工学・エンジニアリング

2026/06/01

鳥の飛行力学 入門 第 7 版

2025年3月にこのブログ上で初版をリリースした「鳥の飛行力学 入門」の改訂第7版をリリースします.いよいよ改訂を打ち止めできると感じていますが,実際はどうなりますやら.

Birdflight_v7_ch4

今回は見た目には小規模な改訂で,上図に示したようなKuttaの条件が成立しない場合の流線の図を追加し,また小さな数表を段落中に埋め込んで紙面を節約したことが目立つ程度です.

しかし目立たないところでは,細かな誤記の修正,語句や表現の改良や書き直し,図の作り直しなどを続けてきました.今回は用語や仮名遣を出来る限り統一したつもりなので表記の揺らぎはかなり減ったはずです.特に「言う」と「いう」の使い分けには悩まされました.日本語は日本人にとっても難しいですね.英語ではFowler'のような用法辞書が昔から重宝されているのですが,日本語にはそういうものはないのでしょうか?

そう思ってWebを調べてみた限りでは,出版社の編集部はそれぞれ独自の用法ポリシーを定めていて,表記の揺れが無いように努めているようです.しかしそれらはあくまで組織内部で共有されるもので外部に公開されてはいません.公開されているものとしては文化庁が公文書における用法を定めた『公用文作成の考え方(建議)』があります.内容は非常に充実していて全て読み通すことは困難な分量.これを霞が関や自治体の職員が完全に咀嚼して使いこなすことは難しいと思うので,こういうものこそ生成AIに学習させて用法チェッカーとして使うべきです.すでにデジタル庁は動いているのではないかな?

私の場合,統一作業にはWZエディタの用語統一機能を利用しています.統一するための辞書は自分で作らなければならないので,それを作るまでは試行錯誤の連続である程度の時間が必要になりますが,いったん作ってしまえば,あるいは作成途中であっても,統一作業そのものは短時間で行えます.やはりツールは使うものですね.辞書を作るとき上記の『公用文作成の考え方(建議)』は大いに参考になりました.しかし常用漢字の枠は窮屈なので,自分なりに適当にアレンジしています.

もう一つ頭を悩ませているのは参考文献の扱い方です.従来はLaTeX組み込みのbibliography機能を素朴に使っていました,そろそろBibTeXの後継と見なされているBibLaTeXを活用して文献情報を本文とは別のファイルに切り離し,文献リスト作成の自動化と表現形式の統一を計りたいと思います.ところが素のBibLaTeXは日本語の文献表示には全く対応していないので,例えば多数の著者名をまとめるときに “ et al. ” とやっちゃうのです.ここは “,他” としたいところ.

Webを検索するとBibLaTeXでも日本語に対応できると称するカスタマイズ法がいろいろ上がってはいるのですが,コピーして使ってみるとどうもイマイチ.それらの中から最も私のスタイルに近いものを拾ってきて,さらに自分なりに改造して使い始めたところです.まだ試運転中なのですが最低限の設定はできたと思うので,思い切って今回のリリースに使ってみました.以前のものとはあまり見分けがつかないと思いますが,おかしなところがあったらご指摘ください.

この本は自分の趣味として書いたもので,販売して金銭を得ることを考えていません.私のOneDriveに置いておきますので,ここから自由にダウンロードしてください.コピーや転載も自由です.

質問は奥付に書いたアドレスへのメールで受け付けますが,素早い応答は期待しないでください.ある程度質問の数がまとまったらWeb上で質疑応答をやれるといいなと思っています.

ファイル名: BirdFlight_v7.pdf
総バイト数: 6,854,863

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2026/03/21

鳥の飛行力学 入門 第6版

2025年3月にこのブログ上で初版をリリースした「鳥の飛行力学 入門」は,改訂第2版を6月に,第3版を8月に,第4版を11月に,そして第5版を2026年1月にリリースしたのですが,このたび改訂第6版をリリースしました.初版のリリースからちょうどまる1年経ったタイミングです.われながらよく書いてきたものです.

Birdflight_v6_ch6

今回の主な改訂内容は,まず誘導パワー係数kに関するもので,これまではFlightのプリセットデータベースを読み込むと設定されていた0.9という数値を使っていたものを,1.2に変更した点です.そもそも誘導パワー係数は1よりも大きな数値になるべきなので,これまでもプリセットデータベースの設定を疑いの目で見ていたのですが,今回とうとう見切りをつけて1.2に変更しました.関連する計算をすべてやり直し,グラフもすべて描き直しました.ただし幸いなことに定性的な変更をすべき箇所は見当たりませんでした.

変更点の第2は長距離飛行に関する独立した章を新たに設けたことです.これは筋肉生理学を含まない不完全なものなのですが,それでも長距離渡り鳥の驚異的な能力を自分の手で計算することができるので,シギ類の渡りに興味がある人にはぜひ読んでもらいたい章です.

これら以外では誤植の修正,語句や表現の改良や書き直し,図の作り直しなどを続けています.この版は現時点での最新のスナップショットだとご理解ください.まだ誤記や表記の不統一,そして内容の誤りなどが残っているかもしれません.ご指摘くだされば適宜パッチを当てた刷をリリースします.

この本は自分の趣味として書いたもので,販売して金銭を得ることを考えていません.私のOneDriveに置いておきますので,ここから自由にダウンロードしてください.コピーや転載も自由です.

質問は本の後付けに書いたアドレスへのメールで受け付けますが,素早い応答は期待しないでください.ある程度質問の数がまとまったらWeb上で質疑応答をやれるといいなと思っています.

ファイル名: BirdFlight_v6.pdf
総バイト数: 6,754,627

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2026/01/15

鳥の飛行力学 入門 第5版

2025年3月にこのブログ上で初版をリリースした「鳥の飛行力学 入門」は,改訂第2版を6月に,第3版を8月に,第4版を11月にリリースしたのですが,このたび改訂第5版をリリースしました.いつまでやるんだと文句を言われそうですが(おそらく)これで当分は打ち止めにできると思います.

今回の主な改訂内容は第6章として「アロメトリー」を挿入したことです.これはFlight付属のWing databaseに含まれている多数の個体データを用いて鳥の体格のスケーリング則を分析したものです.散布図の描画にはかなりの試行錯誤を要しましたが,何とか見られるものになったと思います.この新たな章の挿入によってそれ以降の章や節の番号,さらに数式や図表の番号がすべて1 ずつ繰り上がっていることにご注意ください.

Wing_database_mass_and_span

Deviation_multiples

また第11章に11.4節として「圧縮性の影響」を追加しました.急降下の計算では圧縮性の効果は一切考慮していないので,それに対する若干のコメントを書いたものです.

第14章 のうち14.1節の「ダイナミックソアリング」の内容に少々加筆して波頭離脱ロールの原理を考察してみました.しかしまだ十分に納得しているわけではありません.

これら以外では誤植の修正,語句や表現の改良や書き直し,図の作り直しなども行っていますが,これらにはきりがありませんので,今回の版は現時点のスナップショットだとご理解ください.まだ誤記や表記の不統一,そして内容の誤りなどが残っているかもしれません.ご指摘くだされば適宜パッチを当てた刷をリリースします.

この本は自分の趣味として書いたもので,販売して金銭を得ることを考えていません.私のOneDriveに置いておきますので,ここから自由にダウンロードしてください.コピーや転載も自由です.

質問は本の後付けに書いたアドレスへのメールで受け付けますが,素早い応答は期待しないでください.ある程度質問の数がまとまったらWeb上で質疑応答をやれるといいなと思っています.

ファイル名: BirdFlight_v5.pdf
総バイト数: 6,134,471
SHA256: 6ed54a7f110ebd9e5e573410eb7431f259167f40823ce57e7aa5557853645576

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2025/11/03

鳥の飛行力学 入門 第 4 版

本年 3 月にこのブログ上で初版をリリースした「鳥の飛行力学 入門」は,改訂第 2 版を 6 月に,改訂第 3 版を 8 月にリリースしたのですが,このたび改訂第 4 版をリリースしました.

Bfv4_ss1

今回の改訂内容は第 7 章の「非定常滑空」に 7.6 節として「大高度差滑空」を加筆したのが主なものです.これは猛禽類が長距離を渡るときにサーマルを利用して高度を上げ,そこから一気に 1000 m 以上の高度差を滑空するときの力学について分析・考察したものです.高度によって空気密度が変化することを計算の中に取り入れています.

またもう一つは羽ばたき飛行によって前進力を得るメカニズムに関して第12章に新たな 12.4 節「特殊な打ち上げ行程」を加えました.これは最近の学会発表で,羽ばたきの打ち上げ行程においても前進力を得ている鳥がいることがバイオロギングによって明らかになったためです.従来の常識を覆す内容なので,自分なりに考察してみました.

これら以外では誤植の修正,語句や表現の改良や書き直し,図の作り直しなども行っていますが,これらにはきりがありませんので,今回の版は現時点のスナップショットだとご理解ください.まだ誤記や表記の不統一,そして内容の誤りなどが残っているかもしれません.ご指摘くだされば適宜パッチを当てた刷をリリースします.

この本は自分の趣味として書いたもので,販売して金銭を得ることを考えていません.私の OneDrive に置いておきますので,ここから自由にダウンロードしてください.コピーや転載も自由です.

質問は本の後付けに書いたアドレスへのメールで受け付けますが,素早い応答は期待しないでください.ある程度質問の数がまとまったら Web 上で質疑応答をやれるといいなと思っています.

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2025/08/17

鳥の飛行力学 入門 第 3 版

3 月にこのブログ上でリリースした「鳥の飛行力学 入門」ですが,改訂第 2 版を 6 月にリリースしたのに続き,このたび改訂第 3 版をリリースしました.

Bfv3_ss1

前回の第 2 版は初版に対するバグフィックス版というべきものに近く,あまり新規のテーマを追加することはできなかったのですが,今回はある程度時間をかけて新しい内容を追加しました.また語句や表現の細かな修正や,図の修正なども行っています.特に回復飛行と引き起こしに関しては内容を大幅に拡充させています.また地面効果についても言及する節を加えました.

Bfv3_ss2

これで今の私が書くことができる内容はほぼ網羅したはずなので,当分の間は改訂は打ち止めにしようと思っています.しかし誤記や内容の誤りなどがありましたら,ご指摘くだされば適宜パッチを当てた刷をリリースするつもりです.

この本は自分の趣味として書いたもので,販売して金銭を得ることを考えていません.私の OneDrive に置いておきますので,ここから自由にダウンロードしてください.コピーや転載も自由です.

質問は本の後付けに書いたアドレスへのメールで受け付けますが,素早い応答は期待しないでください.ある程度質問の数がまとまったら Web 上で質疑応答をやれるといいなと思っています.

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2025/06/07

鳥の飛行力学 入門 第 2 版

3月にこのブログ上でリリースした「鳥の飛行力学 入門」ですが,改訂第2版をリリースしました.

改訂の目玉は,新しく独立した章を設けて「回復飛行と引き起こし」について詳しく記述したことです.回復飛行に関する従来の論文では直線飛行から円弧に移行する軌道を前提にして,鳥の体に加わる慣性加速度を議論することが多かったのですが,これは加速度の不連続性を生むため現実にはあり得ません.現実の航空機や鳥はもっと滑らかな曲線を描くはずなので,今回はクロソイド曲線と円弧をつなぐ軌道をモデルにしてシミュレーションを行った結果を説明しました.ハヤブサが 6.0 G の加速度の下で引き起こしできるかを論じています.

Clothoid_curve

それ以外にも章立ての順序を変更したり,多数の箇所で語句を書き換えたり,後注の内容を充実させたりしました.初版に比べると言い回しも(多少)改善されたのではないかと思います.

Inertial_acceleration

この本は自分の趣味として書いたもので,販売して金銭を得ることを考えていません.そのため私の OneDrive に置いておきますので,ここから自由にダウンロードしてください.コピーや転載も自由です.

質問は巻末に書いたアドレスへのメールで受け付けますが,素早い応答は期待しないでください.ある程度質問の数がまとまったら Web 上で質疑応答をやれるといいなと思っています.

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2025/03/15

「鳥の飛行力学 入門」書きました

日ごろ鳥が飛ぶ姿を見てはその飛行制御に感嘆しているのですが,鳥が飛べる秘密を解明したい,鳥のように空を飛びたいという思いは世界共通です.古くから鳥を模倣して空を飛ぶ試みが続けられ,ようやく20世紀初頭になって有人動力飛行が実現したことはご存じの通り.

一方,鳥やコウモリや昆虫など生物の飛行そのものの研究も進んでおり,次々に興味深い事実が明らかにされつつあります.その中でも鳥の飛行は一つの典型として古くから研究され,かなりの程度体系化が進んでいます.私は一昨年から昨年にかけて,英国 Bristol 大学の故 Pennucuick 教授が書いた “Modelling the Flying Bird” という教科書を通読して,現代の研究水準を学びました.

しかし物理学や工学を専門としない読者にとってその内容を消化するのは敷居が高いと感じ,また数式も頭ごなしに書いてあるだけで導出過程は省略されていることが多く,独学で読み進むのは難しいと思いました.

一時はこの本の翻訳出版を考え,半年以上かけて翻訳したのち,あちこちの出版社に打診したのですが,あまりにニッチな分野であり予想販売部数が少なすぎる,翻訳の権利処理にも手間と費用がかかるという理由で断られてしまいました.

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それでは,この本を下敷きにしつつも,基本的な部分に範囲を絞って自分なりに書き下ろしてみようと思い,3か月程度で完成させたのが今回紹介する「鳥の飛行力学 入門」です.全体で 120 ページほどの小冊子ですが,鳥の飛行の原理を力学的パワーを主軸として解説したものです.対象とする読者は,高校卒業程度の数学と物理学の知識を持ち,鳥や飛行機が飛ぶ仕組みを物理法則に基づいて学びたい,一般向けの比喩や雰囲気でごまかした説明には満足できないという人たちです.また模型飛行機,グライダー,人力飛行機などのスカイスポーツの愛好者にもお勧めできます.なぜなら鳥も飛行機も同じ物理法則に従って飛んでいるからです.

そのため運動量保存則などの基本原理に従って数式を導出し,さらにその数式を現実の鳥の形態データに当てはめて計算する例を多く作りました.またそれらをできるだけグラフにして視覚的に理解しやすいように努めました.また大きな特徴は印刷出版することを前提としていないことです.PDF 閲覧ソフトで読むことを想定し,たくさんのハイパーリンクを本の内外に張っていますので,図や数式などを参照するのがとても楽です.

この本は自分の趣味として書いたもので,販売して金銭を得ることを考えていません.そのため私の OneDrive に置いておきますので,ここから自由にダウンロードしてください.コピーや転載も自由です.

質問は巻末に書いたアドレスへのメールで受け付けますが,素早い応答は期待しないでください.ある程度質問の数がまとまったら Web 上で質疑応答をやれるといいなと思っています.

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2024/11/19

Joby はアルバトロス号の夢を見るか?

先々週あたりに,ドイツのスタートアップ企業 Lilium GmbH が経営破綻したというニュースが入ってきました.それから一週間ほど遅れて日本の Web でもこのニュースが見られるようになりました.Lilium はいわゆる空飛ぶタクシー,すなわち少人数が乗れる垂直離着陸が可能な固定翼機を開発してきたスタートアップ企業です.

仕事がらこの手の技術やニュースにはアンテナを張っているのですが,実際には投資詐欺まがいの泡沫スタートアップが多い中で,ほとんど唯一と言っていいくらいまじめな会社だっただけに非常に残念です.どこかアラブの大金持ちがポンとお金を出して買い取って開発を継続してくれないものかと思います.

もう一つのニュースはアメリカのスタートアップ Joby Aviation 社にトヨタが追加出資したという話です.今日はこの Joby 社が開発中の空飛ぶタクシー Joby S4 が本当に飛べるのか,簡単に見積もってみたいと思います.Joby についてはこの記事が詳しい.

1082pxjoby_aviation_s4_experimental_evto 写真は Wikipedia の記事より引用


eVTOL では離着陸時には必ずホヴァリングが必要となりますが,この見積りではホヴァリングのみを扱います.Joby S4 は固定翼を持っているので,巡航時は固定翼の揚力に助けられ,モーターはそれほど大きなパワーは必要としないはずですが,ホヴァリング時には全重量をプロペラの推力のみで支えなければならないので,プロペラやモーターはそれに合わせた最大性能を持つ必要があります.

離着陸時のホヴァリングにどの程度の時間を要するかは明確ではありません.ここでは離着陸で合計 5 分間のホヴァリングを行うことにします.使用するパラメータは以下の通りです.

質量 m  1815 kg モーターと電池を含むと仮定
ローター数 n 6枚  
ローター径 d 2.34 m 平面図から読み取り
空気密度 rho 1.225 kg/m^3 海面値
重力加速度 g 9.807 m/s^2 海面値

6 個のローターの総面積 S_d は,

S_d = 6 * pi * d^2 / 4 = 25.80 m^2

ホヴァリング時に必要な誘導パワーは,

P_ind = [ (m * g)^3 / (2 * rho * S_d) ]^(1/2) = 298.7 kW

合計 5 分間のホヴァリングに必要な力学的エネルギーは,

E_ind = 5 * 60 * P_ind = 89.61 MJ = 24.89 kWh

ファン効率をひいき目に見て 70 %,モーター効率をこれもひいき目に見て 95%,ホヴァリングに許される放電深度を多めにとって電池容量の 25% とすると,必要な電池容量は,

E_ind / (0.70 * 0.95 * 0.25) = 149.7 kWh

ただし 5 分間で電池容量の 25% を放電するので,放電レートは 3C とかなり大きくなることに注意する必要があります.

電極活物質のエネルギー密度を,これもひいき目にとって 200 Wh/kg とすると,必要な電極活物質の質量は

149.7 * 10^3 / 200 = 748.6 kg

電池モジュールの質量ベースの実装効率を,これもひいき目に見て 70% とすると,電池モジュールの質量は

748.6 / 0.70 = 1069 kg

という結果になります.つまり,電池だけで 1069 kg の質量を占めることになります.全機質量(ペイロード含まず)が 1815 kg なので,残りの 746 kg で機体 (airframe) とモーターやインバーターを備えなければなりません.モーターは 1 台あたり最低でも

P_ind / (6 * 0.70) = 71.1 kW

の軸出力が無ければなりませんが,そのようなモーターの質量は少なくとも 50 kg はするはずです.するとモーターだけで 300 kg を使うことになります.残りの 446 kg でインバーターと機体を作ることができるかというと,私は非常に悲観的です.そしてこれはペイロードがない場合の話です.

この機体の定員はパイロットを含めて5人です.人と荷物の質量で一人当たり 80 kg は必要だと思われるので,ペイロードは 400 kg 程度のはずです.すると上記の見積もりよりもさらに大きな誘導パワーが必要になるので,より大きな質量の電池モジュールやモーターが必要になり,ホヴァリングだけで電池容量の少なくない部分を使い切ってしまいます.

結論として,私はこの機体が乗客を乗せて航続距離 241 km を飛ぶのは非常に難しいのではないかと評価せざるを得ません.空港から市街地までのような短距離の輸送に限定されるのではないでしょうか?むしろそのほうが空飛ぶタクシーという名にふさわしいと思います.

なおこの記事のタイトルのアルバトロス号というのは,ジュール・ベルヌの小説「征服者ロビュール」(私が少年時代に読んだ時のタイトルは「空飛ぶ戦艦」)に出てくる巨大な気球型戦艦で,上昇下降用に37本の垂直軸二重反転プロペラ,前進後退用に艦首と艦尾にに1基ずつの水平軸プロペラを持った,今風に言えば巨大なマルチコプターです.今日の空飛ぶタクシーのような概念はすでに140年ほど前にあったのです.

Hubschraubermuseum_bckeburg_2010_0019

写真は WIkiedia フランス語版より

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2023/08/31

大型翼竜は飛べたのか?

暑かった 8 月は今日で終わり,あすからは暑い 9 月が始まります.もういい加減最高気温が 30 度を切ってほしいと思うのですが,今日も容赦なく 35 度を越えるようです.ただし明け方の気温はこのところ低くなりつつあり,25 度を切るようになってきましたので,もう少しの頑張りと信じたいです.

さて突然ですが大型の翼竜は飛べたのでしょうか?大型翼竜とは,プテラノドンケツァルコアトルスという,とてつもなく大きな翼を持った爬虫類たちのことです.

下の論文から引用した,ワタリアホウドリ (A),プテラノドン (B),ケツァルコアトルス (C) の平面形の比較図を示します.右下には縮尺をそろえた比較図 (D) がありますが,現生鳥類最大のワタリアホウドリと比べていかに巨大な動物たちだったかがわかります.

Witton MP, Habib MB (2010) On the Size and Flight Diversity of Giant Pterosaurs, the Use of Birds as Pterosaur Analogues and Comments on Pterosaur Flightlessness. PLoS ONE 5(11): e13982. doi:10.1371/journal.pone.0013982

Planforms_of_soaring_animals

プテラノドンの翼開長は 7-9 m もあるのですが,体重は 20 kg 程度しかなく,羽ばたき飛行するだけの筋肉はなかったので滑翔するだけだったという説が有力のようです.海上であればアホウドリミズナギドリのようにダイナミックソアリングによって長時間効率よく滑翔できたのではないか?という説もあります.

一方ケツァルコアトルスに至っては,論争はあるものの翼開長は 11-12 m はあったと言われています.体重についても論争があり,飛べるためには 70 kg が上限だという説と,いやいや現生鳥類からの類推は正しくなくて, 200 kg 程度はあったはずで,少なくとも滑翔は可能,羽ばたき飛行もできたのではないかという説もあります.

非常に面白いですね.で,このケツァルコアトルスを検索すると,大きな頭を持った巨大な翼竜が首をぴんと伸ばして飛んでいる想像図にたくさん出くわすのですが,これはダウト!

平面形からわかる通り首は非常に長く,その先端に大きな頭骨と嘴(くちばし)が付いています.ということは,この翼竜の重心は翼に働く空気力の中心(風圧中心)よりもだいぶ前に位置することになってしまい,これでは飛行の縦の安定性が取れません.前につんのめってしまいます.

何を言いたいかというと,縦の安定性を取るためには,ケツァルコアトルスは首を縮めて,サギ類のようにして飛んでいたはずなのです.さらにそのような姿勢でダイナミックソアリングができたかはかなり疑問.海面上の接地境界層はせいぜい 30 m 程度だと思うので,この巨体で境界層の外縁から水面すれすれまでの 30 m を頻繁に垂直方向に移動するのは難しかったのではないか?あるいは境界層外縁を超えて上空 100 m くらいまで上昇してから下降していたかも,しかしそれではダイナミックソアリングの効率はかなり低かったのではないか?

などと思っているところです.平面形が載っている論文を読み始めたところなので,何か追加・修正があればポストしたいと思います.

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2023/08/24

ベクレル becquerel とは?

現在,福島第一原子力発電所(通称 1F)では冷却水を多核種除去設備 (ALPS) で処理し,それでも除去しきれないトリチウム(三重水素)を含む水を放出し始めたところです.

トリチウムは宇宙線と大気の相互作用で自然発生するほかに原子力発電所でも生成され,それは希釈したうえで海水に放出されています.これは欧米も中国も韓国も同じ.このトリチウムの量を記述するときに使われるのがベクレル (becquerel) という単位.私は不勉強でよく知らなかったため,この機会に改めて調べてみました.

トリチウムは,陽子 1 個と中性子 2 個が結合した原子核と,電子 1 個から成る原子のこと.普通の水素に比べると中性子 2 個分の質量が加わるため 3 倍の質量を持ちます.外殻電子は 1 個で水素と同じなので化学的性質は水素とほとんど同じ.つまり 3 倍重い水素と思えばよいでしょう.

ところがこの原子は不安定で,半減期 12.32 年で自然崩壊します.つまり 1 kg のトリチウムがあったとすると, 12.32 年後までに 0.5 kg はベータ崩壊して,ヘリウム 3 と電子と反電子ニュートリノになります.このときの電子のエネルギーは 5.7 keV と低いので,人間の皮膚を通過できないほどです.

さて,ベクレルです.ベクレルとは放射能の強さを表す単位ですが,原子核が崩壊して放射線を出すので,それが 1 秒間に何回起きるのかで定義されています.単位はベクレル (Bq) とされていますが,定義により 1/s を言い換えているにすぎません.

毎秒崩壊する原子核の数 = 定数×崩壊していない原子核の数

という法則があり,かつこの定数は

ln(2) / 半減期

と計算できるので,放射能の強さは

( ln(2) / 半減期 ) * 崩壊していない原子核の数

と求まります.

例えば,1 mol (6.02 x 10^23 個) のトリチウムの放射能は,

ln(2) / (12.32 * 365 * 24 * 60 * 60) * (6.02 x 10^23) = 1.07 x 10^15 = 1.07 PBq

ということになります.ペタ (P) などという SI 接頭語が出てくるのがベクレルの特徴です.

Wikipedia のトリチウム水の記事によれば,1F のタンク群に貯められているトリチウムの総量は 8.60 x 10^14 Bq らしいので,これから逆算してトリチウムのモル数を求めると 0.804 mol ということになります.これはトリチウム水という分子量が 20 の水として存在するので,その総質量は約 16 g です.

ようやく数量的な感覚がつかめてきました.この 16 g のトリチウム水を何十年かかけて海に放出するわけです.ごく薄い濃度のトリチウム水をさらに希釈して放出するので,全然大したことはないと考えがちですが,過去に事故で何人か亡くなっているような放射性物質であることに変わりはなく,欧米や日本ではトリチウム水の水質基準が定められています.1F では WHO の飲料水基準 10^4 Bq/L の約 1/7 に希釈して放出することになっているそうです.ちなみに一般的な原子力発電所からは,1.0 から 2.0 x 10^12 Bq / 年程度のトリチウム水を海洋に放出しているそうです.

風評被害が発生しないことを祈りますが,私は福島産の魚をこれからも食べていこうと思っています.

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