったために私たちがそう感じるようになった,ということなのでしょうが,しかしその反作用として,当事者たちが世論の動向に従来よりも敏感に反応するようになったということもあるでしょう.これは下手をするとポピュリズムに陥ることになるので,そのバランスが難しいところです.

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昨年は韓国や中国との領土に関する争いが目立ちました.領土に関する主張は大衆ナショナリズムに直結し,下手をすると互いの政策の選択肢を著しく狭める危うさを孕んでいます.共産党独裁国家の中国ですらネット世論を大変神経質にモニターしており,いまやその動向を無視できないと言われています.従って,日韓あるいは日中両国は,いかにして互いの大衆ナショナリズムに火を点けないかという点に関しては利害を共有できるはずであり,リアリストたちがいかに権力内部で実の取れる政策提案を行いつつ発言権を高めていけるかが鍵を握っていると言えるでしょう.

さて外交一般についてですが,リアリストを自認する私自身にとって,特に日本人は国と国との付き合いにロマンチックな幻想を抱きすぎるのではないかと感じています.韓国や中国とは,紛争や禁輸などの破綻的事態に陥ることなく通常の商取引や人の往来が出来るのであれば,無理に親近感を感じたり,ましてや親密になる必要など全く無いと思います.これはどの二国間関係についても同様ですし,ひいては自国内の別々のコミュニティ同士,隣人同士についても同じです.殴り合いの喧嘩にさえ発展しなければ,相手のことを気に入らなくても一向に構いません.互いに嫌な奴だと思いながらも妥協しながらどうにかこうにか付き合っていければそれで十分です.それが付き合いや外交というものだと思います.

付き合う相手との距離感もその時々の利害や思惑によって変えていって構いません.時には相手をけん制するために第三者と近づくことがあっても良いでしょう.外交にロマンティシズムを持ち込むと,このような戦略的な行動が取りにくくなってしまうのは言うまでもありません.外交ではあくまで戦略的利益を基準として政策が評価され優先順位づけられるべきです.このあたりの考え方は,何千年も様々な民族と権力者が去来してきた大陸の国々のほうが "生活の知恵" として根付いているように思います.

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大衆ナショナリズムは,国を愛することを自己犠牲のレベルで要求しがちなのですが,私にとっては個人と国の関係も上記同様のリアリズムの範囲でしかありません.私自身にとって戦略的利益になるのであれば,その国の国民であり続け法的な義務を果たしていきますが,そのことはその国の全てを無条件に愛することとは異なります.国は全能の神ではありませんので盲目的に愛したり追随することはできません.ここが家族やコミュニティと国とが決定的に異なるところです.

愛国心の基礎は家族愛や郷里愛です.故郷の山河がいつまでも豊かで健全な姿を保ってほしい,そして自分の家族や郷里の人たちが健やかに発展していってほしいと願うことですが,実はこれが本来の保守です.その現代的派生としての自然保護・環境保護は本質的に保守の思想ですが,これらと大衆ナショナリズムとは全く異なる思想であることは強調しておきたいと思います.


最近の日本は,経済成長著しい周辺の隣国たちとの関係性の再構築を模索している段階と言ってよいでしょう.日本が相対的に没落していくことは間違いありませんが,それがさほど悪いものにならないようにできるかどうかは私たちの戦略と行動次第です.イギリスは第二次世界大戦期にはすでに国力の衰退と経済的地位の没落を自覚していました.イギリスの戦後政治の基本思想は "いかに衰退をコントロールするか" だったそうですが,それは概ねうまく行ったのではないでしょうか?イギリスは基軸通貨だったポンドドルに明け渡し,植民地経営は放棄し,軍事力も大幅に縮小しました.国内の製造業は衰退し,一時はイギリス病と揶揄されるような状況にも陥りましたが,現在ではそれも克服され,中東のオイルマネーの中継貿易,すなわち余剰資本の金融・投資で結構うまくやっています.

日本がこれからも細やかな感性と改善精神を基盤としたモノづくりでやっていけるか良くわかりませんが,社会の発展段階の最前線に立ってしまったことは間違いなく,他にお手本が無い状況でどのように諸課題を解決していけるか,80年代の欧米諸国と同様の状況にようやく追いついたところだと感じます.私自身の見立ては,日本人がマインドセットを切り替えることが出来ればという前提付きですが,比較的楽観的です.特に今の若い人たちを見ていると希望が湧いてきます.


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さて,硬い話はこれくらいにして,私自身の一年間どうだったか振り返ってみましょう.昨年の新年の挨拶に書いた通り,昨年は年明けとともに新しい会社への通勤で幕を開けました.通勤時間が2時間もかかり,下手をするとその2時間が立ちっぱなしとなるので,とにかく肉体的にきつかったというのが偽らざるところです.長時間通勤生活では睡眠時間を確保することが重要です.それには就寝時間を早めるしかありません.従って,平日は帰宅後の自由時間はほとんど無いといっても過言ではありません.

一方,新しい職場の人たちは大変暖かく迎えてくれて,これには本当に救われました.これが無かったら精神的にもっと追い込まれていたかもしれません.仕事自体は以前からの延長線上にある内容なので,さほど違和感も感じずに始めることが出来ましたが,しかし目標と現実のギャップは大きく,それは現在に至るまで解消されてはいません.あぁきつ!

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ところがさらに,4月には別の職場への出向を命じられ,そこへの通勤も2時間.ただしこちらは若いころから馴染んだ街だったので,昔を思い出しながら馴染みの写真ギャラリーを梯子する余裕がありました.都内屈指のターミナル駅近傍なので楽しみも多くあります.そして秋にはこの職場へ転属となり,一年間の間に2回も退職金をもらう羽目になってしまいました.

さらにさらに,年末になってその職場ごと都心へ移転.ここ10年ほど馴染んだターミナル駅なので,いろいろなウラ技も知っている界隈.通勤時間も少し短くなり,少しは人間的な暮らしが戻ってきた感じがします.この職場から動くことは,たぶん,もう無いと思うので,腰を落ち着けて仕事人生の仕上げを図っていくつもりです.あと数年です.


健康はすべてに優先する,というのが私のここ10年ほどの信条なのですが,最近は体の不調を感じることが増えました.まずアルコールに弱くなってきました.以前はかなり深酒をしても翌日午後には復活していたのですが,それはもう過去の話.肝臓の前にまず胃腸をやられてしまうらしく,どうも調子がよくありません.赤ワインを楽しむ頻度も減らしてしまいました.

若いころからの持病である膝の痛みは,だましだましで付き合っているのですが,赤信号に変わりそうな横断歩道を急いで走り抜けたりすると,決まって左膝が痛み出してそのあとで後悔することの繰り返しです.もう運動らしいことはできません.

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左目の視力はいよいよ悪くなり,かなり度の強い老眼鏡をかけても補正するのが難しくなってきました.近視は手術で直る場合があるのですが,老眼はそのような方法は無いのですね.誰か発明したら,金持ちの年寄りは多いので,きっと大儲けできると思います.

昨年は尿路結石はおとなしくしていてくれて一助かり.今年もおとなしくしていてほしいものです.あいつが暴れ出すと本当に痛く苦しい.


ここ数年間,若いころに始めた写真という趣味を復活させてきたのですが,昨夏の終わりころに,新しいコンパクト・デジカメを入手.これまでの小さな撮像素子とは一線を画する比較的大型の撮像素子と,それにマッチしたレンズとが相まって,なかなか素敵な画を出してくれるので,一目惚れして買い求めたものです.

しかし,撮影に出かける機会がなかなか作れず,わずかに毎日の通勤途上で少しずつショットを重ねてはカメラの癖を勉強中です.このカメラは,光がたっぷりとある中遠景では非常に良い画を出せることを改めて確認するとともに,マクロは非常に苦手,暗いところも苦手ということが分かってきました.これらの癖をうまく生かして,通勤鞄の伴にしていきたいと思います.

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昨年はフルサイズ一眼のラインナップが一気に増えた(Nikon D800/D800E, D600, Canon EOS 5D markIII, 6D など)特異な年だったのですが,欲しい欲しい病が再発中です.何度も店頭で手に取って感触を確かめてはいるのですが,やはり大きくて重いのが難点.昨年秋に発売された小型軽量版は魅力ありますが,オートフォーカスがいまいちなので,悩みはますます深まっています.メカをいじる喜びとしては,フルサイズ一眼に勝るものはありませんね.今年末か来年前半には Pentax からフルサイズ一眼が出るはずなのですが,なかなかそこまで待てません.人生は短いので.

フルサイズ一眼に広角レンズを付けてアジアやヨーロッパの古い街の路地を撮り歩くのが私の夢です.


それでは皆様,今年が良い年であることを祈っています.長いおしゃべりにお付き合いいただきまして,ありがとうございました.

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2012/06/02

梅雨直前の衣替え

このところ梅雨のはしりを思わせるお天気が続いていて,天気予報では今日は曇り,明日は雨.

それでは,ということで今日のうちに衣替えをすることにしました.幸い,天気予報よりは晴れ間が多く出て日差しもあり,空気もだいぶ乾いてきたので衣替えにはちょうど良いお天気.タンスの中身を冬物から夏物に入れ替えます.冬物と比べると夏物はかさばるものが少ないので,タンスの中は余裕が出来ます.一方,日本の夏は高温高湿になるので,タンスの中の空気はしょっちゅう入れ替わったほうがよく,その意味でもタンスの中には無駄な空間がなければなりません.

そんなことを考えながら,厳しい冬を共に耐えたセーターやキルティングの衣類を衣装ケースにしまっていきます.古い何点かの衣類は廃棄することにしました.毎日の通勤でくたびれたスーツやジャケットはまとめてクリーニングに出します.よく見ると染みやほつれがあるものもあります.

小一時間ほどで衣替え完了.重い衣装ケースを抱えて移動させたりするので,結構汗をかきます.それでもタンスの中身が夏物で統一され,大変すっきりしました.ポロシャツとTシャツばかりが幅を利かせているのが何とも夏らしい.

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日本の夏は大変厳しいので,私たち日本人は古来より夏に適した家を基本とし,また衣替えという行事に代表されるように,季節に合わせて生活様式を適応させてきました.今年の夏は,ひょっとすると計画停電が実施されるかもしれず,これまでにない暑い夏になるかもしれません.しかし,私が子供だった昭和30年代には冷房などはほとんど無かったので,あのころと比べるとまだまだ相当楽な暮らしです.

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