日記・コラム・つぶやき

2019/01/01

謹賀新年 2019

NewYearGreeting_2019

皆様,明けましておめでとうございます.本年が皆様にとって良い年でありますようお祈り申し上げます.例年通り昨年一年を振り返り,今年の展望について思うところを述べてみたいと思います.

さて昨年は私自身にとって大きな転機となった年でした.なぜならば,3月末日をもってシニア社員として定年後も勤めていた会社を退職したからです.私が仕事で給料をもらう生活を始めてからちょうどぴったり35年が経った時点です.まともに日数を計算すると12,784日ということになり,意外に少ない?という気もしますが,まあこんなものなのでしょう.この退職自体は半年以上も前から決めていて,会社とも相談のうえで計画していたものです.ここに至る過程では,昨年のこの新年のブログに書いた通り,老後資金の経済的な面,健康寿命との関係,今後の人生で何にやり甲斐を求めるのかなどなど,様々なことを思案しました.制度上は65歳までシニア社員として勤める事も出来たのですが,仕事の大きな区切りがつき,新たなテーマを始めるには環境が整合せず,さらに職務上の権限もないという状況では,いっそのこと早めに足を洗って次の生き甲斐を見つけたほうが得策だと思い至ったのです.

辞めてからまずやったことはハローワークへの登録です.これで全国の膨大な求人情報にアクセスできるようになります.さらに失業給付の手続きも行い,240日分の基本手当というものをもらえることになりました.ただしその副作用として,退職後に受給できるはずだった厚生年金の報酬比例部分の給付が全額止まってしまいました.しかし失業給付のほうがずっと手厚いので,これは合理的な判断です.ただし4週間に一度はハローワークに出向き,その間に2回以上の求職活動を行った実績を示して失業状態の認定を受けなければならず,毎日遊んでいられるわけではありません.これまでかなりの数の履歴書や CV をいろいろなところに送り,面接も受けました.

ハローワークでの求職活動はいろいろな意味で良い社会勉強になりました.ハローワークに来る人の顔ぶれ,失業認定の手続きでの戸惑いと慣れ,幅広く雑多な求人の内容,そして求職者に対する支援策と,その背景にあるお役所の就労観,勤労観など.どれをとっても自分が実際に体を動かし経験してみないとわからないものばかりです.社会の縮図がそこにあると言っても言い過ぎではないでしょう.しかし一生のうちハローワークで求職活動をしたことがある人は,いったい人口の何%程度になるのでしょうか?機会があればぜひ経験してみることをお勧めしたいと思います.

求職活動として,ハローワーク以外にもさまざまな職業紹介業者へ登録しました.私はフルタイムではなくパートタイムを基本として職探しを行っているのですが,そのような求人情報が多い派遣会社や,さらに職探しの SNS として有名な LinkedIn へも登録し,世界中の求人担当者の目に留まるようにしました.実際,海外から仕事の打診を受けることがあります.またスポットのコンサルティングを斡旋するサイトにも登録し,こちらは月に2, 3回のコンサルティングの依頼が来るので,電話会議で対応しています.そうこうするうちに古巣の勤め先から非常勤嘱託の声がかかりました.これは大変ありがたいオファーなので,喜んで引き受けることにしました.

とまあこんな感じでやっていますが,今月中に失業給付は給付日数を使い果たし,その後は厚生年金が復活するはずですが,何とか収入のレベルを維持していけるよう,非常勤の顧問やアドバイザーの仕事の開拓も進めていくつもりです.


引退して時間ができて最初にやったことは自分の部屋の整理です.この家に引っ越してきて以来20数年経ち,不要になっても捨てずに取っておいたものがたくさん溜まっていました.しかし日常の忙しさにかまけて,それらの整理をサボっていたのです.その澱(おり)のように溜まったものをすべて整理し,残すものは整頓して収納棚に収めました.この過程で大量の書類を捨て,沢山の本や CD を Book Off に売り払いました.

この過程で出てきたのが往年の銀塩写真です.古いものは40年ほど経っており退色が進んでいるのですが,幸いなことにカビはほとんど生えていませんでした.それでは,ということでこれらのデジタル化を始めました.これはかなりまとまった時間が取れないとできないことなので,引退後にやろうと長年思っていたのです.

まず,フィルム・スキャナを物色したのですが,実は今日ではろくなものがないのです.おもちゃのようなものか,海外製のかなり高価なものしかありません.仕方ないのでフラットベッドスキャナを買い,それを使ってポジネガをスキャンすることにしました.フィルムいじり定番の3点セットである除電ブラシ,ブロワと編集用手袋も新調し,来る日も来る日もフィルムの埃を吹き払いながらスキャンを続け,2か月弱で持っているすべてのフィルムのスキャンを完了しました.フラットベッド・スキャナではフォーカスが甘くなるという悪い評判は覚悟の上で,やってみるとやはりその通りだったのですが,まあこれは諦めるしかありません.デジタル画像となった沢山の写真は,今ではパソコンの中に納まり,いつでも取り出して観ることができるようになりました.ただし写り込んだ埃は修正していないので,印刷したりする場合には一枚ずつレタッチする必要はあります.ちなみにスキャナは直ちに Hard Off に売り払いました.


次にやったことは,学生時代に挫折した分野の学問の学び直しです.これも昨年の年賀ブログで書いたことですが,大学の教養課程時代に理解できずに悶々としていた相対性理論量子力学熱力学などを独学で学び直すことにしたのです.まず手始めにやったのは特殊相対性理論.これには非常に良い教材があり,高校数学でわかるという触れ込み通り,すんなりと学ぶことができたので,このブログでも紹介しました.やはり自分で一つ一つ数式をいじり,図を描いてみないと理解は進まないものです.ようやくミンコフスキー空間や固有時,双子のパラドックスというものを理解できたと思います.余勢をかって一般相対性理論を学ぼうかと思っています.リーマン幾何学という難関を通り抜けなければならないのですが,大変良さそうな教科書を見つけたので,これは今後の楽しみです.

次に熱力学,特にエントロピー概念の復習です.これには岩波新書の名著「物理学とは何だろうか(上)」が非常に役立ちました.若きカルノーがいかに天才だったか,そしてクラウジウスが,悩みながらも熱力学第二法則の厳密な定式化に成功したことが改めてわかりましたが,まだ手応え不足.今後,本格的な教科書を買って学び直そうと思っています.統計力学の知識の密輸入や理想気体の状態方程式などを前提としない,純粋にマクロな体系としての熱力学を理解することが目標です.ルジャンドル変換は嫌いなんですけどね.

統計力学量子力学についてはまだ手を付けていません.ボルツマンの原理シュレディンガー方程式の簡易な解説書は読んだものの,その説明には納得できないことが多すぎるので,これは将来の宿題として取っておこうと思います.とにかく現代物理学の森は恐ろしく深くて豊かです.それを少しでも理解したいという欲求は若いころから私を捕えて離しません.

そうこうするうちに秋が過ぎ,年末にかけて学び直したのは,渡辺慧の「みにくいアヒルの子の定理」です.これには岩波新書の名著「認識とパタン」があって学生時代から何度も読んでいるのですが,改めてこの本を読み直しました.しかし何か所で説明不足に感じるところがあり,私自身が他人にこの定理のことを自信をもって説明できるようにするにはどうすればよいかと自問自答するうち,本格的な文献を読む必要があると思うに至りました.

実はこの本の出版後に英語で書かれた大著 “Pattern Recognition: Human and Mechanical” が買ったまま30年ほど積読になっていたのです.こちらのほうが内容が濃くて豊富なので,関係する章をノートを取りながら読み進めました.枝葉の豊かな記述ではあるものの,日本人の書いた英語だからでしょうか比較的読み進めやすく,そのおかげで理解できずに引っかかるところもほとんどなく,関連する二つの章を読み終えることができました.その甲斐あって定理の基本は十分に理解できたとの手応えを感じました.

改めて思ったのは,渡辺慧という人の知性の凄みです.物理学者として学究人生を始めたのですが,エントロピー概念の拡張や,それに関連した時間論,パターン認識の基礎論など,哲学や科学の土台部分に対する深い考察が光っています.知の巨人と言ってよいのではないでしょうか?古代ギリシアのプラトンアリストテレスの認識論から始まるところからして,私のような形而下のことばかり考えている老学徒は驚くばかりです.いずれ名著の誉れ高い “Knowing and Guessing” も読んでみたいと思っていますが,すでに入手が難しいのでどうなりますやら.


昨年は自分自身の健康面では,いくつかのイベントがあった年です.まず引退早々の4月下旬,突然未明に脇腹の痛みに苦しみ,直ちに持病の尿路結石であると自己診断.痛み止めを飲んでかかと落としをするうちに石が移動しているのがわかり,その日の午後には膀胱に落ち,翌日朝に排石することができました.詳しくはこの記事をご覧ください.

やれやれ,これで次の数年間はないだろうと思っていたのが大間違い.9月中旬に再び脇腹が痛みだしました.前回と同じように痛み止めを飲み,水分を取ってかかと落としなどをやるのですが,今回はなかなか落ちて行かず,痛みも引いてしまいました.それから2か月ほどは,尿管に石を抱えたままで痛みが来たり消えたりを繰り返す日々.2か月以上経った12月初めになってようやく排石できました.その時の記事はこちら.排石に2か月以上もかかったのは初めてで,やはり石が大きくなると排石が難しくなるという良い事例になりました.

さて,私は若いころから高脂血症の傾向が強く,生活習慣には思い当たる節もないので体質なのだろうと諦めていた(実際家族性の脂質異常症は数種類知られているそうです)のですが,毎年の健康診断で警告が出るのでそろそろ潮時と思い,近場の循環器系のクリニックを訪ねて診察してもらいました.心臓血管外科のエキスパートの医師が言うには,これは生活習慣というより体質なので薬を飲むしかない,できるだけ早く治療を始めないとろくでもない血管系の症状が出てからでは手遅れ,云々.要は,今後一生薬を飲み続ける必要があるということです.

観念してリピトール(アトルバスタチン)という薬を飲み始めました.小粒の薬を1日1錠夕食後に飲むだけ,かつ薬価も低くジェネリックだと3か月分で1,000円もしない(3割負担)ので,ほとんど負担にならないのが不幸中の幸いです.1か月後の検査ではコレステロールの値は劇的に下がり基準値内に収まっていたので,今後もこの薬を飲み続けることになるだろうと思います.一病息災というやつでしょうか.


昨年の年賀状ブログで悩みをつづった父の介護に関しては,老人ホームに入居して1年半が過ぎ,何とか小康状態を保っています.昨年1年間はさほど大きな事件やトラブルには見舞われませんでした.これは老人ホームやデイサービス事業所の職員の方々の多大な労苦のお陰と感謝せずにはいられません.

私は引退して時間ができたので,週末だけではなく平日にも妻とともに訪ねて行っては,洗濯物の入れ替え,部屋の掃除,おやつの差し入れなどをやっています.

老人ホームに入居するようになってから急速に足が弱まり,買い物や食事で外に連れ出すときには車椅子を使うことが増えました.また食欲も徐々に人並みのレベルに落ちてきており,老人ホームの食事が少ないと文句を言うことはなくなりました.

このような状態がどれくらい続くのか,次にどのような状態になって,そのときには何をしなければならないのか,まだまだ先がありそうですが,付き合っていくしかありません.またこれは自分自身の将来に対する先行体験でもあります.自分が老いたときにどのように振舞えばよいのか,よく考えてみたいと思います.


昨年秋に16年間をともに暮らしてきた猫を亡くしました.もともと猫好きの妻がもらい受けてきたもので,完全に家族の一員となっていたのですが,大型のネコに多いと言われる心筋症を患い,2年以上前にあと半年から1年の命と余命宣告されていたのです.その割にはそれから2年以上も生きながらえて私たちを和ませてくれていたのですが,天命には逆らえず,最後は苦しみながら死んでいったことが大変悔やまれます.もう少し楽に死なせてあげる方法がなかったのか,私としては悔いと罪悪感が残りました.


昨年は PC のハードウェアに関してはケースを総入れ替えした以外に変化はありませんした.メモリーの高騰がまだ続いており,年末にかけてだいぶ安くなっては来たのですが,買い替えを促すほどではないので静観しています.CPU に関しても今はちょうど過渡期で,Spectre など CPU のアーキテクチャの根幹に課題があることが発覚した影響が落ち着くまでにはまだ2, 3年かかることでしょう.今の性能に特に不満はないので,このまま待とうと思います.

ケースに関しては,長いこと使っていた国産の総アルミ製ケースを2つとも廃棄し,より現代的なケースに組み替えました.音が静かになり,メンテナンスも若干楽になったのですが,本質的には何の変化もありません.ようやく USB 3.0 のポートにケース前面からアクセスできるようになったのが唯一の進歩です.

夏の終わりころに NAS Box購入しました.昨年の年賀状ブログでも言及していたSynology の DS718+ です.メモリーを最大限増設し Docker も動かしているのですが,私のような家庭環境ではあまり使い道がなく,あったとしてもクライアント側にソフトウェアのインストールが必要なものも多く,日常のバックアップ用途以外に十分に使いこなせていません.もっと安い機種でも良かったかなぁと思っていますが,もう少し試行錯誤してみたいと思います.


自作ソフトの辞書参照型ソーティングフィルタ Refsort/Ruby については変化がありました.一つは Ruby のクラスやメソッド,さらに例外処理の作法を学び直し,Ruby らしい,見通しが良く保守がしやすいコードへの書き直しを進めたことです.もう一つは,Microsoft Excel とのインターフェースの作成です.これは長年の懸案だったもので,何とかしたいと思ううちに10年以上が過ぎていたのですが,引退して時間ができるとこういう懸案が解決できるという良い見本です.今では,コマンドコンソールを開くことなく,Excel 上で選択範囲を Refsort に渡し,並べ替え結果をクリップボードで受け取るということができるようになりました.

もっとも,文字エンコーディングの差異を Excel や VBA でどう吸収したらよいのかはわかっていないので,専ら日本語環境で動く版しか実装できていません.しかし,Windows もようやく UTF-8 をエンコーディングの標準にするのではないかとの兆しが見え始めました.そうなれば,全世界で統一的に UTF-8 を標準のエンコーディングとして使うようになるはずなので,実装がだいぶ楽になります.今年春の改訂で,メモ帳のデフォルトのエンコーディングが UTF-8 に変更になるようなので,Office などのアプリケーションはもとより,Locale そのものにも変化が訪れると期待しています.

一方これと並行して,鳥類分類体系の一つ IOC List を Refsort/Ruby の辞書ファイルにコンパイルする作業も継続しています.こちらは IOC 側に変化が生じ,これまでの年4回の改訂頻度が年2回に落ちたのです.これで作業の負荷はだいぶ少なくなりました.また,他の有力な鳥類分類体系との統合の議論が昨年の IOC 総会で行われ,大統一が実現しそうな動きになってきました.こちらは今年中に何らかの勧告が出されるか要注目です.


趣味の写真のほうはあまりはかばかしくありません.当初は,引退して時間ができたのだから,さぞたくさん写真を撮って,その整理に困るのではないかと思っていたのですが,そんな風にはなりませんでした.夏の間は暑いのでどうしても外出を控えがちになり,戸外で写真を撮る機会が少なくなります.秋になって涼しくはなったのですが昨年の秋は雨が多く,また途中で猫が死んだりしたので,外に撮りに行く機会は少なめでした.

Nikon の新しいフルサイズ・ミラーレス一眼の Z6 にはそそられるものがあるのですが,まだレンズのラインナップが貧弱なので,当面は新しい機材に触手は延ばさず,今年はとにかく外に出て撮り歩くことに集中したいと思います.犬も歩けば棒に当たるとはよく言ったもので,外を歩けば毎回何らかの発見があり,何らかのモチーフに触発されることは確かなので,機会を積み重ねたいと思います.


今回も結構長文になってしまいました.今年は引退生活の2年目で内容の充実を図る年.どうにかこうにかやっていこうと思っています.皆様も健康第一で一年をお過ごしください.どうかお元気で.

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2018/12/03

排石記 その2

本年4月23日に,このブログで報告した通り,腎臓結石を排出しました.私のこれまでの人生では痛みを伴う排石は7-8年間隔だったので,これで当分は痛いことはないと高を括っていたら,何と9月18日の夜から翌日未明にかけて,右わき腹が鋭く痛み始めました.くっそー,半年しか経ってないのに,また石が出てきやがった.

鎮痛薬のアセトアミノフェンを服用し,かかと落としなどをやってみます.薬が効いて痛みは軽くなり,肉眼でわかるような血尿は無くなりました.朝になって再びアセトアミノフェンを服用.日中から就寝時にかけても痛みは消え,血尿もありません.しかし石が膀胱に落ちてきたときに感じる膀胱出口の違和感は無いので,痛みや血尿は無いものの,石はまだ尿管のどこか(総腸骨動脈・総腸骨静脈との交差部あたり)に停留しているはずです.

痛み発生から3日後の9月21日の深夜,再び痛みで目が覚め,もだえ苦しみます.翌日9月22日の朝と晩に痛み止めを服用.9月23日には痛みは消えましたが,膀胱に落ちた感触はありません.

次に痛みがやって来たのはそれから10日以上経った10月3日の未明.この時も耐え切れずにアセトアミノフェンのお世話になり,痛みは10月7日まで断続的に続きました.

しかし,10月11日夜の血尿を例外として,それから何週間も痛みも血尿も無く,いったい石はどこに行ってしまったんだろう?と思える状態が続きました.この間,10月26日には定期健診を受けたので,わけを話してエコーで見てもらったのですが尿管は見えず.

ようやく11月10日になって,泌尿器科の定期診断でX線写真を撮ってみると,何とまあ,見事に尿管の途中に停留しているではありませんか!ウロカルンという排石を促す(かもしれない)薬と,座薬の鎮痛剤をもらってきました.

その10日後の11月20日の未明に久しぶりに痛みで目が覚めました.しかし,痛みの位置がだいぶ下がっています.膀胱まであと数センチ.この日は終日鈍痛に悩まされました.

それが収まってさらに10日ほど経った11月30日の未明.膀胱にかなり近いところ(尿管が膀胱壁を貫く狭窄部)が痛んで目が覚めました.例によってアセトアミノフェンを飲みましたが痛みがなかなか消えません.午前中は来客があり打ち合わせなどしていたので,痛みをこらえながらの会話です.ところが午後になった13時30分頃,痛みが急速に弱まり,待ちに待った膀胱出口の違和感が感じられるようになりました.とうとう石が膀胱に落ちたのです.あとは水分をたくさん取り,おしっこをたくさん出して石を押し流せば良いだけです.

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しかし石は4月の時のようにすんなりとは出て来ず,それから48時間以上たった12月2日の19時ころになってようやくおしっこと共に出てきました.回収にも成功し,計測してみると長辺 6 mm,短辺 4 mm ほどの回転楕円体に近い形です.色は赤黒く,4月の時の石とほぼ同じ.今週末に泌尿器科での診察の予約を入れているので,この石を持って行って見せようと思います.

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今回学んだことは,石が腎臓を出て排石まで2か月半もかかるという,こういう排石の仕方もあるのだということです.これまでは痛みの発生から排石までせいぜい4日ほどだったので,今回がいかに特異だったかがわかります.この間,苦痛が長引き気分も晴れず,大変つらかったのですが,これでようやく明るい気分で年末年始を迎えられます.石のほうも長旅でさぞ疲れたことでしょう.お疲れさまでした.

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それにしても,良かった,良かった.

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2018/10/22

秋晴れの下でお散歩

昨夜遅く,家族の一員を失って意気消沈していたのですが,あまりにもお天気が良いので気分転換に近場の森林公園に散歩に出かけることにしました.今朝はこの秋一番の冷え込みとなり,我が家ではストーブをつけたくらいだったのですが,日中はたっぷりの日差しで気温が上がり,日向を歩くと汗ばむほどになりました.

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今年は台風が大量の海水の飛沫を内陸部にまでもたらしたため,当地での紅葉はほとんど期待できないことを再確認しました.森の中には倒木も多く見られました.さらにソメイヨシノなどは花芽が上がってきており,狂い咲きするのではないかと気をもんでいます.しかしそのような中でも,ごく少数ながら美しく紅葉した落ち葉に出会うことができて幸運でした.

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川沿いではオギが穂を出しており,秋晴れの青空によく映えていました.森の中はコガネグモの巣が至る所にあり,冬支度で皆忙しいのだろうと思わずにはいられませんでした.

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2018/04/23

排石記

本日朝,数年ぶりで排石しました.その記録です.

昨日,4月22日未明午前3時ころ,痛みで目が覚めました.右わき腹が鋭く痛みます.石持ちの私には,これが腎臓結石の移動である可能性が高いことがすぐにわかりました.結石が腎臓内部から尿管に移動してきたしるしです.これがいつも強烈に痛い.痛みで寝ていられません.痛みをこらえていると腹部の筋肉が緊張して軟便を繰り返し,そしてさらに嘔吐.ああ,つらい.

朝になったものの,今日は日曜日で泌尿器科がある病院は休みです.私がいつも週末や祝日に限って排石するのはどうしたことでしょう?朝食を食べる気にはなれないものの,鎮痛剤を飲むには空腹はまずいと思いバナナを一本.鎮痛剤を探すと,期限切れのバファリンしか見当たらないと思ったところに,家人が残った処方薬の中からアセトアミノフェンを発見.これはまさにこの症状に対するドンピシャリのお薬なので,白湯で服用します.これが午前5時55分.ところがなかなか効いてきません.ようやく7時くらいになってから痛みが和らいできました.やれやれ.

あとは水分をたくさん取り,運動して石を膀胱に落とすしか手はありません.その場駆け足や家人が勧める「かかと落とし体操」をやってみますが,すぐに石が落ちてくるわけではありません.しかしこれを断続的に継続し,さらに水を飲んでいると,痛い部位が少し下がってきたのがわかりましたので,これは良いと思ってさらに継続.一方,こればかりやってもいられませんし,寝ている間に石が尿管を下っていくこともあるので,日常のルーチンワークも始めました.部屋のふき掃除やら,昔の写真のスキャンなどの軽作業です.

昼食後,尿管の痛みが軽くなったように感じ,逆に膀胱に違和感を感じ始めたので,定期的に水分を摂取しておしっこをどんどん作ります.この時,肉眼でようやくわかる程度の血尿を確認し,やはりこの痛みは尿路結石だったとわかって一安心.ほかの病気だったらえらいことですから.

寝不足なので夜は早めに就寝しました.もう鎮痛剤は飲みません.膀胱に鈍痛と違和感が残っていましたが,寝付けないほどではありません.翌朝の本日,起床後の最初の排尿で見事排石.石が尿道を通る時の感覚ですぐにわかります.しかも今回は採集にも成功.長径6mm,短径4mm程度の勾玉型.先が尖っていて,いかにも痛そう.これが尿管を下って来たのかと思うと,痛みが再発しそう.とにかくこれで一件落着.たまたま大型連休明けに定期的な診察の予約を入れているので,石を持って行って説明しようと思います.

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ちなみに前回の排石は,2010年11月3日の未明でした.今回と同じ時間帯で,この時のメモによると,

右腎より石排出し尿管途中に引っかかる.早朝より激痛.07:00にXX病院にて採血,ブドウ糖・鎮痛剤を点滴.CT撮影にて石を確認して帰宅.同日深夜に膀胱に落ちる.翌日10:30頃排出.
とあります.今回と経過はほとんど同じだったのですね.でもこの時は病院に行って鎮痛剤を点滴しているので,もう少し大ごとで費用も掛かりました.今回はすべて自力,費用もゼロ.でもやっぱり痛かった.

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2018/01/01

謹賀新年 2018

Greeting2018

皆様,明けましておめでとうございます.本年が皆様にとって良い年でありますように,お祈り申し上げます.例年通り昨年一年を振り返り,今年の展望について思うところを述べてみたいと思います.

さて,昨年は私の家庭にとって波乱の年だったと言ってよいと思います.

熊本地震で被災した父を自宅に引き取ったことは昨年のこのご挨拶でお伝えしたとおりですが,年が明けてしばらくは良かったものの,1月の末くらいから父が変調をきたすようになってきました.

まずインフルエンザとおぼしき原因不明の高熱を発して入院したり,深夜にトイレに立った時に転倒して頭を打って脳神経外科を受診したり,脳梗塞再発予防のために服用しているワーファリンが効きすぎて PT-INR が異常に高い値になっているのが発覚.慌ててビタミンKを処方し,その後血液検査を行いながらワーファリンの量の調整を2か月ほど続けました.そうかと思うと今度は深夜に鼻血を出して止まらなくなり,救急車を呼んで病院に駆け込むなど,私はこれらの変調のために何日も仕事を休んでは父を病院に連れて行かざるを得ませんでした.

これらが何とか落ち着いたのは4月になってからです.しかし,父の足腰は確実に弱ってふらつきがひどくなり,認知症も少しずつ進行しているのが見て取れました.夜中にトイレに立つときに楽なように,介護用の電動ベッドをレンタルしてみたのですが,トイレに手すりなどは無く,立ったり座ったりも危なっかしくなってきたので,いよいよ施設への入居を真剣に考えることにしました.

まずはケアマネージャに近隣の施設をいくつか見繕ってもらい,5月の連休を利用して妻と私とで数か所の施設を見学して回りました.実際見学してみると,制度上の施設の違いがよくわかり,これは大変勉強になりました.これと並行して,父には単刀直入に,自宅では十分な介護ができないので施設に入ってもらいたいことを伝えると,父は意外にも素直に承諾してくれました.そこで父に適しているだろうと思われる施設を2か所選び,いっしょに見学に行きました.最終的に一つの老人ホームを選び,入居手続きを行い,6月初めに入居することになりました.

施設や周囲の人たちに馴染めるか心配だったのですが,最初の3週間ほどは何も起きずに,新しい生活が始まりました.妻と私は交代で週2, 3回ほど父を訪れては身の回りの世話と洗濯物の入れ替えを行い,これで落ち着いてくれればありがたいと胸をなでおろしたのですが,これはまだ甘かった.入居からちょうど1か月経った頃から本格的な変調が始まりました.認知症に伴う数々の異常行動です.ここに詳しくは書きませんが,施設のスタッフも私たち家族も大きな苦しみを味わいました.最も苦しかったのはもちろん本人だろうと思うのですが,父が独自の世界に入り込んでしまうと,なかなか会話も成立せず,自分の世界を良くしようと行う数々の異常行動には本当に閉口しました.後始末に手こずることも度々でした.

新しいケアマネージャが非常に有能な人で,施設のスタッフを集めて対策会議を開いてくれたことは非常に心強くありがたく思いました.また,この老人ホーム付きの医者が処方してくれたアルツハイマー認知症用の薬がなぜか効いたようで,8月後半から異常行動はほとんどなくなり,やっと一息つけるようになりました.この間に父の介護保険要介護度は要介護3に格上げされました.秋には夜中に転倒してろっ骨を折り,年末になって再び独自世界観の症状が現れたりしているので,注意して見守っているところです.

そういうことをやりながら,秋には父の住民票を当地に移す手続きを行いました.同時に,当地の銀行に口座を開設し,年金の入金や各種費用の引き落とし口座の変更手続きも行いました.これは当地からは遠い熊本市役所との様々な手続きが煩雑で時間がかかること,さらに父が地元に持っている銀行口座は当地では窓口が無く使い物にならないということから来ています.この住民票異動と銀行口座開設のために私は仕事を休み,さらに当日と後日,10数か所に電話をかけ,10数か所に文書を送るなどして,この秋は非常に忙しく疲れることが多かったと思います.年末になってもまだ完了していない手続きがあるのですが,ようやく収束してきました.

幸いなことに,父は経済的には豊かで何の問題も無いことがせめてもの救いです.お蔭様で,私自身はお金に関しては自分の老後のことだけを考えていれば済みます.一方,この数年間,妻と私が父に費やしている時間と労力はかなりのもので,しかも施設に入れたからと言って,決して手離れが良いわけではないことは,身に沁みて良くわかりました.

皆さん方の中にも同じような悩みをお抱えの方がいらっしゃるかもしれませんが,自分だけで抱え込まずに,ケアマネージャや民生委員などに助けを求めながら,決して自分の人生を犠牲にしたりしないよう強くお勧めします.


さて,私は昨年秋の誕生日で62歳に達しました.引き続き契約社員として現役時代と同じような仕事をしていますが,もう職制上の権限は持っていないため,あくまで助言者,支援者という立場でしか仕事を進めることができません.交渉のフロントに立って海外出張に行くことも無くなりました.さらに,重要な会議への出席の声も掛からなくなってきたので,このまま会社に居座って老害をまき散らす前に,この辺で引退しようと思うようになりました.

また,体と頭が元気なうちにやっておきたい事や,新たに取り組んでみたい事もあるので,60代前半での引退はむしろ望ましいとも言えます.心配なのは経済面ですが,62歳になったことで,厚生年金報酬比例部分の受給資格を得ることができました.企業年金確定拠出年金はすでに受給しているのですが,まだしばらくの間はもらえるので,60代前半で引退したほうが,健康寿命と生活資金のバランスは良いのではないかと思います.このバランスのとり方の悩みは,昨年の年始の挨拶でも言及した通りですが,来年の今頃,どういう状況になっているのか再びご報告したいと思いますので,乞うご期待.

会社を辞めたあと当面は独立系コンサルタントの看板を掲げ,流体力学,熱工学,蓄電池,自動車電動化などを専門分野として,技術評価,事業戦略,事業開発,新規投資や M&A の際の技術 Due Diligence などのアドバイザやコンサルタントを務めたいと思っていますが,そもそも仕事を取りに行く手立てがないので,おそらく開店休業状態になると思っています.かろうじて LinkedIn には登録しているので,そこから仕事にありつけることはあるかもしれません.今のところ,私の得意分野では北京や上海での求人ばかりがヒットしますが.何かお役に立てそうな話があれば,ぜひご連絡ください.

これからは時間には余裕ができるだろうと思いますので,まずは趣味の写真や野山歩きにたっぷり時間を使い,さらに学生の頃に挫折した数学や物理学のいくつかの分野を学び直したいと考えています.熱力学統計力学量子力学相対性理論などです.さらに時間とやる気が残っていれば,楽器を何か一つやってみたい.フラットマンドリンブルーグラスを弾くのが希望なのですが,田舎の当地には教室も無さそうなので,どうしたものかと思案中です.


昨年は PC のハードウェアに関しては変化はありませんでした.しかし,FreeNAS を導入して NAS として運用中だったマシンが,どうした事か HDD のトラブルにより運用できなくなってしまいました.ハードウェアは震災直後に物色して購入したものだったので十分に古く,パーツを更新して組み直すことも真剣に考えたのですが,メモリーが高騰している今の状況では,メモリーをバカ食いする ZFS がデフォルトのファイルシステムとなっている FreeNAS はいかにもコストパフォーマンスが悪い.FreeNAS は年末近くになってようやく待望の 11.1 がリリースされ,これをどう使いこなしていこうかと待ち焦がれていたものだったのですが,このトラブルで FreeNAS 運用機運は一気に萎んでしまいました.

代わりに,NAS box に興味がわき始めました.NAS box の利点は,ファイル共有の基本機能以外にも様々なユーティリティを簡単に導入することができて,高度なことができる割には運用が楽な点.目を付けたのは Synology の 918+ というマシンです.これにメモリーを増設すれば, FreeNAS で目指していたレベルのハードウェア,ソフトウェアが簡単に構築できそうです.ファイルシステムは ZFS ではないにしろ,それに近いレベルの Btrfs が使えます.Btrfs の安定性や評判には不安が残りますが,春になって新しい OS DSM 6.2 が正式リリースされたら,思い切って買ってしまうかもしれません.


自作ソフトの辞書参照型ソーティングフィルタ Refsort/Ruby については変化を起こしつつあります.これまで,全く自己流のつぎはぎのコードでどうにか動かしていたのですが,Ruby のクラスやメソッド,さらに例外処理の作法を学び直し,Ruby らしい,見通しが良く保守がしやすいコードへの書き直しを進めています.自作クラスやメソッドを多用すると速度が落ちることが分かっているので,少しずつ様子を見ながらですが改良中です.仕事を辞めて時間が取れるようになったら,今年中に刷新版に目鼻を付けたいと思っています.

一方これと並行して,鳥類分類体系の一つ IOC List を Refsort/Ruby の辞書ファイルにコンパイルする作業も継続しています.こちらは IOC 側にちょっとした変化がありました.これまで年4回という大変高頻度の改訂を続けていたのですが,昨年秋からは年2回に頻度を落とすとアナウンスされました.これで今後のコンパイル作業がだいぶ楽になると期待しています.

また,他の有力な鳥類分類体系との統合の議論が今年の IOC 総会から始まるようで,これが実現すると鳥類分類体系の世界が大きく変わる可能性があります.これは今年の重要な注目点です.この動きに日本鳥学会がついて行けるか,ちょっと心配.すでに現在の IOC List と日本鳥類目録との間の乖離は大きくなりつつあります.


昨年春に,PENTAX から一昨年発売された 35mm フルサイズのデジタル一眼レフ K-1 を思い切って購入しました.古い APS-C のボディとレンズを売却して資金の一部に充てました.中級クラスの標準ズームレンズも合わせて購入して慣らし運転中です.最初の感想は,重い!ということに尽きます.長時間カメラを構えてファインダーを覗いていると,だんだん左手首が疲れてきます.

出てくる絵は申し分ありません.画素サイズが大きいためだと思うのですが,ノイズの少ない余裕のある階調を楽しむことができます.特に,これまで APS-C サイズのカメラに取り付けて使用していた FA Limited レンズ群を,本来の画角で使うことができるのは非常に大きな喜びです.FA Limited の世界観とでも言うべきものがあるのですが,それがフルサイズのデジタル一眼レフで継続できることは素晴らしい.中でも FA 77mm を取り付けたときの機動性と画質には目を見張るものがあります.とろけるようなボケの美しさと立体感はまさに絶品.「誰でもプロのような写真が撮れてしまう反則レンズ」という口上は嘘ではありません.

K-1 で唯一気になるのは,以前からの PENTAX の癖なのですが,露出制御が保守的すぎる,特に空を入れて撮影する場合にローキーになり過ぎる,という点です.これはファームウェアを書き換えれば直せるはずのものですが,K-3 あたりで解消された欠点だと思っていたものが K-1 になって再び出てきたので,アレ?と思っているところです.

いずれにせよ,私の写真は当分はこの K-1 でいきます.遠出の旅行するときにはもうちょっと軽めの機材が欲しいのですが,これは現在なかなか選択が難しい.PENTAX が APS-C ミラーレス一眼を出してくれれば良いのですが,そうでなければ,Fuji Film の X-E3 や,Canon の超軽量な APS-C である G1 X Mark III には興味があります.でも,どの機種の EVF もまだまだ見にくいですね.まるで昔のファミコンの画面を覗いているよう.早く1,000万画素クラスの EVF が出てこないものかと思います.このため,なかなか一眼レフから離れられません.

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2017/01/01

謹賀新年2017

Happynewyear2017

皆様,明けましておめでとうございます.本年も皆様にとって良い年でありますように,お祈り申し上げます.例年通り,昨年一年を振り返り,今年の展望について思うところを述べさせていただきたいと思います.

さて,昨年は私にとって災厄の年だったと言ってよいと思いますが,振り返ってみましょう.

まずはお正月です.母親が亡くなった後,高齢の父親は自分で身の回りの世話ができなくなりつつあるにも関わらず,独り暮らしを主張して施設に入るのを拒否していました.しかも,一昨年の秋に自転車で転んで骨折,入院して手術を受けた後だったので,お正月くらいはと思って私が帰省して父と二人でお正月をやることにしたのです.

おせちを近所の大型スーパーにインターネットで頼んでおいたのですが,お雑煮くらいは自分で作らないとお正月にならないと思い,12月に入ってから自宅で2回くらい作り方の練習をしました.

年末,帰省してみると,案の定冷蔵庫の中は汚れており,賞味期限を数か月も過ぎた食材が大量に残っていて整理するのに苦労しましたが,大晦日まる一日をかけて,何とかお正月の準備が完了です.夕方おせちを受け取りに行き,夜は親戚から届いた牛肉ですき焼き.一日中炊事や汚れていた台所の整理をしていた感があります.

元旦,前日に取っておいた一番だしを使ってお雑煮を作ります.自宅で練習してきた甲斐があってまあまあの出来.母親のお雑煮の味に近いものができたと思います.お雑煮を食べた後は父親と二人でおせちのお重をつつきます.

初詣に行ったり墓参りをしたりしてお正月の二日間はあっという間に終了.私が帰った後2,3日分のおかずになるように,鍋いっぱいの筑前煮を仕込んで疲れた体で帰りました.

と,ここまではまだ良かったのです.本番は熊本で地震が起きてからでした.

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4月中旬,桜の花が終わったころ,熊本で地震が起きたというニュースを聞いて慌てて電話してみると,瓦が落ちたり家の中のものが倒れたりしているようです.とりあえず近くの避難所に行くように伝えます.翌日夜にさらに強い地震が起きて,これで瓦がさらに落ち,壁もひびが入って雨漏りがするようになってしまいました.父親は避難所から家に通って片付けなどをしていたようですが,私の妹が電話で知り合いの不動産屋に手配して,屋根にシートをかけてもらうことにしました.

しかし高齢者が一人で長期の避難所暮らしをするのは無理だと判断し,数日後に運航が再開された飛行機で家人が熊本に飛び,通院していた病院に診断書を書いてもらったり,近所へ事情を説明したりしながら,必要最低限の荷物をまとめて私の家まで連れて帰ってきました.余震が続く中,半壊状態の家に寝泊まりしながら良くやってくれたと思います.

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もともと脳梗塞の後遺症で短期記憶が非常に衰え,さらに見当識障害も散見される状態だったので,急に環境が変わるとどうなるか心配でした.しかし時間はかかりましたが,我が家の間取りや周辺の様子に慣れ,新しい病院やデイサービスに通うようになり,次第に当地での生活に慣れていきました.途中記憶が混乱して取り乱すことがあったりしましたが,今はどうにか落ち着いています.この間,私たち夫婦の生活は一変し,特に家人への負担は今でも続いているので,いずれ対策が必要だと考えています.

私のほうは,熊本市の被災者に対する各種支援制度・施策の情報を集め,何通も申請書を取り寄せては書き,熊本の銀行の一つだけある東京支店に何度も通って,保険金,各種税金や医療費の減免の手続きを行い,さらに見舞金・義援金などを受け取れるように努めました.

妹のほうは不動産屋に依頼して罹災証明の申請を行ったり,自宅以外の壊れた不動産の修理を手配したりしていました.半壊以上の建物は市の費用で取り壊してくれることになったのですが,その前に荷物を運び出さなければなりません.秋になってからですが,まず妹が帰省し,親戚に手伝ってもらいながら実家の大半の荷物を整理・処分してくれました.その後晩秋のころに私が帰省し,残った荷物の整理と処分を行い,家の中を空っぽにしてきました.取り壊し自体はまだだいぶ先になるようですが,これで最も頭が痛かった実家の整理はほぼ完了しました.

今後は父親の住民票を移し,あちこちと住所変更の手続きをすることが残っています.さらに最終的には,父親を介護施設に入れることも考えなければなりません.まだ二仕事くらい残っているという感じです.こんなわけで,地震がきっかけとなって実家の整理まで行うことになったのですが,いずれやらなければならなかった事も多く,一度に集中してできてかえって良かった面もありました.

今回改めて思ったのは,日本はどこに住んでいても自然災害から逃れられないこと,しかし日ごろの備えをしっかりしておけば,被害を最小限に食い止め,復旧にも支障が少ないことです.残念ながら熊本は行政も住民もここ数百年の間大地震の記憶が無く,そのためにこの地域には大きな地震は来ないものと高を括っていたフシがあります.地震への備えも首都圏に比べると非常に手薄でした.これを教訓に,全く歴史的記憶のないところであっても,地震への備えを行うことが必要だとしみじみと感じました.

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さて,一昨年に還暦を迎え,昨年61歳に達しました.引き続きシニア社員として少なめの給料で現役時代と全く同じ仕事をしています.昨年は 同一労働同一賃金 が政策イニシアティブとして脚光を浴びた最初の年ではないかと思いますが,定年を迎えたというだけで労働内容は変わらないのに賃金だけがドンと落ちるという今の制度は,明らかに年齢による差別で,今日の欧米では見られないものです.これはおそらく,学校卒業と同時に始まる一斉採用,年次人事とセットになった日本の悪しき慣行で,戦前の国民総動員体制が始まったころから,軍の人事制度を見習って始まったのではないかと想像しています.

仕事の中身に関して言うと,ここ2年ほど取り組んでいた仕事がようやく実を結び,昨年末に一つの区切りを付けることができました.まだ残務は残っていますが,いずれも他人に引き継ぐべきものですので,私の役割は収束です.非常に疲れる厳しい場面もありましたが,いろいろと新しい経験もできて,今は非常に満足しています.

今年は秋になると62歳を迎え,厚生年金のうち報酬比例部分というものがもらえるようになります.その後,いつまで会社勤めを続けるのか,悩み始めています.経済的な安心感を得るためには,出来るだけ長く働き続け,老後の資金を貯めておくのが望ましいのですが,そうすると元気なうちに老後を楽しむ時間がその分減ってしまうというジレンマがあります.どのあたりでバランスをとって見切るのかが難しいところ.来年の今頃はどうしているでしょうか?


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昨年も海外出張は多めでした.まず2月には久しぶりに台湾を訪れ,初めて新幹線に乗って台南まで足を延ばしました.3月には台北を訪れましたが,気づいたのは,10年位前に比べるとやたらと日本語の看板が増えていたこと.日本人観光客が増えたというよりは,日本の流通や外食産業が台湾に進出し,それらが台湾の人たちにも受け入れられているということだと思います.台湾で日本のラーメンや牛丼が流行るとは思ってもみませんでしたが,これは東南アジア全体について言えることなのかもしれません.

欧州にも何度か行きました.特定の仕事の継続で,毎回ほとんど同じ場所に行くだけになっていたのでやや飽きてきましたが,相変わらずワインと食べ物は素晴らしく,それだけが楽しみで時差に苦しみながらも長時間のフライトに耐えてきたというのが本音です.

アメリカには一度だけ行きましたが,ちょうど大統領選挙の投票日の夕方に入国.ホテルの部屋でテレビを見ていると,夜通し開票速報をやっていて,トランプ氏がどんどん接戦州を獲っていくのを見てあっけにとられ,こりゃあ大変なことになったなと思わざるを得ませんでした.テレビのコメンテータたちも皆ばつが悪そうな感じで開票結果を分析していました.アメリカのインテリたちが総じて敗北感を味わった一日だったのではないでしょうか?


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昨年は,久々にPCのハードウェアを総入れ替えし,かつバックアップ体制を抜本的に変えようと試行錯誤を開始した年です.Windows 10 に関しては,無料アップグレード期間が終わるひと月ほど前に,満を持して刷新したハードウェアにクリーンインストールし,さらに夏には Redstone 1 と呼ばれる大型アップデートを適用して今に至っています.

Windows 10 は歴代の Windows の中では突出した安定性を誇る素晴らしい OS だと思いますが,Windows 8 で失敗作ながら導入された新しい UI は,Windows 10 になっても相変わらず耐え難く使いづらいので,Classic Shell と呼ばれるフリーソフトを導入して,Windows 7 と同じ UI にして使っています.これがめっぽう使いやすいので,Windows 8.1 の頃から愛用しています.

昨年4月に Windows Home Server 2011 のサポートが打ち切られたので,それまでユーザデータとシステムイメージの自動バックアップに使ってきた WHS 2011 を廃止し,同じハードウェアにフリーの NAS OS である FreeNAS をインストールして試行錯誤しています.ZFS という最新・最強のファイルシステムが売りなのですが,そのために大量のメモリを要求するのが玉に瑕.しかもバックアップの自動化にはいろいろと設定が必要なようで,自動化にはいまだに二の足を踏んでいます.


昨年は PENTAX から長年待たれていたフルサイズのデジタル一眼レフ K1 が遂に発売されました.評判も上々なので,K3 を愛用中かつレンズ資産もそれなりにある私としては食指が動いているところなのですが,フルサイズ用レンズのラインナップがまだまだ貧弱で,フィルムカメラ時代の固定焦点レンズでは少々役不足.レンズが揃う頃には自分も仕事も辞めて写真を撮る時間もできているだろうと,酸っぱい葡萄状態となっています.


今年も結構長文になってしまいました.昨年も天変地異や世界的なポピュリズムの台頭など,大きな出来事が続きました.世の中はなかなか平安という具合にはいきませんが,今年もどうにかこうにかやっていこうと思っています.皆様も健康第一で一年をお過ごしください.

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2016/05/28

個人番号カードで印鑑証明

以前このブログで個人番号カードを取得したことをお伝えしましたが,ようやくカードの出番がやってきました.ある手続きのために印鑑証明を取得する必要が出てきたのですが,このカードがあれば,従来のように居住地の市役所などに出かける必要はなく,全国のコンビニで取得することができます.

私は,居住地とは異なる市の駅前のローソンでやってみました.まず店内のコピー機のところに行きます.画面のメニューに “行政手続き書類” などというメニューがあるので,それをタッチ.さらに “印鑑証明” を選択し,それからコピー機の所定の場所に個人番号カードを置きます.非接触通信で情報のやり取りをするようです.暗証番号の入力を求められるので入力.印刷前には料金を入れるよう指示されます.印鑑証明は一通150円.安いです.お金を入れると,印鑑証明書がコピー機から出てきます.さらに領収書が出てきて一連の操作は終わりです.

画面をタッチしてから次の操作の画面に移るまでが間延びしており,これは通信や認証に時間がかかっているためと思われますが,あまりサクサクと動く感じではありません.コピー機が混んでいるときにはちょっとやりにくい感じです.しかしどこのコンビニでも証明書を引き出せる利便性は非常に高く,料金が低廉であることもあって,もう市役所に行くことはないのではないか,と思えるほどです.

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2016/04/05

ノウサギ通勤

都心を遠く離れた農住混交地域に住んでいると,ちょっとしたことで自然とのふれあいを楽しむことができます.今朝の通勤途中の驚きは,なんとノウサギに出会えたこと.毎朝歩いて駅に向かう途中で,田んぼの縁を通っていく箇所があるのですが,今朝そのあたりに差し掛かると,突然,農道をジャンプしながら猛スピードで走っていく動物が見えます.色は茶色,体長は猫くらいですがもう少し横幅があります.素晴らしい跳躍力でどんどん遠ざかっていきます.

ということでこれはノウサギ.直進した後で直角に曲がって畦道にそれ,畦道の途中で走るの止めて座り込み,私のいる方を見ています.私も駅へと急ぐ途中なので,歩くのは止めずに後ろを振り返りながら確認.しばらく畦道に座っていました.

実は,我が家の居間の窓から2, 3mほど離れた土手の草むらの中を歩くノウサギを見たことはありますし,近所の畑の土の上にはごく普通にノウサギの足跡はついているので,このあたりに住んでいることは以前からわかっていたのです.しかし今朝のように開けた場所であのようにジャンプして走る姿を見るのは初めてです.

この通勤路では,冬の日の出前の薄暗い時間帯にハクビシンが足元を通り過ぎる経験を何度もしているのですが,ノウサギは初めてです.冬の寒い時期にはキジツグミシロハラなどを見ながら歩いていたのですが,5月になると今度はホトトギスオオヨシキリを聞きながらの通勤になります.

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2016/03/27

個人番号カードの貧相さに驚く

昨年11月に申し込み,先週ようやく受け取り案内が来ていたので,昨日遠くにある市役所にはるばる出かけて個人番号カードを受け取ってきました.

渡されたカードを見てびっくり.なんと貧相なカードなのでしょう!まず何と言っても,文字が小さく非常に読みにくい.そもそも文字色が純黒ではなくグレイであるうえに,カード全体に偽造を防止するためか多色刷りのテクスチャが濃い目に印刷されているので,文字やQRコードのコントラストが低い.特に,最も肝心な個人情報の部分は,わざわざ濃いグレイの背景色になっているので,なおさら読みにくい.実際のカードの画像は上のリンクから見ることができます.

必要な情報や証明書は全て電子化されてデータセンターやカード内部に保存されているのですよ,したがってカード表面の情報やデザインは単なる飾りでしかないのですよ,と言われるような気がするのですが,それでも,このカードは身分証明書として使用できるという触れ込みなので,それならもうちょっと見栄えのするカードデザインにできなかったのかと,行政当局やこの仕事を受注した企業のセンスを無さを嘆かざるをえません.そのへんの会社の社員証よりもずっとダサいです.

このカードの有効期限は10年,内部の電子証明書の有効期限は5年です.私のような感想を持つ人は多いと思うので,10年後を目途にもっとましなデザインのカードに置き換えられていくことを希望しますが,それには巨額の費用が掛かると言われて話が進まなくなりがちだなぁ.

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2016/01/01

謹賀新年2016

Nenga2016

皆様,明けましておめでとうございます.本年も皆様にとって良い年でありますように,お祈り申し上げます.例年通り,昨年一年を振り返り,今年の展望について思うところを述べさせていただきたいと思います.

昨年のハイライトは,何といっても還暦を迎え,会社を定年退職したことです.還暦については,十干十二支の最小公倍数で60という数が決まっていますので,この年齢基準ははこれからも永く変わらず続くと思うのですが,昔の還暦と今の還暦はだいぶ意味が違うように思います.昔の平均余命からすると,還暦というものは,よくここまで生き永らえましたね,お疲れさまでした,もうそろそろ棺桶に片足を突っ込むような年齢になったので,よくよく注意しましょう,という意味合いが強かったと思います.しかし現在の還暦は,これでようやく世知辛い仕事から解放され,長い余命を楽しめるようになって良かったですね,という意味合いのほうが強いのではないでしょうか?

実際,私自身,定年退職に引き続いてシニア社員として再雇用され,それまでと全く同じように働き続けていますし,働くのを止めたとしても,それから長い “老後” というものが待っています.私の同僚や同級生を見渡しても,60歳というのはまだまだ若々しくて健康そのもの,まだ10年程度は現役で働けそうな感じです.

ところが,収入面では定年前後には大きな断絶があります.私の場合は,シニア社員としての給料は現役時代の数分の一に激減.残業手当は出るようになったものの,これまでのような金銭感覚ではやっていけません.幸い,会社の退職金の一部を年金で受け取る企業年金基金という制度があるため,これを活用して直ちに少額の年金をもらい始めました.また10年以上積み立てながら運用してきた確定拠出年金も60歳から受け取り可能なので,これも受給を始めることにしました.さらに雇用保険制度からも,再雇用後の給料の激減緩和の一助として少額の給付を受けられることになりました.

あと2年経って62歳になれば,厚生年金報酬比例部分の給付を受けられるようになりますが,本来の老齢厚生年金は65歳にならないと給付されないので,それまでは安月給のシニア社員として働きながら,一方で雑多な有期の年金をかき集めながら,なんとかやっていくしかありません.

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しかし,本当に大切なことは何といっても健康でしょう.定年後にいくら経済的に楽ができたとしても,健康を損なってしまっては何にもなりません.これからは健康であることを第一に,質素で平凡ながらも自ら意義を見出せる生き方をしていきたいものです.

実は,昨年9月の定期健康診断で便潜血検査が陽性でした.これは消化器系の何らかの不具合を意味し,最悪の場合は大腸がんなどの疾患を覚悟しなければなりません.大慌てで付き合いのある専門病院大腸内視鏡検査の予約を行い,2か月もの順番待ちを経て10数年ぶりに検査を行いました.結果は完全なシロ.この病院の腕は日本でもトップクラス(だから10数年前も見てもらったのですが),内視鏡の盲腸到達は当たり前で,小腸の出口20㎝あたり(回腸というそうです)まで覗き込むことができたのですが,全く何の病変もないということで無罪放免となり,ほっと胸をなでおろしたところです.

実はこの直後に職場の知り合いが大腸がんの一種で亡くなりました.皆さん,定期的に内視鏡検査を受けましょう.下剤を飲むのはつらいですが,死ぬよりははるかにましです.


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昨年も海外出張に出かけることが多く,特に正月明けにアメリカのド田舎を一週間ほどドサ回りしたときは疲れました.まず異常気象なのか非常に寒い.最も寒いときは最低気温が-20度ほどまで下がりました.日中も-10度程度にしか上がりません.

行程も過酷なものです.朝ホテルを出て車に乗って現場に行き,歩き回った後で会議をやって,サンドイッチの昼食を食べて再び車に乗り空港から次の場所へ移動します.その間,空港でビールとファーストフードの夕食.夜遅くホテルに着いてベッドに入り,翌朝からまた同じことの繰り返しです.寒い屋外を歩き回る必要もあり,時差から来る疲れもあって,今までで最もきつかった出張の一つです.殺伐としたアメリカ大陸のど真ん中を移動して回ったので,文化的な匂いのするものにはついにありつけず,最終日にインディのダウンタウンのレストランで食べた 熟成肉のステーキ が唯一のご馳走.こんな調子なので,欧州への出張に比べると明らかに意欲が下がります.

6月には Dallas にも行きましたが,ここでは何と空港内のホテルに2泊してホテル内で会議.距離の離れたダウンタウンに繰り出すゆとりはありませんでした.こんなに味気ない出張は初めて.近くの Grapevine という観光地らしきところには行ってみたのですが,まあ,そこは歴史や文化の蓄積の無さがもろに出て,けっこう頑張っているんだけどまだ残念という感じのところ.あと100年くらいすると良くなるかもしれません.

それに比べると欧州は別世界です.11月に北イタリアを訪れたのですが,高速道路の両側には延々とブドウ畑が続いています.ほど良く朽ちた煉瓦造りのワイナリーも沿道にちらほら.ちょうど紅葉・黄葉の季節で,ブドウの木もきれいに色づいていて美しい景色.ところがよく見てみると,畑の小さな区画ごとに紅葉の色や葉の散りかたが異なっており,斜面全体がパッチワークのようになって見えます.推測するに,これは区画ごとに異なる品種のブドウが植えられているからでしょう.イタリアワインはブドウの品種が非常に多いのが特徴で,覚えきれないくらいの品種があるのですが,それが畑の紅葉の景色にも反映されているようなのです.これには感激.車を降りた後で飲んだ数本のワインがより味わい深くなったことは言うまでもありません.デザートで食べたパンナ・コッタも絶品でした.


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一昨年母を亡くしたことは昨年の新年の挨拶に書いたとおりですが,その後,高齢の父は一人で暮らし続けています.その父が昨年秋に自転車で転んで骨折して入院,手術をして2か月近くも入院する羽目になってしまいました.一人暮らしなので,私が連絡を受けたのは事故の日の夕方,ケアマネジャーのかたから携帯電話に連絡を受けて入院を知りました.

きっと取るものもとりあえず入院したに違いないので,誰かが帰省して面倒を見なければなりません.あいにく都合がつくのは私一人だけだったので,定年直前の微妙な時期ではあったのですが,1週間丸々仕事を休んで父の入院と手術に付き合いました.洗濯した衣類や身の回りの物をあれこれと繰り返し病院に運んだり,医師や看護士と相談したりして手術日を迎えました.また,転んだときに至近の医院に連れて行ってくれたかたを探してお礼をしたり,応急処置をしてくれたかかりつけのお医者さんへの挨拶も私が一人で行いました.

幸い手術そのものは大変順調に完了し,翌日からリハビリが始まります.予後とリハビリが順調に進んでいることを確認して現地を発って戻ってきました.

それから1か月半ほど経って退院するときにも私が帰省して父を手伝いました.退院そのものはホテルをチェックアウトするのと同じであっけないものですが,それから介護用ベッドを買いに行ったり,ちゃんと一人で日常生活を再開できることを確認したり,今後の生活支援についてケアマネージャと打ち合わせたり,父が入院中にたまたま不幸があった親戚への挨拶に付き合ったりして戻ってきました.

父は施設に入ることを嫌がり,一人でできるうちは一人で暮らしていきたいと強く主張してきました.今回,転んで骨折するという事故を起こしたので,隔地に住む子供としては,どこか施設に入ってもらいたいとは思うのですが,父の一人暮らしをしたいという気持ちは強く,また,施設に入ってあれこれ面倒を見てもらえると,かえって認知症や体の老化が進むのではないかという心配も捨てきれません.父の言っていることは一面わがままではありますが,人間誰しも自立して尊厳を保って生きていきたいと考えることは当然ですし,周囲もその原則を尊重すべきではないかとも思えるわけで,これは私にとってはなかなか深い悩みです.本当にいざというとき,孤独死してもよいという本人と家族の覚悟ができていれば,父の主張に反論する必要はありません.ある種の保険として,十分ではないにせよ,週2回のお掃除のヘルパーさんの訪問と週1回の通所デイサービスを続けているので,長期間放置されることもありません.


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昨年は,春に自宅のネットワーク環境を更新しました.まず光アクセス回線を高速化して,公称 1Gbps のフレッツ光ネクストにアップグレード.毎月500円料金が上がるのですが,インターネットサービスプロバイダとのセットにすると,合計では逆に500円安くなるという料金体系になっているため,これを活用しました.また高速化とともに IPv6 サービスも利用可能にしました.これは追加料金無料.さらに無線LANルータを最新のものに買い替えました.

夏には,これまで10年以上契約してきた au の携帯電話サービスを解約し,新たに OCNMVNO サービスいわゆる格安 SIM に乗換えました.電話機そのものは,貯まっていた家電量販店のポイントで,中国製の安めのスマートフォンを購入して使い始めました.一月後に家人も同じようにスマートフォンに乗換え.現在ではこれまでずっとそうだったかのようにスマートフォンを使っています.

私たちのような使い方では 2GB/月も使わないので,料金プランは最低額のもので十分.これまでガラケーを最低額の料金プランで使ってきたので,夫婦合わせて2,500円/月程度だったものが,3,500円/月程度に上がる程度で済みました.定年後の暮らしに合ったつつましさです.

昨年は Windows 10 がリリースされ,私の PC でもログインするたびに Window 10 にアップグレードしましょうというバナーが勝手にポップアップされるのですが,無料アップグレードの期限はまだ半年以上あるので,Windows 10 の機能や使い勝手がもう少しこなれ,また PC パーツの価格がもう少し落ち着いたらハードウェアごとアップグレードしようと思っています.

通勤時の読書用に一昨年購入した Kindle Voyage は愛用中です.現在は塩野七生さんの大著 “ローマ人の物語” を愛読中.ようやく五賢帝の時代に差し掛かったところです.


今年も結構長文になってしまいました.昨年も天変地異や大規模なテロなど,大きな出来事が続きました.世の中はなかなか平安という具合にはいきませんが,今年もどうにかこうにかやっていこうと思っています.皆様も健康第一で一年をお過ごしください.

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